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19. 暖かな枕
しおりを挟む―――低い声音で、優しげな歌が紡がれている。
歌詞は判然としない。けれど、優しくて甘ったるい歌詞なのだと想像出来る。
「……素敵なお声……」
思わず口に出して呟いて、琇華は、いつの間にか泣き疲れて眠っていたことに気がついた。
游帝国に嫁いできてから、毎日、皇帝は琇華の牀褥に来る。それは、朝餉目的なのだと言うことは知って居たけれど、そのおかげで、今まで、琇華は、一人になる時間を持つことが出来なかった。
(瑛漣に涙を見せたら、きっと心配するから)
だから、瑛漣の前では泣くことは出来ない。ほかの侍女の前で泣けば、格好の噂話として、面白おかしく尾ひれが付いて、皇宮中を駆け巡るだろうから、これも、出来ない。
月の障りが来て、ようやく、琇華は自分の為に泣く時間を手に入れた。
ずっと、我慢してきた。初恋を踏みにじられて悲しかったことも、黄金姫などと言われて金子と引き替えに嫁いで来たと言われて悲しかったことも、侍女たちに侮られて口惜しい思いをしていることも、皇帝が、ちっとも優しい言葉を掛けてくれなくて淋しかったことも、皇帝には、他の男から奪うほど恋焦がれた女が居ると知って、胸が潰れそうになったことも。
一気に溢れて、月の障りが重いと嘘を言って、一人で牀褥に潜り込んで泣いていた。
「でも、すこし、泣いたら……気分が良くなったわ……」
大きく伸びをしようとおもった琇華は、なにやら、いつもと違う暖かな感触の枕をつかっていることに気がついた。
(あら、おかしいわ。妾は、枕は陶枕だから、こんなに温かいはずがないのに)
けれど、存外この暖かな枕は心地が良かった。
「ん……温かい……」
柔らかなというか弾力のある感触がする。そこに、絹が貼ってある。ふと、琇華は上を見上げて「えっ?」と呟いてしまった。
そこに居たのは、皇帝だった。
皇帝の膝に頭をのせているようで、しかも、琇華の髪を、慈しむように撫でている。
「ずいぶん……妾は、はっきりとした夢を見るようになったのね……」
夢でなければ、こんなことを皇帝がするはずがない。
「夢ではないよ……あなたが、泣いているようだったからね。そんなに、月の障りが重くて痛いのならば、太医を呼ぶよ」
(泣いていたのは、月の障りのせいじゃないのよ……)
けれど、それに理解を求めても、この皇帝は、琇華のことを考えることはないだろうと、琇華は「大事在りません」と呟いて、身を起こした。
「もともと、重くなかったのですけれど……こちらに来て、時期も遅れているようですし、慣れない暮らしに、妾自身が、戸惑っているのが原因でしょう。じきに、戻ります」
そっと、皇帝の手が、琇華の頬を包む。
大きな掌だと言うことを、琇華は知った。今まで、こんな風に、優しげな態度を取って貰ったことがないので、琇華は戸惑う。
「あなたの独り合点ということも在るでしょう。太医は、呼ぶから、ちゃんと見せなさい」
気遣わしげな表情が、秀麗な美貌に乗ったのを見て、一瞬、琇華は期待する。
(妾の身体のことを気遣って下さったのかしら……)
けれど、その思いは、一気に霧散した。頭の中で、あの言葉が、繰り返し聞こえてきたからだ。
『致し方ないだろう。……とにかく、金が必要だった。今すぐに、黄金一万斤など、我が国には、どうしても捻出できない。金の為ならば、何でも出来るさ』
(そうね、金子の為だわ……そして、妾が、嫁いで早々に病気にでもなったら、父様に介入を許すと考えているのかも知れないわね……)
琇華は、鬱陶しげに、皇帝の手を払う。
「規則ですから、今夜は、妾は独り寝です……。早く宮へお戻り下さいませ」
「あなたが、心配だから、今夜は付いているよ」
なんの心境の変化か、皇帝は、琇華を抱き寄せて優しく背を撫でている。
「今日は、あなたの帯を解かないから、安心しなさい」
(そうよ。……もともと、妾は、『抱きたくもない女』と言われたでしょう? 皇帝陛下は、明日の朝餉と昼食の心配をなさったの。妾の心配じゃないわ)
そう言い聞かせながら、胸は痛む。いっそ、この、役者のように美しい男が、役者のように騙し続けてくれれば良かったと、思いながら。
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