3 / 66
03.李将軍
しおりを挟む游帝国の皇帝は、大陸全土を統一したことから、唯一『皇帝』を名乗る。
大陸統一を果たした初代の皇帝が、各地への往来の便を良くする為に、道路を整備し、それと同時に主要都市との『帝華路』(皇帝専用道路)を作った。琇華は、現在、この『帝華路』で、游帝国の首都である瀋都に向かっている。
帝華路は、広々としていて小石一つ雑草一つ見当たらなかった。その為に、馬車を高速で走らせることが出来る。近隣の住民達がこの整備の役を課せられている。それは、堋《ほう》国内でも同じことだった。
馬車の窓から流れる景色を見ていた琇華は、堋《ほう》国首都の湖都では見たこともない、山が見えるのに驚いた。堋《ほう》国は、大陸の中心地である。黄金宮は、湖都の中心にある小高い丘の上に建っているので街全体を一望できるが、見回せど平地が続くばかりで、山の稜線がうっすらと見えたときには、感動して思わず声を上げてしまった。
目に飛び込んでくる物すべてが、新しい物ばかりで、毎日驚いてばかりだ。
退屈を紛らわす為に……と本や絵巻などを持ってきたが、そんなものを見ているよりも、外を見ていた方がずっと楽しい。
(馬車だから、ゆっくり見物できないのが玉に瑕だけど……)
琇華がそう思っていると、急に、場所の速度がゆっくりになった。後ろから付いてきた護衛官がすかさず、馬で駆け寄ってくる。護衛官として付いてくるのは、齢六十をすぎた老将軍で、名を、李剛督。琇華が幼い頃から、警護に駆けつけてくれた笑顔の優しい将軍だった。今回の結婚でも、游帝国との折衝に尽力してくれたという。
「何事があった!」
「これは、李将軍」と馭者が答える。一度、馬車が止まった。
「実は、馬が、大分疲れているようでして……次の街で交換した方が良いかと」
「しかし、今日は、游帝国側の都市、巴州に入る予定だ。ここで、休むわけには行かぬが……」
老将軍が、渋い声を出して思案しているのを聞いて「李将軍」と琇華は窓から呼びかけた。
「おお、姫さま……窓からお顔を見せるなど、淑女のなさることではございませぬ。どうぞ、帳を降ろして下さいませ……。して、このじじいに何のご用でしょう」
笑うと目が細くなる老将軍は、若い頃からの各地を転戦して戦に明け暮れていたと言い、顔は浅黒く、皮膚は脂っ気を失って蜥蜴の肌のように、かさついている。地声が既に大声な上に、だみ声だから馭者達が震え上がっているのが目に見えるようだった。
「馬が可哀想だわ。……なんなら、妾は、どなたかの馬を借りて巴州に入っても良いから、馬は休ませてあげて頂戴。ずっと、湖都から重い馬車を引っ張って走ってきたのよ。疲れ果てていることだと思うわ」
「姫さま、自ら馬に乗るなどおやめ下さいませ」
「いいえ、大丈夫よ。それが嫌なら、次の街で休みましょう。……游帝国のお迎えの方々には遅れてしまって申し訳ないけれど……、普通に旅をしていても、天候や体調で日程通りに行かないことはあるわ。
だから、遅れることも、多少は想定していると思うの」
「ですが……」と言って、老将軍は口ごもった。
「どうしても、お待たせしないというのならば、馬を貸して頂戴。荷物は、あとで届けてくれれば良いわ」
今にも馬車の外へ出ようとした琇華に「お待ち下さい、姫さま!」と李将軍が呼びかけた。
「凄い声ね。そんなに大きな声を出さなくても妾は聞こえているわよ?」
びりびりと耳の奥が痺れるような大音声の直撃を受けた琇華は、耳を抑えながら、李将軍に言う。
「いえ、やはり、馬に乗るのはやめましょう。……使者をやりますので、我々は、この先の、三冰の街で休むことに致しましょう。姫さまもお疲れのことですし、その方がよろしゅう御座いましょう」
豪快に笑った李将軍に「あら、妾は疲れていないわよ」と言うが、老将軍は「いいえ、姫さまはお疲れなのです。それゆえ、道中大事を取ってお休みする―――これならば、皇帝陛下も、納得して下さることでしょう」と告げる。
「言い訳が必要と言うことなのね。わかったわ、妾の我が儘の為に、休むから遅れたと言えば、角が立たないのね」
「皇帝陛下も、愛しい姫さまの我が儘でしたら、快く聞いて下さいますよ」
愛しい、と言われて、琇華は顔がポッと赤くなるのを感じていた。指先で頬を触れてみると、そこがじんわり熱い。
(愛しいだなんて……)
あの、美しい皇帝に、『愛しい黄金姫』などと囁かれたら、どうなってしまうだろう……と琇華は思う。想像しただけで、腰が抜けそうになるのに、間近で、生身の皇帝を目の当たりにしたとき、正気で居られる自信が、琇華にはない。
「おやおや、姫さまも、皇帝陛下が気に入ったご様子ですな」
「ええ。だって、初恋なのですもの」
「おお、それは良かった。相思相愛。美男美女の夫婦とは、羨ましいことですな。あとは、お子様に恵まれれば、本当に言うことはないものです」
