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第二章 菓子を求めて游帝国へ
初恋の呪い
しおりを挟む鴻が、天糕を作り終えるまでの間、娃琳は、女帝に誘われて、茶を飲んでいた。
女帝の私室である瓊玖殿と呼ばれる、漆黒の殿舎にて出された茶は、なんと、五十年ものの茶だという。茶を固めて発酵させたものである。当然、五十年ものといえば、貴重な品なので、この茶の一両は金百両にもなるだろう。
色は漆黒で、独特のざらつくような感触がある……が、やはり、娃琳には味はわからないので、どうしようもない。美味しいとも言えずに困り果てていた。
「先ほどは鳴鈴が失礼したが、大叔母上は、あの青年を、どう思っているのですか?」
まさか、女帝との話が、こんな内容だとはつゆほども思って居なかった娃琳は、心底驚いた。これでは、町のお姉さんたちが、露店で声高に話しているのと大差ない。
「どう……とは?」
「単刀直入に、伺います……大叔母上、あの者とは、恋人なのですか?」
女帝は美貌を微塵にも崩さずに、言う。娃琳は、飲んでいた茶を吹き出しそうになって、すんでの所で堪えた為に、喉の変なところに入って苦しくて噎せた。
「こ、恋人……」
「いえ、これは、変な意味でお伺いしたのではないのです。……諸国には、王族が結婚するときには、游帝国へ届け出るように、申しつけております。けれど、堋国からは、そういう話は上がっておりません。堋国に、二心ありというのならば、わたくしも、手を打たねばなりません」
怖ろしい事を、女帝はさらりと言った。
「ご安心を……私は、初恋に敗れてから、ずっと、それを引きずっているのです。それにもはや、こんな歳ですから、あの、若者が娶るのには、不適当です」
本心からそう思うのに、なぜか、胸の底が、ざらつくような気分だった。
「雑琉王には、子は、あの鴻殿一人だけ……、子を産むことが出来る年齢の妃は、必須ですね」
淡々とした女帝の言葉も、真実のはずだが、なぜか、娃琳は、反発心を覚えていた。なぜだか、解らなくて、混乱する。
「もし……雑琉王の血統が途切れれば、游帝国から、雑琉の統治官が赴任することになっています。西域との境界である雑琉は、游帝国にとっても、要所の一つです。もし、雑琉王の血統が途切れるようなことがあれば、国の大事に繋がります。
ですからわたくしは、統治官を派遣するようなことにならないよう望みます」
どういう意味なのか、娃琳は意味を探りあぐねていた。普通に考えれば、
(来年三十の年増は身を引け……という事だよなあ)
とは思うが、この女帝が、わざわざ、そんなことを口にするとも思えないし、游帝国としては、雑琉を直接統治した方が良い部分もあるだろう。
「なぜ、陛下は、私にそんなお話しを?」
娃琳が聞くと、女帝は、桃の花が綻ぶように、ふふ、と笑った。まるで少女のような微笑みだった。
「ほんの少ししか一緒に居られなかったとしても……心を通わせた殿御と一緒に居ることは、この上ない喜びですよ。もし、あなたが、年齢のことや、立場のことで躊躇しているのならば、それは愚かなことだと思ったのです」
「陛下は、遊嗄様と、心を通わせて、幸せだったのですか?」
聞きながら、胸の奥がざらついて、軋んで痛むのを感じる。まだ、こんなに初恋を引きずっていたのか、と娃琳は思う。もはや、初恋というより、呪いのようだとも。
「大叔母上。……ここまで来る間、良いことも辛いことも、沢山ありましたけれど……遊嗄さまと、心が通っていたということは、今でも、わたくしの胸を温かくします。そして、わたくしには、祐翔が居る。それは、この世の中で、どんなことよりも、確かな事です。わたくしと、遊嗄さまは、確かに心を通わせあって、そして、あの子を授かったの」
その事実だけで生きる女帝に、娃琳は、何の感慨も抱かなかった。
ただ―――娃琳がそうであるように、この女帝も、呪いのような、妄執に生かされているのかとおもうと、哀れな気持ちになった。
「もし、大叔母上が、恋に生きるのならば……、わたくしは、応援します」
程なくして、瓊玖殿の女帝の部屋に、鴻が『天糕』を持って現れた。
天帝から授かったと言われるその菓子は、黄金色をしていた。掌に載るほどに小ぶりな器に入れられており、女帝に捧げる為と、もう一つは、堋国国王の為に作った二つだけがあった。
作る数を最小限にしたのだろう。
「これが『天糕』か」
「はい」
鴻は、女帝に説明する。「匙で掬って召し上がり下さい。黄金色は蜂花粉と呼ばれるもので蜜蜂が集める花粉です。游帝国ではあまり見かけないと聞きましたが、雑琉では、標高の高い天空の花園で育った花からたっぷりと蜜を集めた蜜蜂が作る蜂花粉を料理に使います。西域のさらに西にある国では、古代から、これを神々の食べ物として珍重していたとか」
「ほう? ……それは楽しみなことだな」
女帝が匙を動かす。固まりきっておらず、とろりとしたもののようだった。
「蜂花粉、蜂蜜、王乳、それに、米を粉にしたものを入れて混ぜ、蒸し上げたもので、とろりとして非常に甘く……これは、陛下の美貌の為にも、大変効果のある食べ物かと存じます」
美貌と聞いて女帝の眉が跳ね上がった。
「どれ……ん、甘い。だが、この上なく、贅沢なものだ。そして、美味だな」
ふふ、と女帝は笑い、匙を置いた。
「雑琉王子、鴻―――この『天糕』なる菓子を、堋国国王に下賜する。勅書を作るゆえ、そなたに勅使を命じる」
鴻は、平伏して、申し上げた。
「謹んで拝命いたします。仙花大女皇帝陛下。万歳、万歳、万々歳!」
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