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34.わたくし、看病いたしますわ
しおりを挟む東宮殿下(偽)のことは心配だし、香散見さんのことも心配。
毒は……ちゃんと、中和されたのかしらとか……、いろいろと考えてしまう。
実敦親王が、ここにおいでになったのも、わたくしは驚いたし……。実敦親王が、まだ、わたくしに心を向けて下さっていると知ってしまうと、どうしても恨み言が募るのよ。だったら、いっそ、早いうちに、東宮殿下に入宮してしまうと言うのも、一つの手段だったのに、香散見さんは、わたくしを女房として使うだけ。
香散見さんは、一体どういうおつもりなんだろう。
深夜まで続いた宴を終えて梅壺に戻ると、香散見さんが褥の上に倒れていた。明かりをつけて、様子を見ると、眠っているようで……けれど、魘されていて、寝苦しい様子だった。
額に脂汗をかいていて、化粧が落ちかかっている。
お薬は飲ませたけれど、まだ、駄目なのかしら。
典薬を呼んできた方が良いかしら。けれど、どこに行けば呼べるのか解らない。
また、お水を飲ませる?
解らなくなったので、わたくしは、水を用意して、脂汗で滲んだ額を拭いて差し上げた。幾分、表情が柔らかくなった気がしたので、「香散見さん?」と呼びかけてみる。
ほんの少し目を開いて、また、閉ざされてしまったようだった。
「世話は良いわよ、高紀子」
不機嫌そうな声音で、香散見さんは仰有る。
「看病するのは、同僚女房として当然です。かえって、このまま、苦しんでいる同僚を見捨てる方が妙ですわ」
わたくしの言葉を聞いた香散見さんは「勝手にしたら」と言って、苦しげに一度大きく喘いだ。
何をどうすればよいか解らなかったので「香散見さん、何かして欲しいことは? やっぱり、典薬に来て貰った方が良いですか」と聞く。
香散見さんは、ちらりとわたくしの方を見遣ってから「馬鹿なことを言わないで。典薬が頼りになるなら……とっくに、頼ってたわよ」と仰有る。
つまり、香散見さんは、かつて典薬を信用できないような事態になったことがあるんだろう。
それは気の毒だな……と思ったけれど、そうでもなかったら、この方が、身を守る為に、女房装束なんかお召しになることはなかっただろう。
そういえば、梅壺は、東宮殿下の直廬(宮中に賜ったお部屋)だけれど、あまりにも人が少なすぎる。中宮さまだって、ご自分の実家から連れてきた女房達を局に住まわせているはずで、ざっと三十人は女房や端女を使っていると思う。
なのに、ここには、わたくしと、東宮殿下(偽)と香散見さんの三人だけ。
たまに来てくれる女房さんは、元々東宮殿下が使っていた女房の中でも信用できる人か、もしくは、東宮妃として香散見さんにお仕えする女人の女房か、どちらかだろう。
そうだ。この方には、妃が居るのだから……その方に、来て貰った方が良いかしら。わたくしの腰が浮いたのを、香散見さんはめざとく見ていたらしい。
「高紀子、どこに行くの?」
「はい、東宮様のお妃様の所へ行こうかと……」
言ってから、場所が解らないという事実に気がついたけれども、それはさておき。
「あれも、信用できないわ……だから、とにかく水を飲ませてよ……」
水を……飲ませる。
多少躊躇いながら、わたくしは、「わかりましたわ」と香散見さんの所へ向かった。
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