上 下
25 / 106

25.わたくし、働いてますわ

しおりを挟む



 かくて、月見の宴の夜と相成った。

 わたくしと、香散見かざみさんは、相変わらず。

 香散見さんは、はなっから覚える気が無いので、紙の場所も覚えなければ、食事の仕度もなさらない。そしてこの方はこう仰有るのだ。

そんな不確かなものなんて、何が良いの?』

 だから、わたくしとは、考え方が根本的に合わないのです。この方は、不幸にはならないだろうけれど、わたくしは、この方と一緒になったら、きっと不幸になるわね。

 今まで、愛を信じてこなかった方に、愛を信じさせるなんて、絶対にむりだもの。

 わたくしの人生は、できることならば、愛と和歌に溢れた、素晴らしいものにしたかったのだけれど。

 なんだか、そんなことにはなりそうもない。

 大体、この方、和歌詠めるのかしら……。少なくとも、わたくしだって、後朝の和歌くらいは頂く権利があると思うけど、それが代作だったらちょっと興ざめだわ……。

 それとも、もしかしたら、東宮殿下とは後朝の和歌なんて、交わさないのかしら?

 じゃあ、わたくしは、一生、この方から和歌を貰えない? ―――あんまりだわ。実敦親王だったら、毎日、沢山の和歌を下さるでしょうに。

高陽かや~っ? どうしたの? 折角の宴なんだから、ちゃんと愉しまないと~っ」

 香散見さんは、本当に自由に、東宮殿下(偽)の御簾近くで、酒を飲んでいる。この方、命を狙われてる自覚あるのかしら。

「わたくしは、あちこち狩り出されて忙しいんです!」

 じつは、東宮付唯一の女房として、(みんな香散見さんのことは『見なかった』ことにしているらしい)やれ、禄の手配だとか、酒器の仕度だとか、膳を運ぶだとか、もの凄い仕事があるのよ。

 その上、女房装束は、唐衣(下までないけれど、とにかく唐衣が重い。肩にずしりとくる)に裳(ずるずる引きずるので鬱陶しい)まで付けた完璧なものだったので―――重い。

 想像して頂きたいのよね、香散見さんには。

 わたくしみたいなも年端もいかない女が。女房装束を纏って、膳を運んだり、酌をして回ったりする、この惨状を!

 本当に、わたくし……いままで、こんな風に立ち働いたことなんてなかったから、すべてが大変なのよ。わたくし、本当に、筆や箸より重いものなんて持ったことはなかったもの。

 わたくしは、半分くらい、走ってましたわ。

 月が綺麗ね……なんて、女房には、優雅なことをやっている場合はなかったのよ。月見の宴で公達と、良い雰囲気になって、あれやこれや駆け引き出来るのは、身分の高い女だけだと、わたくしは、本当に痛感していたのです。

 わたくしだって、ほんとうなら、そちら側だけれど―――いままで、こんなに自分の女房たちが大変だとは思わなかったから。あとで、労って上げなきゃ駄目ね。


 わたくし、汗だくになりながら、宴の席を走り回っていた。




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

鳥かごと首輪

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:174

【R18】美女オネエ様に甘やかされたい!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:283

監禁から始まる恋物語

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:341

【R18】ヤンデレクラスメイトに監禁される話

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:121

十年監禁

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:43

悪役令嬢にオネエが転生したけど何も問題がない件

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:3,147

ペントハウスでイケメンスパダリ紳士に甘やかされています

BL / 完結 24h.ポイント:653pt お気に入り:964

尽くすことに疲れた結果

BL / 完結 24h.ポイント:546pt お気に入り:3,013

処理中です...