お子様……。その言葉を、琇華は噛みしめた。
きっと、生まれ育った実家のような、暖かな家族を作るのだ。琇華は、期待に胸を弾ませていた。
やがてゆっくりと馬車が走り出す。先ほどと違って、ゆっくりとした歩みだった。三冰の街が、どういう場所か解らなかったが、人々は忙しなく歩き回っているし、そのおかげで、あちこちから様々な声が折り重なって聞こえて来る。
「あんた、その饅頭、この間より小さくなったよ!」
「おい、じいさん、アブネェなあっ!」
「美味しい魚の干物はいらんかい?」
街に活気が溢れているのは良いことだ。市井のひとたちの、日常に触れることもなかった琇華は、それがとても嬉しかった。
0
あなたにおすすめの小説
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
【完結】こっち向いて!少尉さん - My girl, you are my sweetest! -
文野さと@書籍化・コミカライズ
恋愛
今日もアンは広い背中を追いかける。
美しい近衛士官のレイルダー少尉。彼の視界に入りたくて、アンはいつも背伸びをするのだ。
彼はいつも自分とは違うところを見ている。
でも、それがなんだというのか。
「大好き」は誰にも止められない!
いつか自分を見てもらいたくて、今日もアンは心の中で呼びかけるのだ。
「こっち向いて! 少尉さん」
※30話くらいの予定。イメージイラストはバツ様です。掲載の許可はいただいております。
物語の最後の方に戦闘描写があります。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました
七宮叶歌
恋愛
政略結婚が決まった王女・メヌエッタは、決められた未来に従うだけの人生を拒んで王宮を飛び出した。逃げ込んだのは、侯爵令息・アルフレッドの操る飛空船だった。
ところが逃亡の途中、「王女は事故死した」「アルフレッドは指名手配」という報道が流れ、二人は一転して国中から追われる立場になる。更にアルフレッドの父から提示された逃亡の手助けの条件は、逃げ切ることが出来たなら、アルフレッドと『契約結婚』するというものだった。
結婚から逃げてきたはずなのに、行きついた先もまた結婚。けれど、空の旅の中で触れ合う彼の優しさや弱さに、メヌエッタの心は少しずつ揺れ始める。
追手、暗殺の影、契約から始まる恋――。
二人は無事に逃げ切り、幸せを掴むことができるのか。ちょっぴりコミカルで、ときどき切ない空の逃避行恋愛ストーリーです。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
求婚されても困ります!~One Night Mistake~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「責任は取る。僕と結婚しよう」
隣にイケメンが引っ越してきたと思ったら、新しく赴任してきた課長だった。
歓迎会で女性陣にお酒を飲まされ、彼は撃沈。
お隣さんの私が送っていくことになったんだけど。
鍵を出してくれないもんだから仕方なく家にあげたらば。
……唇を奪われた。
さらにその先も彼は迫ろうとしたものの、あえなく寝落ち。
翌朝、大混乱の課長は誤解していると気づいたものの、昨晩、あれだけ迷惑かけられたのでちょーっとからかってやろうと思ったのが間違いだった。
あろうことか課長は、私に求婚してきたのだ!
香坂麻里恵(26)
内装業SUNH(株)福岡支社第一営業部営業
サバサバした性格で、若干の世話焼き。
女性らしく、が超苦手。
女子社員のグループよりもおじさん社員の方が話があう。
恋愛?しなくていいんじゃない?の、人。
グッズ収集癖ははない、オタク。
×
楠木侑(28)
内装業SUNH(株)福岡支社第一営業部課長
イケメン、エリート。
あからさまにアプローチをかける女性には塩対応。
仕事に厳しくてあまり笑わない。
実は酔うとキス魔?
web小説を読み、アニメ化作品をチェックする、ライトオタク。
人の話をまったく聞かない課長に、いつになったら真実を告げられるのか!?
皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる
若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ!
数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。
跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。
両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる