大書楼の司書姫と謎めく甜食

鳩子

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第二章 菓子を求めて游帝国へ

男女の秘密を暴く菓子~双甘麺

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 こうが、『双甘麺そうかんめん』を作り終えたと駆け込んできたのは、娃琳ゆりんが、そろそろ眠るかと、牀褥しょうじょくの仕度をさせていた頃だった。

 浴室で髪を洗って貰って、軽く粥をたべたら、ほどよい眠気がとろとろと襲ってきたのである。

 その時、娃琳は、鴻が『双甘麺そうかんめん』を作っていたと言うことを、やっと思い出したのだった。

「俺が、『双甘麺そうかんめん』を作っている間に、眠ろうとするなんて、なんて酷い人なんだ!」

 こればかりは、詰られても仕方がない。

「すまない……つい」

 思えば、いくら旅慣れた鴻でも、疲れているはずなので、鴻一人に、菓子をつくらせて、自分はのんびりしていたと思うと、かなり、申し訳ない気分になる。

「揚げるの、本当に苦労したんだが」

 三尺にもなる麺だと聞いている。確かに、苦労するだろう。それについても、本当に申し訳ない気分になって、つい、鴻の前で縮こまる。

「折角、男女二人で食べると書いてあるのに、あなたが眠ったら、食べられないじゃないか!」

 はい、ごもっともです……と、謝る娃琳を、鴻は、睨みながら「それで、食べられるの? 今から眠るところだったみたいだけど、揚げた麺」と娃琳に聞く。やぶにらみだ。

「勿論食べられる。揚げた麺ならば、深夜でも、問題ない」

「翌朝、胃もたれしても知らないからな」

 不機嫌に言って、鴻は一度厨房へと下がった。そして、香ばしい香りを漂わせる、長々とした麺と、小脇に、その作方レシピを記したらしき本を持っていた。

 卓子テーブルの上に、麺の載った皿と、作方レシピを置く。

「これが『双甘麺そうかんめん』の作り方だ。……そして、ここには、食べ方も記載されている」

「食べ方?」

 娃琳が問い掛けると、やや間があってから「多分、この食べ方が重要なんだと思う」と鴻が答える。

「どれどれ……えーと、麺の端と端を、男女それぞれで持つ。それから、一口ずつ、食べ進んでいく。なんだ、これだけか」

 そこに、一体どんな秘密があるのか、娃琳はよく解らないが、こうなったらやってみるのが一番手っ取り早い。

「じゃあ、試してみるか」

 さらりと言った娃琳に、鴻のほうが「本当に試すのか?」と声を上げる。なにか、焦っているような鴻の様子に、娃琳は微苦笑した。

「別に、危険があるような食べ方ではないだろう」

 あるいは、長い揚げ麺を、喉につかえさせないように食べる方が難しいかも知れないな、と娃琳は真剣に思う。

「まあ、危険は……危険は……」

 口ごもっている鴻の口元に、娃琳は、麺を押し当てた。

「まずは、やってみるのが一番だ」

 それに疲れて眠いから、早く眠りたい。この麺一本食べて、秘密が解れば、晴れてぐっすり眠ることが出来る。特に、ここ二日は、賊の襲来に加えて、馬車移動で寝不足だった。

「じゃあ、いくぞ」

 娃琳は、麺を口に含んだ。麺と言っても、太さは、男の親指くらいあるので、中々、太い。だが、豚の脂が入って居るせいか、さっくりした感触で食べやすい。ただ、難点なのは、仕上げに糖蜜を掛けるので、手も、口唇も、糖蜜でベタベタするという所だ。味に関しては、相変わらずなんにも感じないので、本当にどうしようもない。

 鴻のほうも、致し方なく―――というような渋い顔で、少しずつ食べ進めている。

(それにしても、妙な菓子だな)

 と娃琳は思った。麺の両端から直接食べていくので、少しずつ、顔が近づいて来る。

(これは、よほど親密な人間と食べないと、気まずい菓子だな)

 などと考えて居た娃琳は、はた、とあることに気がついた。

(あれ、……これ……最後はどうするんだ?)

 おそらく、両端から食べていけば、最終的には、かち合ってしまう。

「っ!」

 やっと、それに気がついた娃琳を見て、鴻は、(今更気がついたのか)というような、渋い顔をして居た。

(どうする?)

 いきなり、ここで外れるのは、良くない。それに、これで、秘密が解るというのならば、最後まで、食べなければならないのだ。娃琳がくじけたら、今度は、この菓子の意図に気付いた状態で、最初から食べ始めることになる。それは、御免蒙りたかった。

 娃琳は焦る。だが、食べ続けているので、鴻の整った顔は、次第に近づいて来る。こまった、と思っても、近づいて来る。

(そうか、男女の秘密とは、こういうことか……)

 最後に、ほんの少しだけ口唇が接触しただけで離れたら、それだけの関係。それは、事故のようなもの。けれど、最後……もう少し、深く、接触したら……。

(ちょっとまて……、どっち? ……どっちが正解なんだ?)

 娃琳は、今までの人生で味わったことのないような、大混乱の中に居た。頭の中は、既に真っ白で、ただ、目の前に揚げた麺があるから、それを食べ続けているだけで、けれど、鴻の顔は近づいて来る。

(冗談のようにして、離れてくれる……?)

 それとも、口唇に付いた蜜まで、舐め取られる?

 訳がわからなくなって、娃琳は、本当に逃げ出したくなった。けれど、既に、鴻に腕を掴まれて、逃げられない。

 顔が近づいて来る。

 口唇が震える。最後の一口に歯を立てる。鴻の、柔らかい唇が、ふれあって、どきん、と心臓が跳ねた。逃げようと、退け腰になるのを、腰を捕らえられて封じられる。

(もう、麺はないのに……)

 口唇が押し当てられる。柔らかな舌が、娃琳の口唇に付いた糖蜜を、丁寧にぬぐい取る。生まれて初めて知る他人の舌の感触に、腰が、甘く疼いた。

「ん……っ」

 息が出来ない。苦しくなって、鴻の胸を手で叩くと、今度はその手を捕らえられた。唇が離れて、今度は、娃琳の指先を、鴻が舐め取る。

(あ……糖蜜……)

 たしかに、そこは、糖蜜がべったりと付いていたはずだった。

 舐め取られているだけなのに、今まで感じたことのない……ゾクゾクするような快感が、身体の真ん中を駆け巡っていくのが解る。それに戸惑って心細くなった娃琳が上目遣いに鴻を見上げると、彼は、今まで見たことのない、獣のような目をしていた。

 鴻から離れようとしたが、今度はおとがいを捕らえられて、口付けされる。

(もう、麺はないのに……)

 娃琳は、鴻にしがみつきながら、生まれて初めて受ける、深い口付けに翻弄されていた。

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