大書楼の司書姫と謎めく甜食

鳩子

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第一章 珍奇で美味なる菓子

仙花の予言

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(そうして、待って待ち続けた結果が、き遅れの二十九歳の大長公主だいちょうこうしゅ(天子の叔母)が誕生したというわけだ)

 最近、娃琳ゆりんは、遊嗄ゆうさの事ばかり思い出す。

 おそらく、今回に限っては、今まで使っていた『心に決めた男が居る』という言葉も通じないだろうし、游帝国から、『皇太子が留学に来る』という状況が重なっていることが大きいだろう。

 深々と溜息を吐いた娃琳を見たこうが、「どうかしたのか?」と聞いてくる。

 今日は、謁見を申し出ているので、雑琉ざいるの正装だという朱色の立領りつりょう(襟の立った服)の衣装を身に纏って、朱色の帽子も付けている。

 金糸銀糸の刺繍は細かく、瑞鳥や花もあった。これらは、すべて、雑琉の伝統的な図案で、ほう国のものとは、大分異なっている。だが、この豪華な衣装は、ただの民のものではないだろう。

(おそらく、身分の有る男だろうに、なにやら隠しているようだし……)

「いや、なんでもない。それより、なにか、あなたの言う菓子の手がかりはないのか? 一応、料理や菓子の本ならば、大書楼に三百冊は蔵書がある」

「三百冊?」

 素っ頓狂な声を出して、鴻が聞き返したので、娃琳は、大きく頷いて「ああ、約三百冊だ。正しくは、三百十一冊」と答える。

「それ、全部調べるというのか?」

「それが一番手っ取り早いだろう。大丈夫だ。私も手伝うし、甜食スイーツならば、そのなかでも、二三割だろう」

「それでも、凄い量だけど……」

「あなたの言う『真実を告げる菓子』とやらは、探すのに、期限はあるのか?」

 娃琳が問う。もし、期限があるというのならば、最優先で探さなければならないと思ったからだ。その間に、娃琳自身は、游帝国の皇太子を迎える為の菓子を幾つか候補に絞り込んでおけば良いはずだ。

 つまり、二人の利は、完全に一致していると言って良い。

「期限は……特に言われていない。だが、早くしないと、危ない。なんとしてでも、一刻も早く、菓子を探したいんだ」

 苛立った鴻は、ガリ、と自らの親指の爪を噛んだ。その手を、そっと、娃琳が捕らえる。細くて頼りない、年下の青年とばかり思って居たが、その手は、存外、逞しかった。

「なに?」

 訝って、鴻が問い掛ける。慌てて、娃琳は、手を放すと、彼の問い掛けに答えた。

「爪を噛まない方が良い。形が悪くなる」

「あ……俺は、良いんだよ。お姫様じゃないんだし、どうせ、あちこち、爪なんか割れている」

 鴻が手を見せる。確かに、彼の言う通りで、爪はあちこち掛けて割れていた。栄養状態が悪くて爪が割れたというわけではなく、長旅の間の苦労を忍ばせるような、傷を持つ爪だった。

 ただ、彼の身なりから考えれば、不審な手であるのは間違いなかった。本来ならば、単身、従者も付けずに堋国まで来るような男ではないと、娃琳は見ている。

「それにしても、陛下は、遅いな。あれから、たっぷり五刻はすぎていると思うが」

 朝議が終わる予定が、二刻後だったことを考えると、異常に長い。朝議などは、あまり、紛糾することもないので微妙なことである。

 娃琳は、入り口の所に控えていた宦官に目配せした。すると、宦官は外に控えていた宦官に声を掛けてから、娃琳の足許に跪いて拱手してから告げる。

「国王陛下は、まだ、朝議中でございます」

「そんなに長引く議題なのか?」

 それならば、一度出直した方が良いだろうかと、娃琳は思う。

「朝議の議題は、一体何なのだ?」

「はい、大長公主さま。どうも、仙花大女皇帝せんかだいじょこうてい陛下の御代を呪うような、不吉な予言が流行っているのだとか。……私も、良くは存じ上げませんが……」

 済まなそうに言う宦官の声を遮って、鴻が、謳うような朗々とした声で告げた。


仙花せんか一秋いっしゅうの風に枯れ
 金殿きんでん玉楼ぎょくろう神花しんか つる」


 仙花は、仙花大女皇帝せんかだいじょこうてい陛下の事だろう。一秋いっしゅうの風の意味はわからないが、その風が、仙花を枯らすことだけは、読み解ける。そして、金殿玉楼……つまり、立派な宮殿に、神花が満ちるというのだろうが、神花は、おそらく、新しい花のことで―――。

「游帝国の皇帝は、代々、花の名を持つ……。おそらく、仙花大女皇帝せんかだいじょこうてい陛下を弑逆しいぎゃくして、簒奪を企てるものが居ると言うことかと、存じます」

 宦官が告げるのを聞いて、娃琳は、「なんと」と、呟いていた。考えもしないことだった。

 游帝国は、先代、槐花かいか帝の御代において、栄華を極めたと思われたが、当代の仙花帝の御代に於いて、その栄華と覇は留まることを知らず、ほう国、とう国、国、しゃく国などの国は、游帝国への隷属を強いられている。

 西域近くの雑琉ざいるなどには、仙花帝も手を広げていないが、侵出は時間の問題だろう。

 そういう時勢であるので、游帝国の皇太子が、堋国へ留学するとなった現在、仕度に余念がない。もし、皇太子が怪我でもしたら、仙花大女皇帝せんかだいじょこうていは、躊躇いなく、兵を進めるだろう。だからこそ、その前座とも言える『大茶会』では失敗することが許されないのだが……。

「もしかしたら、国王陛下は、謁見して下さらぬかもしれぬな……」

 娃琳が独りごちたときだった。

「大長公主さま! お急ぎ下さいませ。陛下が、中食ちゅうじきの間、謁見して下さるとのことです」

 娃琳は鴻と顔を見合わせた。

「只今参ります!」

 襦裙の裾を持って、娃琳は駆け出す。その後ろを、鴻が続いた。


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