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第二章 菓子を求めて游帝国へ
大芝居
しおりを挟む娃琳の雑琉侵入は、成功した。
(あとは、封禅に参加するだけだ)
娃琳の計画通りに動いてくれれば、きっと、女帝は既に精鋭の軍を出してくれている。しかも、こちらの裴緘喬の軍に気取られないように、少しずつ、動員を分散しながら派遣してくれるはずだった。
娃琳と鴻は、雑琉の宮殿の大広間に通される。
玉座には、鴻とは似ても似つかない、ひげ面の醜男が、でん、と座っていた。短い足を組んでいるのが、なんとも、滑稽な姿だった。
鴻が、さりげなく目配せする。
反乱軍の兵達に囲まれる形で、初老の男と女が居る。鴻の、両親だろう。つまり、雑琉王と、王妃凌河氏のはずである。
「これは王子、あまりに遅かったから、逃げ出したかと思って居たが、ちゃんと、戻っておいでになったか」
揶揄するような、嫌な口ぶりだった。
「大書楼への立ち入りが制限されていたので、許可を取るのに、時間が掛かりました。……ただし、大書楼に入ってからは、この者が、すぐに答えをくれましたので」
と鴻は、娃琳を紹介したので、娃琳は拱手して一礼する。
「その紫の上衣は……そなた、堋国の学者だな?」
「はい。大書楼の司書をする傍らで、『封禅』について研究している、燕娃琳と申します。こちらの王子さんがですね、大書楼で『真実を告げる菓子』の作り方を探しているというので、『封禅』研究十五年の私は、ピンと来たんです。ああ、これは、どなたか、尊いかたが選ばれて、封禅を行うのだと!」
「それで、連れてきたのか」
薄ら笑いを浮かべながら、裴緘喬は、鴻に問い掛けた。
「はい」
伏しながら、鴻は答える。だが、その、拳が、幽かに震えていた。
たしかに、口惜しいのだろう。瑠璃で一面飾られた、美しい大広間。その玉座に、座るのが、このならず者で、両親の命を盾に取られている状態だ。
(だが、今は堪えてくれ!)
「それで………貴方様が、封禅を行う方ですか? よろしければ、私が力をお貸ししたい。私ならば、完璧な形で封禅を行う事が出来るように知恵をお貸しできます。ただ、私の望みとしては、影からで良いので、封禅の儀式を、垣間見させて欲しいと言うだけで……」
娃琳は、拱手して、お願いいたします、と願う。しばらく、娃琳の様子を見ていた男は、「学者というのは酔狂な輩が多いな」とだけ吐き捨てて、「では、早速、封禅の儀式の仕度をおしえてくれ」と娃琳に命じた。
「はい。まずは、封禅には必ず必要になるのが『真実を告げる菓子』です。これは、天帝に捧げ、そして、天帝と一緒に食べる必要があるのです。……かつて、游帝国で、天帝から菓子を賜ったのを食べたのが、いわれでございます。そして、その菓子というのが、『餅米と、粳米干した鬼蓮の実、白朮(生薬)、茯苓(さるのこしかけ)、縮砂仁(生薬)混ぜて、細かく砕いて、白砂糖を溶いた熱湯で混ぜて、蒸したもの』で、『五香糕』とだけ名前の残っている菓子になります。
お話ししましたように、大変貴重な生薬を使いますので、とても、貴重なものですが……これは、とにかく大量に作らなければ成りません。なぜならば、封禅を行った皇帝が、その菓子を持ち帰り、家臣に残さず振る舞うというのが、正確な儀式だからです。
これによって、皇帝は、天帝と、家臣という天地を繋ぐ存在になるのです」
この辺のでたらめは、移動中にじっくり考えてきたので、どうやら、裴緘喬も「ほう」と信じたようだった。
そして、木簡の書物を照合しても、同じ事が書いてある。木簡の良い所は、容易く、内容の入れ替えが出来ることだ。あらかじめ、つまり話を仕込んである。時代がかった木簡の書物の内容を、きっと信じるだろう。
娃琳は大書楼の司書として、こう言った、修繕作業は得意だった。筆跡をそっくり真似して書くなどお手の物だ。
「なんと……」
「供物を供え、皇帝と天帝は、秘密の会話を心の中で交わすそうです。……どの書物にも、この内容が載っていないのが、私には、口惜しくて溜まりません……もし、天帝の許しが得られたのならば、私に、その内容を、お教え下さいませ」
