12 / 43
第一章 珍奇で美味なる菓子
天の采配
しおりを挟む唐突に、鴻は、粽に手を伸ばした。
「ああ、やはり……」
国王の問いには答えず、鴻は、落胆したような声を出す。
「どうしたの? 粽がどうかした?」
「この粽は、蒸しています」
「ええ、粽は、蒸すものでしょう?」
娃琳が聞き返すと、鴻は「違う」と突っぱねた。
「粽は、ゆでるものだ」
「ええ? そうだったかしら……」
「そうだ。粽は、正しくは稲わらを焼いて出た灰と一緒に煮るものだ。何百年もそうしていたはずなのに、急に変わってしまった」
鴻は、それが許せないらしい。そういえば、出逢った時もそうだった。『軟糖飴』の作り方について怒っていたのだ。
「だが、この国では、既にその作り方が粽だよ」
冷え冷えとするような声で、王が言う。齢六十。嗄れた声が放つ一言が、鴻の動きを止めた。
「それは―――失礼致しました」
鴻は、一度粽を置いて、拱手して詫びた。
「……それで、君は、余の質問に答えていないよ」
追求された鴻は、観念したという様子で、「そうです」とだけ呟いた。
「詳しいことを伝えることは出来ませんが……、俺は、なんとしても、簒奪を止める為に、『真実を告げる菓子』を探して、雑琉へ戻らなければならないのです。ただ、それだけです」
鴻の口ぶりは固い。これ以上は、梃子でも話さないつもりだろう。
(しかしまあ)と、娃琳は、内心、うんざりしていた。
ただでさえ、游帝国の皇太子が大茶会に来るというのに、簒奪計画まで動いているとなると、かなり面倒である。
「なぜ、雑琉は、游に直接伝えられないのかな? ここにも、なにか秘密がありそうだね」
にやり、と兄王は笑ってから、粽を食べた。棗、栗、柿乾、銀杏、赤豆の入った具だくさんの粽だ。
「とにかく、簒奪を止める為……それと、雑琉の民を救う為と、お考え下さい。それで、国王陛下には、後宮の大書楼への立ち入りを、お許し願いたいのです」
椅子から降り、鴻は床に伏して国王に懇願した。
「後宮が、どういう所か、知らないわけではないだろう? あそこは、男子禁制だ」
「けれど、陛下。かつて、游帝国の皇太子殿下を、宦官を同行させるという制約はありましたが、立ち入らせた前例はありますよ」
娃琳は、饅頭を流し込むように、お茶を飲んでから言った。
「宗主国である游帝国と、雑琉とでは、意味合いが違うだろう」
「では、必ず、宦官ではなく、この私が付くことに致します。もし、後宮の女人に指一本触れるようだったら、指を詰めさせますよ」
さらり、と娃琳は言う。指を詰めるのは、娃琳本人ではないから、至って娃琳は涼しい顔だ。
「お忙しい司書殿が、そんなことをしている暇があるのかな?」
「いいえ、かえって、私の方が、この雑琉の若者を利用するつもりですよ。なにせ、陛下ご所望の甜食探しを手伝わせるのですからね。これならば、兄上さまからの無理難題も、私に幾らか分があるように思えます」
涼しい顔で言う娃琳に、兄王は、こめかみを引きつらせて居た。
「なかなか、あなたは、小憎らしいね」
「天の采配ですわ」
「天の采配……」
兄王は、なにやら口の中で呟いていたのだが、娃琳には聞こえなかった。だが、にやり、と笑ってから呟く。
「―――いいや、最終的に、勝つのは余だろう。よし、決まった。あなたの花嫁仕度を用意させる。堋国の大長公主に相応しい、華麗な花嫁衣装を仕立てよう。
そこな客人に関しては、あなたに任せる。くれぐれも、妃嬪の目に触れぬように」
「かしこまりました。……けれど、花嫁仕度、無駄になると思いますわ」
ふふ、と娃琳は笑う。兄王も笑ったままだ。二人の間に、火花が散っているようだった。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。
朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁
瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。
彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました
樹里
恋愛
社交界デビューの日。
訳も分からずいきなり第一王子、エルベルト・フォンテーヌ殿下に挨拶を拒絶された子爵令嬢のロザンヌ・ダングルベール。
後日、謝罪をしたいとのことで王宮へと出向いたが、そこで知らされた殿下の秘密。
それによって、し・か・た・な・く彼の掃除婦として就いたことから始まるラブファンタジー。
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる