オネェな東宮に襲われるなんて聞いてないっ!

鳩子

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53.わたくし、張り込みは嫌ですわ

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「どーしたのよ、高紀子」

 香散見かざみさんが、わたくしの顔を覗き込んでくる。あせった、わたくしは、とっさに、嘘を言う。

「だって……やっぱり、こんな廃院だなんて、不気味なのですもの」

「そう? アタシは好きよ。こういう、人の寄りつかない感じ。アンタは、魑魅魍魎とか怨霊が怖いって言うかも知れないけど、アタシは、生きてる人間のほうが、どうしたって怖いわ。
 あそこにいる、五の宮おじさまとかのほうがね……」

 命を狙っている人が居て。

 その人の目を欺く為に、女房装束で女装しなければならなかったこの方にとって、きっと、怨霊などは気にもならないのだろう。

「……なぜ、五の宮さまが、香散見さんの命を狙っているのですか?」

「勿論。アタシが死んで……アタシの弟が全員死んだら。五の宮さまが、次の帝位に就く可能性が、格段に高くなるわね」

 わたくしは、ぶるっと、背筋が震えるのを感じた。

 もはや、わたくしは実敦さねあつ親王には未練はないのでしょうけれど……、香散見さんの弟というのならば、実敦親王も、殺されると言うことだ。

「そんなに……人殺しをするつもりなのですか……五の宮さまは……」

「さあ、解らないけど……もしかしたら、アタシの弟の中に、五の宮を後見人にしているヤツが居るかも知れないし。とにかく、この件は、五の宮だけで、動いてるわけでもないと思うから……少しアタシとしても、調べたいのよ。
 ここに、十日もいれば流石に、出入りの一回くらいあると思うんだけど」

 つまり、香散見さんは、五の宮さまが単独で動いているはずはなく―――おそらく、後ろに有力貴族の存在があると思っているのでしょうね。だからこそ、女装して身を隠し、慎重にしらべていたはずだもの。

「だから、さあ、高紀子~、しばらく、ここでいちゃいちゃしてましょうよぉ。いちゃいちゃしてたら、十日くらい、すぐだから!」

 わたくしは、冗談じゃない! と思いました。

「いやですっ! こんなところで、初夜を過ごせって言うんですか? ……そんなのは、わたくし、絶対に嫌ですからねっ!」

「そうよねぇ、やっぱり、初めての夜は、そこそこ、雰囲気作りは大事よねぇ……アタシも、アンタに嫌われるのは絶対に嫌だし……。だけど、ここにも居たいのよねぇ」

「じゃあ……ここで、なにか、書き物でもしてらしたら良いじゃないですか」

「書き物?」

「ええ。……だって、香散見さん、ここの所、毎日、書き物のお仕事をなさっていたと聞いておりましてよ? わたくしも……針仕事が止まるのは、困りますけれど」

「うん……でも、アンタの前だと、書きづらいのよ……」

「わたくしに、言えないようなことばかりなさっているからですわ! ……ならば、ここに、家人を一人、見張りとして置いて行けばよろしゅうございましょう」

「それは良いんだけど……アタシは、二条関白家にも、知られたくない訳よ。それで、色々苦労してるんだから」

「そう、なんですか?」

「そう、なんです! アタシだって、いろいろ苦労があるのよ。二条関白家は、アタシに近すぎるから。ただでさえ、アンタの義兄を借りて偽東宮にしてるのよ? これ以上筒抜けになるのは、絶対に御免蒙りたいわ!」

「わたくしなら、そこまで二条関白家の力を借りているなら、いっそ、巻き込んでしまいますけれどね。どうせ、わたくしとか中宮様がおいでなのですから、二条関白家は、香散見さんに、口出しすると思いますけれど」

「気分のもんだいよっ!」

 埒が明かないので、明日の朝まで、香散見さんの言葉を借りるなら『いちゃいちゃ』して過ごすことになったのでした。


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