ぺこりと、娃琳が礼をする。
ちら、と娃琳は、雑琉王の様子を見た。流石に、青い顔で、震えているようだった。まさか、『封禅の儀式の学者』というのがしゃしゃり出て、儀式の手伝いをするなど、思ってもみなかっただろう。
鴻のほうも、口惜しそうに、床に目を落としたまま、震えているだけだった。
「うむ、では……急いで仕度しよう。封禅は、明日行う。それまでに、『五香糕』なる菓子を、三百人分、用意するのだ。解ったな!」
「はい、畏まりました。……しかし、私は料理などからきしダメなので、こちらの王子に作り方をお教えしました。私は、ほかにも調べることがあるので、王子に作らせて下さい」
娃琳の言葉を聞いて、裴緘喬は、あきれ果てていた様子だったが、「それは、封禅の儀式にひつようなことか?」と聞く。
「勿論。祭壇の供物の並べ方は、一寸間隔なのか、二寸間隔なのか。ここは、時代によって解釈が異なるようですので、ぎりぎりの時間まで、粘って調べます。ですから、私は、菓子の監修をしている時間なんてないんです。必要な生薬の類いはすべて、堋国で仕入れてきていますので、ご安心を。あとは、米類とか蒸し器とか、そういうものが必要ですが、そちらの王子には、既に一度作って頂いて、完璧な仕上がりですのでご安心を」
それでは失礼、と娃琳は勝手に歩き出す。
「おい! お前、どこに行くんだ!」
「私の馬の所に、ほかの史料があります。それをもって……あとは、机を貸して頂ければ私はどこでも」
「わかった。では、厨房に机を用意させる。お前は、そこで、菓子のできあがりを確認しながら、調べ物でも何でもしていろ!」
「その手がありましたか。畏まりました。では……私は馬の所へ参りますので」
あくまで、身勝手に、研究にしか興味がないという態を装っているのが一番良い。そして、鴻にも、特に興味はないという風にしておいた方が良い。
(しかし……この私の姿を見てから、あの両親は、結婚、ゆるしてくれるかな)
違うことが、心配になった。
厨房では、ひたすら、鴻がガリガリガリガリと、材料を砕いているところだった。
もともと『五香糕』は、大量に出来上がる菓子だったが、三百人分ともなると、やはり、大変らしい。先ほどから、ずーっとガリガリガリガリと材料を砕いている姿は、哀れを誘う。
(米と粳とその他諸々を砕くのは、こんなに大変だったのだな)
『五香糕』にしても何にしても、鴻は、さらりと作ってきたので、娃琳は、その苦労を知らなかった。正直に、悪かったと思っている。だが、娃琳も、今は同情している場合ではない。
供物を備える幅が、一寸か、二寸かというどうでも良いことについて、考えた事を纏めなくてはならないからだ。嘘を吐くには、細部にこだわる必要がある。つまり、一寸か、二寸かはどうでも良いが、そこに『根拠』が必要ということだ。それだけである。
厨房には、監視の目があるかも知れない。だから、娃琳と鴻は、言葉を交わさない。視線も合わせない。
ここに居るのは、『侵入者の言いなりになる哀れな王子』と『研究にしか興味のない学者』の二人である。それで良い。
厨房は、『五香糕』の甘い香りに充ち満ちている。
(なんとしてでも、成功させる)
娃琳は、そう誓う。
雑琉の都は、とても美しい。この都を、あの醜男から、守らなければならない。そして、それは、堋国、游帝国を守ることになる。簒奪が成功すれば、間違いなく、自称皇帝は、游帝国に戦を仕掛ける。
その傍らで、自軍へのの味方を付けていけば、今の女帝に不満を持つ者たちが……つまり靡山で見た男達のような、ならず者達が、きっと蜂起する。そうなれば戦だ。だから、それだけは、避けなければならない。
(一体、なんで、こんなことに巻き込まれたのか解らないが……)
今は、出来ることをやるだけだ、と娃琳は気合いを入れる為に顔を叩いた。それを見ていた鴻が、甘く微笑む。そして、鴻も自身の頬を叩いてから、材料砕きの作業に没頭した。
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