43 / 43
第二章 菓子を求めて游帝国へ
封禅の儀式
しおりを挟む夜明け前。つまり封禅の儀式の為に『禄山』に出発する直前に、約三百人分の『五香糕』が出来上がる。
そして娃琳のほうも、『一寸二寸問題』が、片付いたところだった。
「つまり、天帝の小指は二寸とあるので、二寸が正しい……というところに落ち着きました。間に合って良かったです!」
晴れ晴れとした顔でいう娃琳に対して、とうの裴緘喬は、心底、どうでも良いという顔をして聞いている。
そして、鴻がうつらうつらと船を漕ぎながら作り上げた『五香糕』だったが、
「いちどすべて、天帝に捧げましょう」
ということで、裴緘喬自らに重たい三百人分を背負わせて行くことにした。
禄山へは、皇帝、その側近のはげ男、そして、娃琳の三人で向かう事になって居る。はげ男は禄山の地理に詳しいらしい。
「しかし、禄山とは、また、渋い場所を選びましたね。なにせ、禄山は、三代皇帝が封禅の儀式を行った場所ですからね。記録によれば、その場所は、今でも、祠が建っているということですが、間違っていますかね」
ぺらぺらとおしゃべりを続ける娃琳を「煩いぞ」と言って睨み付けてから、はげ男は「その場所に案内することになって居る。祭壇は作ってあって、供物は、俺が背負っている」と淡々と言う。
「ここから、どれくらいなんですかね」
「半刻も掛からない」
「それは良かった。私、こうみえて、日頃、大書楼に閉じこもりきりなもんですから、足腰が弱くって」
はははと、娃琳は笑う。
「それだけ煩きゃ、なにかのお釣りが来る」
裴緘喬は、心底辛そうだった。額に脂汗をかいている。実は、『五香糕』は、ずっしりと重たい。それを三百人分なのでそうとう、足腰に来るはずである。
そして、しばらく黙ったままで、封禅の儀式を行う祠まで辿り着いた。
「……おお! これは凄い。絶景ですな。これならば天帝も、おいでになることでしょう! 素晴らしい場所ですねぇ裴緘喬さま!」
呼びかけるが、裴緘喬はすっかり体力を奪われたようで、汗だくになりながら、肩で荒い息を吐いている。はげ男も、その他の供物を持ってきているのでかなりの重量だったはずだが、こちらはけろりとしている。
(このはげ……すこし、侮れないかもな)
そう思いながら、娃琳は、供物の間隔を整えはじめた。二寸である。二寸。
そして、『真実を告げる菓子』も、祭壇に備えて、封禅の儀式の開始だった。
こうなると、祭壇近くは、立ち入ることが許されない。娃琳とはげ男は、離れたところから、儀式を見守る。
「……ワクワクしますね!」
游帝国は、水の守護を得ている為、皇帝は黒衣を身に纏っている。だが、裴緘喬は、まだ、何の守護も得ていないらしく、真っ白な冕冠と衣装に着替えての儀式だった。
「裴緘喬さまは、何の守護を得るのですか?」
「さあ」
はげ男は、にべもない。
「ご存じでしたら、教えて下されば良いのに……」と詰るが、はげ男は、なにも言わなかった。
封禅の儀式事態は、非常に端から見ていて、地味だった。なにか、呪文を唱えるにしても、その呪文は、誰にも聞こえないように唱えるものなので聞こえなかったし、天帝が現れたと言い張っても、娃琳の目には見えない。
「天帝……いるのかなあ」
思わず呟いた言葉を聞いていた、はげ男が、くすり、と笑った。なにか、胸の奥がざらつくような、嫌な笑みだった。
封禅の儀式を行って居る間、城内の大広間では、裴緘喬の家臣達三百人が、宴の為に集っていた。
封禅の儀式を終え、晴れて『皇帝』として君臨した主の晴れ姿を見て、「裴皇帝陛下、万歳、万歳、万々歳!」と、地鳴りのような歓喜の声が瑠璃の王宮に谺する。
悠然と玉座に向かいながら皇帝は、
「朕は、皇帝なり!」
などと高らかに宣言した。―――が、『封禅の結果』については、口にしていなかったので、ホッとした。宴で、『五香糕』をみんなに配り、そしてみんなで食べてから、『封禅の結果』を口にするという決まりがあったのだ。正しくは、それがしきたりだ、と言うことにしておいた。
『五香糕』が切り分けられ、そして、配られる。
「娃琳殿と言いましたか?」
と、はげ男がやってきた。手には、『五香糕』を持っている。
「あなたも、是非。……私の分を差し上げますよ」
にこにこと微笑みながら言っているが、やはり、目の奥は笑っていない。
「いえ、私は、この光景を見られただけで十分です」
そう言って辞去しようと思ったが、「食べられない理由でも?」と聞いてくる。いつの間にか、大広間の全員の視線が、娃琳に注がれていた。みんな、この菓子を、警戒していたのだ。
(私は……なんの味覚も感じないんだぞ……)
嘘でも良いから、美味しいとでも言わなければ成らないだろう。そして、たっぷり睡眠薬が入って居るはずなので、これを食べれば、動きは制限される。だが、意を決した。
