大書楼の司書姫と謎めく甜食

鳩子

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第二章 菓子を求めて游帝国へ

触れる理由

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 酒場で出された料理は、典型的な家庭料理だったらしい。

 ゆう帝国とほう国では、味付けが若干異なるらしいが、そもそも。何の味も感じない娃琳ゆりんには、あまり、実感出来ない感想だった。

 このあたりで取れる、青菜を油で炒めたもの、豚肉を味付けして蒸したもの、それにスープということで、家庭料理としては、豪華なものだった。

「美味しいよ」

 と言って、ばくばくと食べる鴻だったが、なにせ、琇華のほうは、味がしない。少々、油がきついらしく、ぎとぎとした食感だなと言う程度で、全体的には、火の通りは、甘い。

「こんなところで、竜女にまつわる菓子の手がかりが掴めるだろうか……」

 不安になるが、ここまで来た以上、なんとしてでも、答えを持ち帰らなければならないし、出来れば明日中に出立したい。

「まあ、村の古老にでも聞けば解るだろう」

 鴻は、割合、暢気だった。娃琳のほうが焦っているようで、落ち着かない。

「きっと、見つかるよ」

 だが、この村の中には、書楼もない。と聞き込み以外の方法がないというのが、歯がゆいものだった。




 酒場をあとにして、温泉へ戻ると、先ほどの老婆が揉み手して待っていた。

「さあさあ、ちゃんと、整えておきましたよ。……今日は、お二人で、ゆっくりなさるんでしょう? ……皇帝専用の浴室も、ちゃあんと鍵を開けておきましたからね」

「皇帝専用の浴室を使ったのが知れたら……仙花大女皇帝せんかだいじょこうていは、お怒りになるのでは?」

「いいや、あの女帝が、怒ることはないだろうよ。むしろ、金子を掛けずにここを管理させているのだから、そのくらいは、目をつぶって下さるさ」

 それならば良いが………と娃琳は不安になる。

「まあ、管理人がこう言っているんだから、何かあったら、管理人殿が庇ってくれるよ。安心しなさい。さあ、行こう、娃琳」

 鴻に、胡散臭いほど爽やかな笑みを向けられた娃琳は、思わず、頬が赤くなってしまったが、さらに、また、腰に腕を回されて、引き寄せられたので、困ってしまう。

(私は……これでも、胸の高鳴りが煩くなっているんだぞ……)

 こんなに密着していて、聞こえはしないか、心配になる。

「……それにしても」

 娃琳は、辺りを見回した。皇帝専用、というだけあって、豪華な作りだった。游帝国で神聖な色とされる『黒』をふんだんに使い、翡翠や瑪瑙などの玉で飾り立てられた殿舎である。黒は皇帝以外用いることが出来ない色なので、間違いなく、ここは皇帝専用の浴室なのだろう。柱も黒檀だった。

 その豪奢な内装の殿舎を、二人きりで歩く。しかも、腰を捕らえられている。なにをするわけでもないというのに、寝室へ向かうというと、なにやら意味深な気がして、さらに、年甲斐もなくしてしまうのが、娃琳は情けなく思う。

「凄い内装だな」

「ああ、あの老婆が管理人をやっていると言うから、少し心配していたんだ」

 鴻も辺りを見回しながらいう。

「確かに、心配だよな……しかし、さっきから……近い」

「詳しいことは、部屋に行ってから話す」

 鴻は、にこりと微笑む。この微笑みに、やり込められてしまうんだよな、と詮もないことを考えて居た。

 程なく歩いて行くと、皇帝の寝室らしき部屋に辿り着いた。

 黄金の龍が描かれた黒檀の扉を開くと、広がっていたのは、やはり黒漆の世界だった。

 黒い柱、黒い卓子、黒い椅子、黒い牀褥しょうじょく……。そのどれもが、螺鈿で花鳥の描かれた素晴らしいものだったが、気が滅入るほどに黒い。牀褥しょうじょくに掛かる、紗で出来た牀帷しょういさえ、黒く染められている。

「凄いわね……」

「ああ、なんだか、気が滅入る……堋国の黄金宮だって、金一色ではなかったが……ここは、本当に金一色だ」

 ひとしきり驚いたあと、娃琳は、鴻に促されて、黒漆のしとねが敷かれた牀褥しょうじょくの端に座った。

「娃琳、……さっきの食堂にいた男達」

 鴻は、娃琳の耳許に囁くように言う。

「ああ」 

 あの、下品な男達ならば、忘れるはずもない。娃琳も、『酒の肴に』大分からかわれた。

「あれは、おそらく、盗賊だ。……ヘタをすると、今日、寝込みを襲うかも知れない」

「な、なんだって……?」

 娃琳は、呆れて声が出なかった。それで、必要以上に、ベタベタしていたというのだろうか。

「実は、瀋都に近づくにつれ、治安が悪くなっているのに気がついた」

「それは……仙花大女皇帝の統治のせいで?」

「話を聞いていると、どうも、女帝は、先帝に比べて、締め付けが強いみたいだ。先帝の頃は、全く綺麗な状態の地方官なんかは居なかっただろうけど、ある程度、町の者たちが、金銭などで便宜を図って貰っていたようだけれど……女帝はそれを許していないみたいだからね」

 清らかなだけでは、上手くいかないのか、と娃琳は不思議に思った。

「だから、ここは、夫婦ものということにしておいた方が、何かと便利だと思ったんだよ。寝泊まりしていて狙われるのならば、夜だからね。……昨日までは、まともな駅で宿泊していたから良かったんだけど」

 鴻は、旅慣れている。いままで、寝込みを襲われたこともあったのだろう。その、鴻がこうして、警戒しているのである。

「つまり―――今夜は、襲撃される可能性が高いのか?」

 鴻は、真剣な眼差しで、こくん、と頷いた。


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