大書楼の司書姫と謎めく甜食

鳩子

文字の大きさ
42 / 43
第二章 菓子を求めて游帝国へ

大芝居

しおりを挟む


 娃琳ゆりん雑琉ざいる侵入は、成功した。

(あとは、封禅に参加するだけだ)

 娃琳の計画通りに動いてくれれば、きっと、女帝は既に精鋭の軍を出してくれている。しかも、こちらのはい緘喬かんこうの軍に気取られないように、少しずつ、動員を分散しながら派遣してくれるはずだった。

 娃琳とこうは、雑琉の宮殿の大広間に通される。

 玉座には、鴻とは似ても似つかない、ひげ面の醜男ぶおとこが、でん、と座っていた。短い足を組んでいるのが、なんとも、滑稽な姿だった。

 鴻が、さりげなく目配せする。

 反乱軍の兵達に囲まれる形で、初老の男と女が居る。鴻の、両親だろう。つまり、雑琉ざいる王と、王妃凌河りょうが氏のはずである。

「これは王子、あまりに遅かったから、逃げ出したかと思って居たが、ちゃんと、戻っておいでになったか」

 揶揄するような、嫌な口ぶりだった。

「大書楼への立ち入りが制限されていたので、許可を取るのに、時間が掛かりました。……ただし、大書楼に入ってからは、この者が、すぐに答えをくれましたので」

 と鴻は、娃琳を紹介したので、娃琳は拱手して一礼する。

「その紫の上衣は……そなた、堋国の学者だな?」

「はい。大書楼の司書をする傍らで、『封禅』について研究している、えん娃琳ゆりんと申します。こちらの王子さんがですね、大書楼で『真実を告げる菓子』の作り方を探しているというので、『封禅』研究十五年の私は、ピンと来たんです。ああ、これは、どなたか、尊いかたが選ばれて、封禅を行うのだと!」

「それで、連れてきたのか」

 薄ら笑いを浮かべながら、裴緘喬は、鴻に問い掛けた。

「はい」

 伏しながら、鴻は答える。だが、その、拳が、幽かに震えていた。

 たしかに、口惜しいのだろう。瑠璃で一面飾られた、美しい大広間。その玉座に、座るのが、このならず者で、両親の命を盾に取られている状態だ。

(だが、今は堪えてくれ!)

「それで………貴方様が、封禅を行う方ですか? よろしければ、私が力をお貸ししたい。私ならば、完璧な形で封禅を行う事が出来るように知恵をお貸しできます。ただ、私の望みとしては、影からで良いので、封禅の儀式を、垣間見させて欲しいと言うだけで……」

 娃琳は、拱手して、お願いいたします、と願う。しばらく、娃琳の様子を見ていた男は、「学者というのは酔狂な輩が多いな」とだけ吐き捨てて、「では、早速、封禅の儀式の仕度をおしえてくれ」と娃琳に命じた。

「はい。まずは、封禅には必ず必要になるのが『真実を告げる菓子』です。これは、天帝に捧げ、そして、天帝と一緒に食べる必要があるのです。……かつて、游帝国で、天帝から菓子を賜ったのを食べたのが、いわれでございます。そして、その菓子というのが、『餅米と、粳米うるちごめ干した鬼蓮おにばすの実、白朮おけら生薬しょうやく)、茯苓ぶくりょう(さるのこしかけ)、縮砂仁しゅくしゃにん(生薬)混ぜて、細かく砕いて、白砂糖を溶いた熱湯で混ぜて、蒸したもの』で、『五香糕ごこうこう』とだけ名前の残っている菓子になります。
 お話ししましたように、大変貴重な生薬を使いますので、とても、貴重なものですが……これは、とにかく大量に作らなければ成りません。なぜならば、封禅を行った皇帝が、その菓子を持ち帰り、家臣に残さず振る舞うというのが、正確な儀式だからです。
 これによって、皇帝は、天帝と、家臣という天地を繋ぐ存在になるのです」

 この辺のでたらめは、移動中にじっくり考えてきたので、どうやら、裴緘喬も「ほう」と信じたようだった。

 そして、木簡の書物を照合しても、同じ事が書いてある。木簡の良い所は、容易く、内容の入れ替えが出来ることだ。あらかじめ、つまり話を仕込んである。時代がかった木簡の書物の内容を、きっと信じるだろう。

 娃琳は大書楼の司書として、こう言った、修繕作業は得意だった。筆跡をそっくり真似して書くなどお手の物だ。

「なんと……」

「供物を供え、皇帝と天帝は、秘密の会話を心の中で交わすそうです。……どの書物にも、この内容が載っていないのが、私には、口惜しくて溜まりません……もし、天帝の許しが得られたのならば、私に、その内容を、お教え下さいませ」

 ぺこりと、娃琳が礼をする。

 ちら、と娃琳は、雑琉王の様子を見た。流石に、青い顔で、震えているようだった。まさか、『封禅の儀式の学者』というのがしゃしゃり出て、儀式の手伝いをするなど、思ってもみなかっただろう。

 鴻のほうも、口惜しそうに、床に目を落としたまま、震えているだけだった。

「うむ、では……急いで仕度しよう。封禅は、明日行う。それまでに、『五香糕ごこうこう』なる菓子を、三百人分、用意するのだ。解ったな!」

「はい、畏まりました。……しかし、私は料理などからきしダメなので、こちらの王子に作り方をお教えしました。私は、ほかにも調べることがあるので、王子に作らせて下さい」

 娃琳の言葉を聞いて、裴緘喬は、あきれ果てていた様子だったが、「それは、封禅の儀式にひつようなことか?」と聞く。

「勿論。祭壇の供物の並べ方は、一寸間隔なのか、二寸間隔なのか。ここは、時代によって解釈が異なるようですので、ぎりぎりの時間まで、粘って調べます。ですから、私は、菓子の監修をしている時間なんてないんです。必要な生薬の類いはすべて、堋国で仕入れてきていますので、ご安心を。あとは、米類とか蒸し器とか、そういうものが必要ですが、そちらの王子には、既に一度作って頂いて、完璧な仕上がりですのでご安心を」

 それでは失礼、と娃琳は勝手に歩き出す。

「おい! お前、どこに行くんだ!」

「私の馬の所に、ほかの史料があります。それをもって……あとは、机を貸して頂ければ私はどこでも」

「わかった。では、厨房に机を用意させる。お前は、そこで、菓子のできあがりを確認しながら、調べ物でも何でもしていろ!」

「その手がありましたか。畏まりました。では……私は馬の所へ参りますので」

 あくまで、身勝手に、研究にしか興味がないという態を装っているのが一番良い。そして、鴻にも、特に興味はないという風にしておいた方が良い。

(しかし……この私の姿を見てから、あの両親は、結婚、ゆるしてくれるかな)

 違うことが、心配になった。



 厨房では、ひたすら、鴻がガリガリガリガリと、材料を砕いているところだった。

 もともと『五香糕ごこうこう』は、大量に出来上がる菓子だったが、三百人分ともなると、やはり、大変らしい。先ほどから、ずーっとガリガリガリガリと材料を砕いている姿は、哀れを誘う。

(米と粳とその他諸々を砕くのは、こんなに大変だったのだな)

五香糕ごこうこう』にしても何にしても、鴻は、さらりと作ってきたので、娃琳は、その苦労を知らなかった。正直に、悪かったと思っている。だが、娃琳も、今は同情している場合ではない。

 供物を備える幅が、一寸か、二寸かというどうでも良いことについて、考えた事を纏めなくてはならないからだ。嘘を吐くには、細部にこだわる必要がある。つまり、一寸か、二寸かはどうでも良いが、そこに『根拠』が必要ということだ。それだけである。

 厨房には、監視の目があるかも知れない。だから、娃琳と鴻は、言葉を交わさない。視線も合わせない。

 ここに居るのは、『侵入者の言いなりになる哀れな王子』と『研究にしか興味のない学者』の二人である。それで良い。

 厨房は、『五香糕ごこうこう』の甘い香りに充ち満ちている。

(なんとしてでも、成功させる)

 娃琳は、そう誓う。

 雑琉の都は、とても美しい。この都を、あの醜男から、守らなければならない。そして、それは、堋国、游帝国を守ることになる。簒奪が成功すれば、間違いなく、自称皇帝は、游帝国に戦を仕掛ける。

 その傍らで、自軍へのの味方を付けていけば、今の女帝に不満を持つ者たちが……つまり靡山びざんで見た男達のような、ならず者達が、きっと蜂起する。そうなれば戦だ。だから、それだけは、避けなければならない。

(一体、なんで、こんなことに巻き込まれたのか解らないが……)

 今は、出来ることをやるだけだ、と娃琳は気合いを入れる為に顔を叩いた。それを見ていた鴻が、甘く微笑む。そして、鴻も自身の頬を叩いてから、材料砕きの作業に没頭した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁

瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。 彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚

ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。 五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。 ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。 年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。 慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。 二人の恋の行方は……

【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

処理中です...