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21. 皇太后の戒め
しおりを挟む「どうしたの、顔が赤いようだけれど」
皇太后に言われて、琇華は、ハッと我に返った。朝の挨拶に伺ったところ、少し話をしようと言われて、茶を出されたのだった。
こちらでは。皇帝の殿舎ほどの節約はしていないらしい。茶は、金蘭茶と呼ばれる、蘭の花に似た高貴な薫りが漂う、上等なものが出された。
「皇帝陛下は、あなたのところへ足繁く通っていると聞きましたけれど、上手くやっているのかしら」
うまく、の意味合いを計りかねて、琇華は答えを躊躇う。
「あなたも―――聞いているとは思うけれど、皇帝陛下には、妃として入宮もさせていない、女がいます。堋国の今の国王は、后はあなたの母上一人だけと聞いていますから、驚いたでしょう」
淡々と告げられて、琇華はどう答えて良いか戸惑ったが、正直に答えることにした。
「驚きました。……一人の皇帝に、何十人もの女がお仕えするなんて、考えた事もなかったのですもの」
「そうでしょうね。……あなたの父上は、恐妻家で有名よ」
ほほ、と皇太后は笑う。
「恐妻家……だなんて」
「堋国王も、本当は、何人もの妃を持って良いはずよ。けれど、あなたの母上の手前、出来なかったと聞いているわ……まあ、そんなことは良いのよ。皇帝陛下は……今後、妃を持つことになるでしょう。それは、あなたも、納得して頂戴」
キッパリと言われて、琇華は「はい」としか答えられなかった。
「……皇帝陛下には……、ほかの殿御から奪うほど、愛した方がいると聞きました」
「そうね。結果としてはそうなったわ。……元々、その娘は、わたくしの女官だったの」
母のところで働く女官を、皇太子が見初めたのだろうか。それで、思いを断ち切ることも出来ずに、初夜に奪いに行ったのだとしたら……そう思ったら、身震いした。
「名は、古愁月。今は、あなたの住まう掖庭宮で……端女をやっているわ。毎日、毎日、粗末な食事で、朝から晩までこき使われて、広い殿舎中を掃除して回る仕事よ。厠の掃除もさせられているわ」
「なぜ……皇帝陛下は、愛した女人を、そんなに辛い目に遭わせていて平気なのですか? 妾ならば……愛する方が、辛い思いをしていたら、耐えられない……」
そう呟いたときに、琇華はハッとした。
今まさに、辛い思いをしているのは、皇帝ということだ。そして、皇太后の、回りくどい会話の意味に気がついた。
「妾に……その女人の処遇を決めよと、仰せなのですね」
「あなたにとっては残酷な事かも知れないけれど、あなたは、掖庭宮の主。……ここを守っていくことがあなたの務めなの。わたくしは、守ることが出来ずに、陛下と、この国を危険にさらしたけれど………仮に、掖庭宮で盗みでもあったら、あなたは、犯人の鼻を削いだり、腕を切り落とす決断をしなければならないの。そうしなければ、皇宮は守ることが出来ない」
皇太后の眼差しは、真剣だった。
「肝に銘じます」
「あなたの掖庭宮ですから、処遇はあなたに任せます。……あなたは、わたくしのように、ほかからの介入を許さぬように」
厳しい言葉を受けながらも、こうして助言を与えてくれたことについては、感謝すべきだった。
「はい。心得ました。皇太后さまに、感謝致します」
一度、席を外れて拱手して答えると、「感謝より、あなたの決断を見せなさい」と皇太后が言うので、ひやり、と胆が冷えた。
皇太后の殿舎を辞して、琇華は、玄溟殿へ戻る途中に、「少し、散歩がしたいわ」と言って、花園《かえん》へ向かう事にした。芍薬も終わった季節だから、早ければ、蓮が咲いているかも知れない。
琇華の上衣を抱え持ちながら、瑛漣が続く。
「皇太后さまは、厳しい方だけれど……、道理から外れたことを仰有ったわけではないから、あとは、妾が、誠意を見せるだけね。折角、助言して下さった皇太后さまの期待に応えなくてはならないわ」
「……古氏の件ですか?」
瑛漣は、控えていたので、皇太后との会話の内容は把握している。
「ええ……。陛下が、夢中になって寵愛する方……って、どんな方なのかしらね。瑛漣。あなたは、その方を、知っていて?」
「はい。……ひっそりとした方です。万事、控えめで目立つことを好まず、口数も少ない方でした」
「そんな目立たない方が……どうやって、陛下の心を射止めたのかしら……」
琇華は首を捻る。
「牡丹の花より、野の花に目を止められたと言うことでしょうか……わたくしには、宸襟を拝察することなどとても出来ませんけれども……」
瑛漣の言葉をきいて、琇華の胸が、ツキンと痛む。皇帝は琇華のことを、『黄金の花』と言った。華やかな容貌という自覚はないが、華やかな装いであることは間違いない。それならば、野の花を愛する皇帝は、忌み嫌う花だろう。
「まだ……その方と情を通じているのかしら」
「そこまでは……けれど、男児のお子様がおいでですので、常に、身辺は気を配っておられると思います」
「なん……ですって……」
冷水を頭から掛けられたような心地になった。
男児が居る……。この世に、皇帝の血を分けた実の息子が存在している。
(ああ……だから、妾の子供なんか、殺すと仰せになったのね)
気が遠くなるのを、琇華は感じた。じりじりと、太陽が、肌を焼く。泣きそうになるのを必死で堪えて、「陽差しが強くて、気分が悪いわ。瑛漣……輿を呼んで頂戴」と命じる。
「まあ、日傘をご用意すれば良うございました。気付かずに申し訳ありません。どうぞ、……その木陰でお待ち下さいませ。わたくし、すぐに、輿を呼んで参ります」
「ええ、よろしくお願いするわ」
足早に去って行く瑛漣を見送って、琇華は、庭園の奥へと駆け出していた。
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