「本当に、私も、頂いてよろしいので?」
「ええ、勿論!」
皇帝も、固唾を呑んで見守っていると言うことは、あの封禅の儀式の際、食べなかったのだ。
娃琳は、はげ男から『五香糕』を受け取って一度捧げ持ってから「新皇帝陛下に感謝を」と申し上げてから、ぱくっと一口口に含んで、驚いた。
まず、蓮の香りがふんわりと漂った。そして、様々な生薬が混じり合った、複雑な香り。うるち米の、甘い香り……。それが、白砂糖の甘みで整えられていて、ふんわりと上品だった。食感は、もちもちとしている。その、歯ごたえも良い。
「お……いしい……」
「え?」
「お、美味しいですっ! ……あの、済みませんっ! もう一個、くれませんか?」
娃琳は、無我夢中で、もう一つ食べる。やはり、とても美味しかった。
娃琳のその意地汚い食べ方を見て、男たちが、先を争うように、『五香糕』を食べ始める。
「あ……美味しい……嬉しい、私、いつの間に、味覚が戻ってたんだろう……」
奇跡のようだと思ったが、これはきっと、鴻が優しく包んでくれたからだ。それを噛みしめていた娃琳だったが、はた、ととんでもないことに気がついた。
(しまった……これ、睡眠薬入りだった……)
急に、目の前が、ぐるぐると回り出す。裴緘喬と、はげ男は、まだ口にしていない。用心深いことだ。
(絶対に、眠ってはいけない!)
娃琳は、皮膚に爪が食い込むほど、強く手を握りしめて、なんとか耐える。
「あなたは召し上がらないんですか? とても、美味しいですよ?」
はげ男に言うと、渋々という風情で、はげ男は『五香糕』を食べ始め、やはり、その美味に目を剥いていた。
「これは……美味いな」
「ええ、そうでしょう! ……こんなに美味しいものなんか、今まで食べたことないですよ!」
娃琳は、浮かれた足取りを装ってはげ男から離れる。
「ちょっと厠へ! そして、この感動を書き記さねば!」
そして、そのまま、大広間の外へ出た。大広間の外には、鴻が控えていた。そして、その後ろには、雑琉の男達が取り囲んでいる。
「……鴻……済まない。私は、眠い……」
「へっ? ……なんで、こんな時に……」
「『五香糕』を食べたんだ……。裴緘喬も食べたが、まだ、効果は出ていない……」
そして、少々荒っぽいが、今からの作戦はこうだった。
実は、大広間には、あと半刻程度で、煙が立ちこめるような仕掛けを作っておいた。この煙自体は、何の害もないものだ。敷いて言うならば、夏場、農家が虫除けに使うものだった。
なので、娃琳は割と丁度良い、と思って居る。
煙に驚いた裴緘喬たちは、きっと出てくるだろうが、眠り薬が効き始めているはずだ。
そこを一網打尽にして、駆けつけてくれるはずの、游帝国の軍に引き渡す……のが簡単な計画だったが……。
「游帝国の軍は?」
「……軍は、来ていないよ」
鴻が微笑む。駄目だったか、と落胆しかけたが、代わりに、麗しい声が聞こえてきた。
「軍ではなく、わたくしが直接参った。……大叔母上、感謝します。ここからは、わたくしが指揮しましょう!」
娃琳は目を疑った。多忙のはずの女帝が、なぜ、国を遠く離れたこの地にいるのか。
だが、目の前で、鮮やかな漆黒の軍装を身にまとった女帝は、艶然と微笑している。
「さあ、行きなさい!」
どうやって集めたのか解らないほどの大軍が、女帝の合図一つで、宮殿になだれ込む。内部は、既に、ぐっすりと眠りこける者たちが多かったので、たいした混乱なく、事態は収束したようだった。
「堋国と雑琉の婚姻を許す勅許を置いて行くわ。……大叔母上は、幸せになってね」
女帝の指先が、娃琳の頬に触れたような気がしたが、睡魔に引きずられて、もはや、判然としなかった。
かくて、仙花大女皇帝陛下の登場を持って、簒奪は、失敗に終わり、裴緘喬以下三百名は、その場で処刑される事となった。
族滅を逃れた者たちは、まだ、大陸に多く点在しているはずだ。
その者達に蜂起させない為のものだが、厳しい処分ではあった。
0
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁
瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。
彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました
樹里
恋愛
社交界デビューの日。
訳も分からずいきなり第一王子、エルベルト・フォンテーヌ殿下に挨拶を拒絶された子爵令嬢のロザンヌ・ダングルベール。
後日、謝罪をしたいとのことで王宮へと出向いたが、そこで知らされた殿下の秘密。
それによって、し・か・た・な・く彼の掃除婦として就いたことから始まるラブファンタジー。
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる