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第二章 菓子を求めて游帝国へ
出来ることは、すべて
しおりを挟む簒奪を企てているのは、裴緘喬。
先帝、槐花帝の妃嬪で裴貴嬪という妃嬪が居たが、その弟である。
「……裴氏は、一度、族滅の危機に遭ったが、皇子二人の命と引き替えに、なんとか一族は救った。けれど、女帝の時代になって、裴貴嬪が病死されてから、裴氏はすぐに族滅の憂き目に遭った。
理由は、かつての横領だとか、つまらないことだ。……だが、この裴緘喬は、なんとか生き延びた。そして、女帝に復讐を誓い、なんと、簒奪を企てるに至ったというわけだ。仲間には、かつて族滅された、祁家だとかの生き残りが、絡んでるというよ」
一応、裴家は、多少なりとも皇族の血を引いている。
封禅の儀を受ける資格はある、と言うことだった。
そして、娃琳と鴻は、ありとあらゆる情報を書き出して、それから、これからの作戦を考える。
「一応、私は、そこそこ有名人だと思うんだ」
娃琳は申し出る。それは、堋国にいる嫁き遅れの大長公主が、大書楼で司書をやっているという話だ。本好きのあまり、本と結婚したのだろうとまで言われたこともある。
「だから、私は、司書と言っても、『封禅』についての書物を蒐集して、研究していると言うことにしておいてくれ。そして、私が、封禅の儀を、完璧に支援すると申し出る。この目で、封禅の儀を見てみたいという名目で」
「ああ、たしかに、そういう迷惑な学者は、たまに居るな」
鴻は納得してくれたので、とりあえず、そのまま話を進めた。
「封禅に必要な『菓子』というのも、ちゃんと用意する。これは……『五香糕』で良いだろう。眠り薬でも仕込んでおいても良いかもしれないな」
「眠らせて、捕らえるのか?」
「少なくとも裴緘喬という男一人ならば、なんとかなるだろう……祝宴で眠ってしまえば良いんだ」
「だが、配下の者たちが三百は居る」
鴻が不安げな顔で、反論する。
「……たかが三百」
娃琳は、笑う。「侮るつもりはないが、たかが三百だ。勿論、いまから、瀋都や湖都から進軍すれば、すぐにばれるだろうが……この三百も足止めすれば良い。大抵、封禅の儀は、皇帝だけが行うものなんだ。だから、ほかの部下達をぞろぞろと連れていくことは、出来ないはずだよ」
「なにを、考えて居る?」
「封禅を行ったらなにをする? 祝宴だろう。祝宴にて、封禅がなったことを、自分の部下達だけでも公言しなけれけば、封禅がなったとは言いがたい。三百を、ここに集める。そして、宴は、雑琉の者たちが心を込めて用意するんだ」
「それは良いが……」
娃琳は、「そこで、こうする」と鴻の耳に、作戦を囁いた。
「うまく、行くかな?」
「死ぬ気で上手くいかせるしかないだろう。……あまり、利口な作戦じゃないが、はっきり言って、雑琉の民を、無傷で解放するには、向こうに剣を抜かせないことしか考えられない」
「それまでに……間にあうか?」
「解らないな。……私たちが、この旅程で動く。そして、その間……、こちらには、この予定通りに動いて貰わなければならない」
勿論、全くの机上の空論。誰がどう動いてくれるのか、全く保証も根回しもしていない。
ただ、娃琳が信じるのは、『応援する』と言ってくれた、女帝の言葉だし、目の前に居る鴻だけだ。堋国に迷惑が掛かるとマズイとは思ったが、身分の紹介をされた特に困るので、『大書楼 司書』の佩玉は、持って行かなければならないし、その他、必要な物資などは持って行くつもりだった。
この作戦には、多少の、道具が必要なのだ。
「まったく……恐れ入るよ」
鴻が呆れた顔で呟く。
(あなたが慕っている、老巫女の命を無駄にしない為にも……)
「私に出来るのは、こんなとこまで。あとは金の羽で、女帝がどう動いてくれるのか、待つしかない」
