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第二章 菓子を求めて游帝国へ
娃琳の職業意識
しおりを挟む皇帝の寝室を良く探索してみると、居間に加えて、小さな書庫があるのを発見した。
書庫は、ひんやりとしてかび臭かったが、書物全体が、かびていると言うことはなかった。
娃琳は、就寝までの時間、行灯に灯りをともして、竜女と菓子について、猛然と調べはじめる。鴻も手伝ってくれているが、書庫は、小さい割に、蔵書量が多い。歴代の皇帝たちが、暇に飽かして都から持ってきた本を、ここに置いて行った結果、ここに溜まっていったのだろう事が推測されるような、内容種別の方向性が、多岐にわたる書物ばかりだった。
「歴史書に、地理や国土に関する書物。その上、房中術の本に、誰かの日記……取り合えず、私は、この乱雑な並びが、気に入らない!」
娃琳の司書魂に火が付いてしまったようで、すべての本を書架から引っ張り出して、書見や、寵臣を招いての談笑などに使っていたと思しき広い机の上に、移す。
一冊一冊ざっと確認して、おおよその分類に分ける。
分け方は、大書楼の階層と同じにしておいた。それが、一番図書の管理としては理に適っている。
「ねえ、娃琳。それ、いつまで掛かるの? ……というか、本来やりたいこと、忘れてない?」
あきれ顔で、鴻が聞く。
「私は司書として、この書架が許せない。従って、終わるまでだ。勿論―――ここに来た目的は、失していない」
「それなら良いんだけど、さあ」
と口唇を尖らせる鴻に、娃琳は、「暇か?」と聞く。
「うん。娃琳が構ってくれないし、お客さんも、まだ来ないみたいだし」
鴻は、けろりとしたものだ。このひょうひょうとした態度は、娃琳には信じがたい。ここには、衛士も警護も居ない。鴻は、多少の備えはあるのだろうが、足手まといの娃琳が居る。
もし、何者かが忍び込むのならば、きっと、単独犯ではないだろうから、複数人で襲われる可能性が高い―――つまり、あの、酒場に居た男達が来るのだろうか。
「余裕だな」
「いや、起きても居ないことを妄想して、アタフタしてると、大体、失敗するからね。……起きたら、どうするか、は考えるけど、妄想はしない」
言い切った鴻の言葉に、娃琳は、呆れる。
「考え方の……切り替えの問題のような気がするが」
「それならそれで」
鴻は、卓子の上に置かれた巻子を一つ取って、さらりと広げた。
「ここは、算術の解説書か」
ちらり、と娃琳は鴻が開いた巻子を見遣った。游帝国には、算術を学ぶ為の専門機関である『算学』が設置されている。その『算学』で使用される、『算術十経』と言う書物があるが、難解な書物として有名だった。
その為、『算術十経』の註釈本を作成するのが、算術家の中で流行したのであった。鴻が持っているのは、その註釈本の一冊だが、比喩表現が甚だしく、どちらかと言えば、『算術註釈詩』というようなものだった。
(それを、ちらりと見ただけで、算術書というんだから、学はあるんだよなあ……)
なのに、なぜか、居間までの旅の間でも、きっちり値切るところでは値切って旅をしていたのが、不思議な事だ。
「算術が、好きなのか?」
「なぜ?」
鴻は、巻子をまき直しながら聞いた。
「それを、算術書と言ったから」
娃琳の指摘に、少々逡巡したようだったが、鴻は、小さく呟く。
「算術をやっていれば、何かの役に立つかと思ってさ。銭の計算も、値切りの交渉も、おかげでラクだし、料理とか菓子を作るのにも役に立ってるかな」
「菓子を作るのに?」
「ああ……たとえ場、この間作った、『五香糕』は、作法は、じつは、アレのざっと十二倍の分量が出来上がる計算だった」
「えっ? ……大鍋一杯に蒸し上がって居たはずだが……?」
「宮廷で使われる料理だったり、神前に供える料理だと、量を作るんだよ。だから、割合を計算して、最小限で作ってる。試作だし」
さらりという鴻だが、中々、それは経験も必要な事だろう。
それを、別に誇りもせずに、さらっとやるのは、やはり、ただ者ではない気がした。
(……というか、なんで、私は、こんなに鴻が何者か、気になっているんだ?)
そんなことは、気にしなければ良いだけだ。だが、娃琳は、気にしている。
今更、そんなことに気がついて、娃琳は、「暇なら、歴史書でも見ていてくれ」と鴻に素っ気なく言って、分類作業を再開した。
蔵書量が少なかったことが、幸いだった。
それから、一刻ほどで蔵書の整理を終えることが出来た。月が高くなる前に、作業を終えたのは満足したし、鴻にも収穫があった。
「娃琳、これ、見てくれ」
鴻が娃琳に指し示したのは、木簡を束ねて作った書物だった。本来は、游帝国の大書楼にでも入って居るべき品だったが、無造作に置いてあるのは、おそらく、これを持ち込んだ皇帝が、うっかり、持ち帰るのを忘れたまま、誰もこの存在に気がつかなかったのだろう。
(だって、書架と書架の間に、落ちていたものだしな)
貴重な書物が、游帝国の大書楼から散逸してしまっては大変だから、後ほど、仙花大女皇帝に書簡を送ろうと、娃琳は思う。
しかし、その貴重な書物に、素晴らしい記述があったのだった。
游帝国の初代皇帝の父である、太祖王君が、ここ靡山で、龍神(竜女)から菓子を賜ったという話が載っていたのだった。
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