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33.わたくし、未練があるのかしら
しおりを挟む香散見さんが去って行ったあと、わたくしは、東宮殿下(偽)のお側に侍りながら、ぼんやりと、毒のことやら、口づけのことやらを考えていた。
口唇に指を当てる。
まだ、香散見さんの唇の感触が残っているような気がして、たまらない。
「……香散見さん、大丈夫かしら……」
わたくしが、そう呟いた時だった。
「東宮殿下に申し上げます」
と御簾越しに声が掛けられた。この、懐かしい声は、実敦親王だわ。間違いない。思わず、駆け寄りたくなって、わたくしは、すんでの所で堪える。
「何用か」と東宮殿下(偽)が仰有るので、わたくしが、「実敦親王は、何用でおいでになったのかと……」と取り次ぎをする。
「これは女房殿……今宵の宴、是非兄君と一献傾けたくなりまして……如何でしょうか」
御簾近くに寄ったわたくしの手を、実敦親王が、御簾の下から捕らえる。
実敦親王は、わたくしを見ていた。
どうして、婚約を破棄したのかと……実敦親王の眼差しは、痛いほどわたくしに問い掛けてくる。わたくしは、答えるわけには行かなかったけれど、小さな声で、実敦親王が、
「私を、嫌いになったのですか」
と呟くのを聞いて、涙が出そうになった。
「……こういうことは、家同士が決めることですわ。……わたくしには、一切決めることは出来ません」
「あなたの気持ちも、私から離れたの?」
その問いかけには、答えなかった。
東宮殿下は、勿論、実敦親王と酒を酌み交わすはずもなく、わたくしがその旨取り次ぐと、実敦親王は、あらかじめ解っていたことのようにあっさりと引き下がった。
「ああ、そういえば」と実敦親王が小さく呟く。
「兄上が、なにやら、悪巧みをしていたようだから、気をつけるように東宮殿下に伝えておくれ。東宮殿下の無事などどうでも良いけれど、あなたが巻き込まれたら、私は、胸が潰れそうだから」
思いやりに溢れた言葉を聞いたわたくしは、「かしこまりました」とだけしか、お返事は出来なかったのだけれど。
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