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17. 『黄金姫』の評判
しおりを挟む皇后を迎えてから一月。漓曄が想像していたのより、ずっと、『黄金姫』の評判が悪いことに、漓曄は違和感を感じていた。
(皇后は……ここに来て酷く我が儘になったというが……)
言われるのは、食事だ。
黄金姫は、その名の通りの傲慢な姫で、最初の内こそ大人しくしていたが、最近では、食事も大量に作らせて、一匙ずつしか食べないのだそうだ。
せめてもう一口でも……と侍女が言うと、彼女は、人を見下したような傲慢な顔をしていうのだそうだ。
『お前達が食べれば良いわ。妾は、もう、腹がくちくなってしまったの』
ならば、こんなに用意させることはないのでは……とおずおずと申し出た侍女には、笑いながら言うのだそうだ。
『これくらい卓子に料理が並んでいないと、目が淋しいわ』
そして、広い卓子一杯に広げた料理を、一口ずつ食べて、終わり。
その態度を、侍女達は腹立たしく思って居るらしい。
(しかし、おかげで、こちらにも、おこぼれは来ているからなあ……)
朝の残りで申し訳ありませんが……などと言いながら、皇后の殿舎に仕える端女たちが、皇帝のところに持ってくるのは、手に持って食べることが出来るような軽食と、菜だった。
今日は、豚肉をトロトロになるまで煮込んだものがたっぷり入った、粽。それに、袋茸と青菜の塩炒め、骨付き肉の椀物などだ。
どれもこれも、上品な宮廷らしい味付けで、美味だった。
黄金姫の残りもの……と最初に聞いたときには、突っ返すかと思ったが、腹の虫は正直だったし、側近の洙学綺に言われて、納得して受け取ることにした。
『どうせ、あちらは、陛下が貧乏皇帝だとご存じなんですから、遠慮なく受け取ったら如何です? やせ我慢で腹は膨れませんよ』
学綺は、漓曄が即位してから仕えるようになった、新しい人材だったが、名門洙家の人間である以上に、歯に衣着せぬ物言いが気に入っている。
「おや、粽を片手に、思索にふけっているところですか」
学綺が声を掛けてきた。側近とはいえども、高官ではないので、正五品を示す薄青の円領(丸い襟ぐり)の装束を身に纏っているが、特筆すべきなのは、その顔だ。
顔の右半分を、黄金の仮面で覆っている。
なんでも、留学先の鑠国からの帰還途中で事故に遭い、半顔は、無残に潰れたのだという。
「学綺か」
「先ほどから拝見しておりましたら、主が、粽に語り出しそうなご様子でしたので、お疲れなのかと心配致しましたよ」
朱い唇が、笑みを刻む。
「疲れてなどいない」
「おや、それならばよろしゅうございますが……毎晩毎晩、皇后さまの閨でお過ごしですから、きっとお疲れかと思っておりました。……丹史(閨の記録係)に確認したところ、毎晩、接合なさっておられたようですので」
む、と漓曄は唸った。まさか、学綺が漓曄の閨ごとまで気を配っているとは思わなかったのだ。
学綺の指摘通り、漓曄は、毎晩、黄金姫のところへ通う。最初のうちは、朝餉にありつくのが目的だったが、今ではよく解らない。ただ、かならず、物慣れない様子の彼女を抱く。抱いて、愉快な気分になれるわけではないというのに、なぜか、そうしている。
(むしろ、不愉快にさせる……)
時折、快を得て艶めかしい声を聞かせるときがあるが、すぐにはしたないことだと思うのか、顔を手で覆い隠してしまう。
(好いた男が居ると言っていたな……)
その男を思い出しながら……などと言ったのは、漓曄のほうだが、実際にそうされていると思うと、腹立たしくなる。
(いや、皇后など……朝餉目当てに行くだけだ)
その牀褥(ベッド)に、抱いても良い女が用意されているから、抱いているだけ。ただそれだけだ。
(そうだ、最初の頃は、抱きたくもないと思っていただろう)
だからこそ、手ひどくした。馴らしもせずに無理やり力任せに身を繋げて、屈辱と羞恥、そして身を引き裂く痛みに耐えている姿だけは、かろうじて興奮を覚えたのだった。
だが、三日も抱いていれば、頑なだった黄金姫の幼い身体も、漓曄に馴染んでくる。反応を見せるようになった身体は、抱いていてそれなりに愉しみも見いだせたが、黄金姫の態度が頑なで、漓曄はそれに苛立つことがある。
(どうせ、胸の中で大事に思って居る男と、結ばれることなどないのだから、諦めて……)
そこまで考えて、漓曄は、はっとなった。諦めて―――なんと考えようとしたのだろう。
「どうしたんですか、陛下」
「いや……確かに、お前の言う通り、私は、疲れていたのかも知れないな……」
「それならば、今日は、皇后陛下は月の障りですので、玄溟殿へ行くことは出来ません。しばらくぶりに、独り寝の、清々しい朝を迎えられますよ」
月の障りか……と漓曄は胸の中で呟く。確かに、月の障りの間は、女体に触れてならないという決まりであった。
(いや、しかし、そうなると……)
明日の朝餉には、ありつけないことになる。
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