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35.わたくし、嫌な気持ちですわ
しおりを挟む香散見さんは、存外大人しく、わたくしが水を飲ませて差し上げるのを黙って受けて下さった。
そのうち、すやすやと寝息を立てて眠りはじめてしまったので、私は少しだけホットする。きっと、お薬が効き始めたのか、それとも、毒が水で薄まったのか、香散見さんは穏やかな表情で、寝息を立てている。
ほんとうは、女房装束のままで眠ってしまった香散見さんの装束を、脱いで差し上げた方がよろしいのだけれど。
流石に、わたくしには、香散見さんから装束を脱がせて差し上げることが出来るとは思えないけれど。
とりあえず、わたくしは、なにかあるといけないから、寝ずの番で付いて差し上げることにした。
東宮殿下(偽)の方は、あまり手の掛からない人だから、わたくしも楽が出来て有り難い。今日も、そうそうにお部屋に引っ込んで褥をご自分で用意したと思ったら、すぐにお休みになってしまったし。
偽物の東宮殿下は、香散見さんの乳母子―――つまり、わたくしには異母兄にあたる方。
わたくしの父上が、お気に入りの妾である早苗に産ませた子で、早苗は、中宮様の産んだ五人の子すべての乳母をしている。なんとも、たいみんぐよく、中宮様と懐妊がかさなったものだと、わたくしは感心するけれど。
懐妊かあ……わたくしは、香散見さんを見た。
香散見さんに入宮ということになったら、わたくしも、香散見さんと夜を過ごすのよね……。一応、わたくしだって。公家の娘だから、そういう方向への知識はあるけれど。
なんだか、わたくし、香散見さんは、この姿で慣れてしまったから、今更、束帯をお召しになっても、笑って仕舞うような気がする。香散見さんは……ちょくちょくわたくしにふれてくるけれど、本当に、そういう気持ちになっているのかしら。ただ、わたくしのはんのうがおもしろくって、私をからかっているようにも思えるし。
だって、わたくし、香散見さんより一回り以上も年下で、香散見さんが常々仰有るように、胸なんてぺったんこなんだし。
香散見さんにしたって、ご自分が身を隠していることを他に知られたくないから、わたくしを無理やり手元に置いているだけで。香散見さん、わたくしのことなんて、別にお好きでないのだわ……と思ったら、胸の奥が、ざらついたような気分になった。
嫌な気持ち。
―――嫌な気持ち。
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