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06.わたくし、罠にはまりました?
しおりを挟む女房の香散見の局(女房や官女が個人的に賜って居る部屋)は、主である中宮様のお住まいの麗景殿を離れて、凝花舎(梅壺)にあった。
普通に考えたら、あり得ないことだし、おかしなことなのだけれど……。
(やっぱり、香散見さんは、東宮殿下なのかしら……)
凝花舎の局に入るなり、別の女房(しかも、香散見さん付きの女房!)に、何事か命じたようで、そそくさと、文を捧げ持って退散してしまう。わたくしは、少し、心細い想いになった。
「そこに円座があるから、使って頂戴」
勧められて、わたくしは円座に座る。局の中は、あまり調度なども置いていなかった。けれど、置いてある品々は、本当に素晴らしいものばかりで、見とれてしまう。
二段重ねの厨子は、美しい螺鈿で彩られていたし、手箱も、螺鈿と金箔銀箔で飾られている。中にも、さぞや立派な硯と筆が入っているのだろうと、わたくしは思った。
香散見さんは、ゆっくりとした優美な動きで、わたくしに、唐菓子をだして下さった。小麦を粉にして水を加えて、もっちりと練り合わせ、それを茹で、そして搗いてから形を整えて油で揚げたもの。それに、今日は甘い蜜まで掛けてある。作るのに手間暇掛かるし、とても高価なものなので、わたくしの住んでいた二条のお邸では、よほどのお客様がおいでの時か、それか、儀式の時にしか作らない。
作っている最中は、家中が香ばしくて甘い香りに満たされるのを、わたくしは思い出した。今度、実敦親王にも、召し上がって頂きたい、とわたくしは思う。
「唐菓子は嫌いだった? なんなら、木菓子もあるわよ」
こうしてみていると、本当に女の人に見える。やっぱり、東宮殿下だと思ったのは、わたくしの勘違いではないかという気持ちになった。
「唐菓子は、とても好きです」
「そう? なら良かったわ、この間、唐菓子が苦手だって言う子に、うっかりあげたことがあって、あの時はうっかりしてたわ~」
「まあ、そうだったのですか……」
お苦手なものを出してしまうと、気まずくなるわよね。どんな方にお出ししたのか解らないけれど、親しい方だったら、きっと他意はあるのかとか、色々考えてしまうはずだもの。
そのまま、唐菓子を一口頂いた。揚げた生地に包まれて、木の実で作った餡が入っている。口の中が、途端に、香ばしい薫りと、甘さで一杯になる。
「どう? 美味しいかしら?」
「はい、とても……。今まで食べた中で、一番美味しいと思います」
「あら、嫌だわ……これじゃあ、言わせたみたいじゃない。でも良いわ、許してあげる。……さて、あなた、高紀子。一体、あなたは、何に気付いたのかしらね……?」
香散見さんが、わたくしの目の前で、にこりと微笑した。
笑ってはいるけれど、眼は全く笑っていなくって……私は怖ろしくなって、思わず後ずさってしまった。
すると香散見さんが、「さあ、素直に、気付いたことを言いなさい」とわたくしに詰めよって来る。
「き、気付いたこと……っ?」
声が、上擦ってひっくりかえる。わたくしが放った声とは、とても思えなかった。
「そうよぉ? 大人しく言いなさい」
香散見さんの膝が、わたくしの膝に触れた。それほど、近く、香散見さんは私ににじり寄ってきたのだった……。
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