応援してくれる、と言った手前。女帝は、精鋭を派遣してくれるだろう。それで、裴緘喬を捕まえてくれれば、問題ない。
とにかく、娃琳におもいつくこと、出来ることは、すべてやる。それだけだ。
翌日、娃琳は、馭者にたんまりと路銀と、食べ物と、金の羽をくくりつけた書簡を渡した。
「済まないが、緊急事態だ。この羽は、勿論本物だ。……亡き皇太子殿下から、頂いた物で、なにか、一大事があれば使うように言われていた」
馭者は食べ物をかっ込むと「それでは、失礼します!」と馬車に飛びの取って、全力で駆けた。
あの様子では、次の駅に着くや否や、五色の旗が立てられるだろう。
「よし、ここは片付いた。………あとは、大書楼に言って、封禅関係の書物で、大して重要でもないものを五冊ほど借りて持って行こう。きっと、芝居に説得力が出る」
雑琉の民を人質にとって、三千人の命を奪おうとするような男だ。勿論、対峙するのは、とてつもなく怖ろしい。だが、それ以上に、娃琳はね自分が出来ることをやってみたいという思いに突き動かされていた。
(不思議な事だな……私は、いつも、何かが出来るなんて、思ったことはなかったのに)
母親から否定され続けていた娃琳は、自分は本当に無価値な人間だと思い込んでいた。愛情らしい愛情も知らずに育っていたから。、優しく接してくれた遊嗄が忘れられなかった。
使う予定のない金の羽を、遊嗄と繋がっている唯一のものと信じて、大切にしていたのだろう。
(けれど、金の羽は手放したし、――――私は、鴻が好き)
心の奥から沸き上がる泉があるように、滾々と、愛おしいという気持ちが溢れて、瑞々しく全身に行き渡るようだった。
だからこそ、娃琳は、鴻とともに、雑琉を救いたいと、心から思う。
「『天糕』を探しに行ったときは、俺のほうが頼りになったのになあ」
「大丈夫、勿論、たよりにしてるし、私は一人でこの作戦を決行するわけじゃない」
そっと、娃琳は鴻の手を取る。
「鴻……あとで……、短刀を、ちゃんと私に贈ってね」
「いま、贈ろうか?」
「あとが良い。雑琉で贈って? あと、本当に、私で良いの? 私が子供産めなかったらどうするつもり? 雑琉は、あなたに子供が産まれなかったら、游帝国の直轄地になるんでしょう? それは避けたいって、女帝も仰有っていたけれど」
未来のことを考えて居ると、少しだけ力が湧いてくるようだった。
いままで、自分が子供を持つことなんか、娃琳は考えた事もない。
(私は、変わったのかな……)
だとしたら、それは、娃琳にとって、良いことのような気がしてきた。頑なに変わりたくないと、過去の初恋にしがみついていた娃琳が、ゃっと解放されたのだから。
「俺だって子供は、欲しいけど……それは、授かり物だろう? まあ、また、『翡翠池』に行って、今度はゆっくり滞在しようよ」
あそこは、子宝の湯だし、と鴻は笑う。
そんなところに、二人で入ってあんなに密着していたなんて、一体何だったんだろうと、今更娃琳は思う。
(もう少し前から、私が気持ちに気付いていたら……)
どうでも良いことを考えて恥ずかしくなって、娃琳は頭を振った。
「おっ、久しぶりに見た」
鴻が笑う。たしかに、以前、こうして居る姿を見せたことがあった。
『お前は、本当に出来の悪い子ね!』と、母親の声が聞こえてきたときだった。
今は、もう、思い出そうとしても、母親の声も聞こえてこない。
「私、……鴻に出会えて良かった」
こんな時だけれど、と思いながらも、娃琳はぎゅっと鴻に飛びついた。鴻も、娃琳の身体を、そっと抱き返してくれる。こんなぬくもりが幸せだなんて、誰も教えてくれなかったし、どんな本にも載っていなかった。
「あなたの生まれた国、見られて良かった」
「うん。堪能してくれ」
顔を見合わせあって、二人は笑った。
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