大書楼の司書姫と謎めく甜食

鳩子

文字の大きさ
26 / 43
第二章 菓子を求めて游帝国へ

娃琳の職業意識

しおりを挟む


 皇帝の寝室を良く探索してみると、居間に加えて、小さな書庫があるのを発見した。

 書庫は、ひんやりとしてかび臭かったが、書物全体が、かびていると言うことはなかった。

 娃琳は、就寝までの時間、行灯に灯りをともして、竜女と菓子について、猛然と調べはじめる。鴻も手伝ってくれているが、書庫は、小さい割に、蔵書量が多い。歴代の皇帝たちが、暇に飽かして都から持ってきた本を、ここに置いて行った結果、ここに溜まっていったのだろう事が推測されるような、内容種別ジャンルの方向性が、多岐にわたる書物ばかりだった。

「歴史書に、地理や国土に関する書物。その上、房中術の本に、誰かの日記……取り合えず、私は、この乱雑な並びが、気に入らない!」

 娃琳ゆりんの司書魂に火が付いてしまったようで、すべての本を書架から引っ張り出して、書見や、寵臣を招いての談笑などに使っていたと思しき広い机の上に、移す。

 一冊一冊ざっと確認して、おおよその分類に分ける。

 分け方は、大書楼の階層と同じにしておいた。それが、一番図書の管理としては理に適っている。

「ねえ、娃琳。それ、いつまで掛かるの? ……というか、本来やりたいこと、忘れてない?」

 あきれ顔で、こうが聞く。

「私は司書として、この書架が許せない。従って、終わるまでだ。勿論―――ここに来た目的は、しっしていない」

「それなら良いんだけど、さあ」

 と口唇を尖らせる鴻に、娃琳は、「暇か?」と聞く。

「うん。娃琳が構ってくれないし、お客さんも、まだ来ないみたいだし」

 鴻は、けろりとしたものだ。このひょうひょうとした態度は、娃琳には信じがたい。ここには、衛士も警護も居ない。鴻は、多少の備えはあるのだろうが、足手まといの娃琳が居る。

 もし、何者かが忍び込むのならば、きっと、単独犯ではないだろうから、複数人で襲われる可能性が高い―――つまり、あの、酒場に居た男達が来るのだろうか。

「余裕だな」

「いや、起きても居ないことを妄想して、アタフタしてると、大体、失敗するからね。……起きたら、どうするか、は考えるけど、妄想はしない」

 言い切った鴻の言葉に、娃琳は、呆れる。

「考え方の……切り替えの問題のような気がするが」

「それならそれで」

 鴻は、卓子テーブルの上に置かれた巻子を一つ取って、さらりと広げた。

「ここは、算術の解説書か」

 ちらり、と娃琳は鴻が開いた巻子を見遣った。游帝国には、算術を学ぶ為の専門機関である『算学さんがく』が設置されている。その『算学』で使用される、『算術十経さんじゅつじっきょう』と言う書物があるが、難解な書物として有名だった。

 その為、『算術十経』の註釈本を作成するのが、算術家の中で流行したのであった。鴻が持っているのは、その註釈本の一冊だが、比喩表現が甚だしく、どちらかと言えば、『算術註釈詩』というようなものだった。

(それを、ちらりと見ただけで、算術書というんだから、学はあるんだよなあ……)

 なのに、なぜか、居間までの旅の間でも、きっちり値切るところでは値切って旅をしていたのが、不思議な事だ。

「算術が、好きなのか?」

「なぜ?」

 鴻は、巻子をまき直しながら聞いた。

「それを、算術書と言ったから」

 娃琳の指摘に、少々逡巡したようだったが、鴻は、小さく呟く。

「算術をやっていれば、何かの役に立つかと思ってさ。銭の計算も、値切りの交渉も、おかげでラクだし、料理とか菓子を作るのにも役に立ってるかな」

「菓子を作るのに?」

「ああ……たとえ場、この間作った、『五香糕ごこうこう』は、作法レシピは、じつは、アレのざっと十二倍の分量が出来上がる計算だった」

「えっ? ……大鍋一杯に蒸し上がって居たはずだが……?」

「宮廷で使われる料理だったり、神前に供える料理だと、量を作るんだよ。だから、割合を計算して、最小限で作ってる。試作だし」

 さらりという鴻だが、中々、それは経験も必要な事だろう。

 それを、別に誇りもせずに、さらっとやるのは、やはり、ただ者ではない気がした。

(……というか、なんで、私は、こんなに鴻が何者か、気になっているんだ?)

 そんなことは、気にしなければ良いだけだ。だが、娃琳は、気にしている。

 今更、そんなことに気がついて、娃琳は、「暇なら、歴史書でも見ていてくれ」と鴻に素っ気なく言って、分類作業を再開した。



 蔵書量が少なかったことが、幸いだった。

 それから、一刻ほどで蔵書の整理を終えることが出来た。月が高くなる前に、作業を終えたのは満足したし、鴻にも収穫があった。

「娃琳、これ、見てくれ」

 鴻が娃琳に指し示したのは、木簡を束ねて作った書物だった。本来は、游帝国の大書楼にでも入って居るべき品だったが、無造作に置いてあるのは、おそらく、これを持ち込んだ皇帝が、うっかり、持ち帰るのを忘れたまま、誰もこの存在に気がつかなかったのだろう。

(だって、書架と書架の間に、落ちていたものだしな)

 貴重な書物が、游帝国の大書楼から散逸してしまっては大変だから、後ほど、仙花大女皇帝せんかだいじょこうていに書簡を送ろうと、娃琳は思う。

 しかし、その貴重な書物に、素晴らしい記述があったのだった。

 游帝国の初代皇帝の父である、太祖王君たいそおうくんが、ここ靡山びざんで、龍神(竜女)から菓子を賜ったという話が載っていたのだった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁

瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。 彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。

つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里
恋愛
社交界デビューの日。 訳も分からずいきなり第一王子、エルベルト・フォンテーヌ殿下に挨拶を拒絶された子爵令嬢のロザンヌ・ダングルベール。 後日、謝罪をしたいとのことで王宮へと出向いたが、そこで知らされた殿下の秘密。 それによって、し・か・た・な・く彼の掃除婦として就いたことから始まるラブファンタジー。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

処理中です...