10 / 43
第一章 珍奇で美味なる菓子
仙花の予言
しおりを挟む(そうして、待って待ち続けた結果が、嫁き遅れの二十九歳の大長公主(天子の叔母)が誕生したというわけだ)
最近、娃琳は、遊嗄の事ばかり思い出す。
おそらく、今回に限っては、今まで使っていた『心に決めた男が居る』という言葉も通じないだろうし、游帝国から、『皇太子が留学に来る』という状況が重なっていることが大きいだろう。
深々と溜息を吐いた娃琳を見た鴻が、「どうかしたのか?」と聞いてくる。
今日は、謁見を申し出ているので、雑琉の正装だという朱色の立領(襟の立った服)の衣装を身に纏って、朱色の帽子も付けている。
金糸銀糸の刺繍は細かく、瑞鳥や花もあった。これらは、すべて、雑琉の伝統的な図案で、堋国のものとは、大分異なっている。だが、この豪華な衣装は、ただの民のものではないだろう。
(おそらく、身分の有る男だろうに、なにやら隠しているようだし……)
「いや、なんでもない。それより、なにか、あなたの言う菓子の手がかりはないのか? 一応、料理や菓子の本ならば、大書楼に三百冊は蔵書がある」
「三百冊?」
素っ頓狂な声を出して、鴻が聞き返したので、娃琳は、大きく頷いて「ああ、約三百冊だ。正しくは、三百十一冊」と答える。
「それ、全部調べるというのか?」
「それが一番手っ取り早いだろう。大丈夫だ。私も手伝うし、甜食ならば、そのなかでも、二三割だろう」
「それでも、凄い量だけど……」
「あなたの言う『真実を告げる菓子』とやらは、探すのに、期限はあるのか?」
娃琳が問う。もし、期限があるというのならば、最優先で探さなければならないと思ったからだ。その間に、娃琳自身は、游帝国の皇太子を迎える為の菓子を幾つか候補に絞り込んでおけば良いはずだ。
つまり、二人の利は、完全に一致していると言って良い。
「期限は……特に言われていない。だが、早くしないと、危ない。なんとしてでも、一刻も早く、菓子を探したいんだ」
苛立った鴻は、ガリ、と自らの親指の爪を噛んだ。その手を、そっと、娃琳が捕らえる。細くて頼りない、年下の青年とばかり思って居たが、その手は、存外、逞しかった。
「なに?」
訝って、鴻が問い掛ける。慌てて、娃琳は、手を放すと、彼の問い掛けに答えた。
「爪を噛まない方が良い。形が悪くなる」
「あ……俺は、良いんだよ。お姫様じゃないんだし、どうせ、あちこち、爪なんか割れている」
鴻が手を見せる。確かに、彼の言う通りで、爪はあちこち掛けて割れていた。栄養状態が悪くて爪が割れたというわけではなく、長旅の間の苦労を忍ばせるような、傷を持つ爪だった。
ただ、彼の身なりから考えれば、不審な手であるのは間違いなかった。本来ならば、単身、従者も付けずに堋国まで来るような男ではないと、娃琳は見ている。
「それにしても、陛下は、遅いな。あれから、たっぷり五刻はすぎていると思うが」
朝議が終わる予定が、二刻後だったことを考えると、異常に長い。朝議などは、あまり、紛糾することもないので微妙なことである。
娃琳は、入り口の所に控えていた宦官に目配せした。すると、宦官は外に控えていた宦官に声を掛けてから、娃琳の足許に跪いて拱手してから告げる。
「国王陛下は、まだ、朝議中でございます」
「そんなに長引く議題なのか?」
それならば、一度出直した方が良いだろうかと、娃琳は思う。
「朝議の議題は、一体何なのだ?」
「はい、大長公主さま。どうも、仙花大女皇帝陛下の御代を呪うような、不吉な予言が流行っているのだとか。……私も、良くは存じ上げませんが……」
済まなそうに言う宦官の声を遮って、鴻が、謳うような朗々とした声で告げた。
「仙花一秋の風に枯れ
金殿玉楼に神花 満つる」
仙花は、仙花大女皇帝陛下の事だろう。一秋の風の意味はわからないが、その風が、仙花を枯らすことだけは、読み解ける。そして、金殿玉楼……つまり、立派な宮殿に、神花が満ちるというのだろうが、神花は、おそらく、新しい花のことで―――。
「游帝国の皇帝は、代々、花の名を持つ……。おそらく、仙花大女皇帝陛下を弑逆して、簒奪を企てるものが居ると言うことかと、存じます」
宦官が告げるのを聞いて、娃琳は、「なんと」と、呟いていた。考えもしないことだった。
游帝国は、先代、槐花帝の御代において、栄華を極めたと思われたが、当代の仙花帝の御代に於いて、その栄華と覇は留まることを知らず、堋国、棠国、熹国、鑠国などの国は、游帝国への隷属を強いられている。
西域近くの雑琉などには、仙花帝も手を広げていないが、侵出は時間の問題だろう。
そういう時勢であるので、游帝国の皇太子が、堋国へ留学するとなった現在、仕度に余念がない。もし、皇太子が怪我でもしたら、仙花大女皇帝は、躊躇いなく、兵を進めるだろう。だからこそ、その前座とも言える『大茶会』では失敗することが許されないのだが……。
「もしかしたら、国王陛下は、謁見して下さらぬかもしれぬな……」
娃琳が独りごちたときだった。
「大長公主さま! お急ぎ下さいませ。陛下が、中食の間、謁見して下さるとのことです」
娃琳は鴻と顔を見合わせた。
「只今参ります!」
襦裙の裾を持って、娃琳は駆け出す。その後ろを、鴻が続いた。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。
朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました
樹里
恋愛
社交界デビューの日。
訳も分からずいきなり第一王子、エルベルト・フォンテーヌ殿下に挨拶を拒絶された子爵令嬢のロザンヌ・ダングルベール。
後日、謝罪をしたいとのことで王宮へと出向いたが、そこで知らされた殿下の秘密。
それによって、し・か・た・な・く彼の掃除婦として就いたことから始まるラブファンタジー。
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる