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第二章 山科にて『鬼の君』と再会……
13.血染めの桜
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見つかってしまった……。
私は、ぎくり、としながら、下人を振り返った。
鬼の君が、見つかってしまったら……大変なことになると、私は、思って、冷や汗が出る。
「姫さま、如何なさいました?」
下人が、私に近づいてくるので、私は、何か、誤魔化さなければと必死に言い訳を考えた。
「外を歩いていたのよ」
「こんな時間にですか?」
下人は、不審そうに問い掛ける。
「外は、危ないのに、何故お供も付けずにお出になったのですか」
「桜の木が見たかったのよ」
これは中々、良い言い訳に思えた。私は、度々桜が見たいと言って、枝を折ってきて貰っていた。そのたびに、コレジャナイ感に襲われて、ビミョーな顔をしていたのは、家人たちの方が解っているだろう。
「桜でしたら、私たちが手折っておりますのに」
「大きな木を見たかったのよ」
「では、お供に、乳母君などをお連れなさいませ」
「だって、乳母やは、私が桜が見たいと言っても、外は駄目と言って、付いてきてくれないもの。だから、一人で出たのよ?」
私は、少し怒った振りをして、邸へと戻る。その背後で、「我が儘な姫さまだなあ」と下人が呟くのが聞こえたので、少し、ホッとした。外に出ていた本当の理由を詮索されることは無いと思ったからだった。
けれど、問題が起きたのは、その後だった。
桜を見る為に、私が夜中、外へ出ていた―――というのは、邸中に伝わっていた。
あの下人が、何気なく同僚にでも話したことが広まっていったのだと思う。ここは、とても小さな邸だから。
そして、家人たちが、あの桜を見に行ったらしい。
そこにあったのは………。
血に汚れた、幹だった――――。
鬼の君が、怪我をして凭れていたから、その時に血が付いたらしい。そんなところにまで血が付いているほど、怪我が酷かったのだったのだ。
私は、改めて鬼の君の怪我が心配になったけれど、家人は、勿論そんなことを知らないから。
近くに住まう陰陽師に(本当は、陰陽師というのは、陰陽寮というお役所に所属していて帝にお仕えしていた方たちなのだけど、生活の為に呪術や占いをする、法師陰陽師というのもして、うちの邸に来たのは、そういう人)お願いして、『桜の木に血が付いていたのは何故か』と言うのを占わせたらしい。
すると、陰陽師が占って告げることには……。
「これは……人を食らう鬼の仕業だ……」
と言うことになったので、邸は上を下への大騒ぎよ。
私は、人を食らう鬼に呼び出されて、桜の木の下に行った。そして、七日七晩目の夜になったら、鬼が私を食らうつもりで、明日が、その『七番目』だなんて、インチキを言うからだ。
そう。
この、法師陰陽師達は、生活の為に、呪術や占いをやっている。つまり、ここで、『鬼の仕業』にすれば、今度は『鬼退治』という仕事が舞い込んでくる。
だから、法師陰陽師に占って貰った時点で、こうなることは、殆ど確定していたのだ。
かくて、例の桜の木は、鬼を払う為の、大々的な修法が行われることになった……。
私も、白い装束に着替えさせられ(今まで来ていた装束は、『穢れ』が付いているからと言う理由で、すべて焼かれてしまった。お気に入りだったのに)、部屋を細縄と御幣で区切って結界を作り、私はそこへ閉じ込められてしまった。
(……祠に居る鬼の君が、見つからなければ良いけれど……)
昔の帝のお墓なのだから、法師陰陽師たちには、手出しは出来ないはず……。
だけど、私は、不安な気持ちを抑えられなかった。
やがて、俄に外が騒がしくなった。
修法でも始まったのだろうかと思っていると、野太い男の声が折り重なるように聞こえて来るし、足音も、うちの邸中の者を集めたよりも多く聞こえる気がする。
一体、なにがおきたのかしらと思って、家人に理由を聞くと、
「鬼は、まだ山中に居るかも知れないと言うことで、都から検非違使がつかわされたらしいのですよ」
ということだった。
私は、その言葉を聞いて、ぞっとした。
検非違使……っていうのは、都の治安を守っていた人たち。法に背いた行いをしたものたちを取り締まるのが仕事になる。
鬼が、現世の理になんか従うはずがないので、都の人たちは、おそらく、鬼の君がここに居ることを、知って居る。
妖しいほど美しい、鬼の君が、ここに居ると………。
大変だわ。
検非違使ならば、あの祠に立ち入るかも知れない。そうなったら、鬼の君は連れて行かれてしまう。ううん、もっと酷いことになるかも知れない。
鬼の君に報せなきゃ!
私は、結界の中、立ち上がった。
私は、ぎくり、としながら、下人を振り返った。
鬼の君が、見つかってしまったら……大変なことになると、私は、思って、冷や汗が出る。
「姫さま、如何なさいました?」
下人が、私に近づいてくるので、私は、何か、誤魔化さなければと必死に言い訳を考えた。
「外を歩いていたのよ」
「こんな時間にですか?」
下人は、不審そうに問い掛ける。
「外は、危ないのに、何故お供も付けずにお出になったのですか」
「桜の木が見たかったのよ」
これは中々、良い言い訳に思えた。私は、度々桜が見たいと言って、枝を折ってきて貰っていた。そのたびに、コレジャナイ感に襲われて、ビミョーな顔をしていたのは、家人たちの方が解っているだろう。
「桜でしたら、私たちが手折っておりますのに」
「大きな木を見たかったのよ」
「では、お供に、乳母君などをお連れなさいませ」
「だって、乳母やは、私が桜が見たいと言っても、外は駄目と言って、付いてきてくれないもの。だから、一人で出たのよ?」
私は、少し怒った振りをして、邸へと戻る。その背後で、「我が儘な姫さまだなあ」と下人が呟くのが聞こえたので、少し、ホッとした。外に出ていた本当の理由を詮索されることは無いと思ったからだった。
けれど、問題が起きたのは、その後だった。
桜を見る為に、私が夜中、外へ出ていた―――というのは、邸中に伝わっていた。
あの下人が、何気なく同僚にでも話したことが広まっていったのだと思う。ここは、とても小さな邸だから。
そして、家人たちが、あの桜を見に行ったらしい。
そこにあったのは………。
血に汚れた、幹だった――――。
鬼の君が、怪我をして凭れていたから、その時に血が付いたらしい。そんなところにまで血が付いているほど、怪我が酷かったのだったのだ。
私は、改めて鬼の君の怪我が心配になったけれど、家人は、勿論そんなことを知らないから。
近くに住まう陰陽師に(本当は、陰陽師というのは、陰陽寮というお役所に所属していて帝にお仕えしていた方たちなのだけど、生活の為に呪術や占いをする、法師陰陽師というのもして、うちの邸に来たのは、そういう人)お願いして、『桜の木に血が付いていたのは何故か』と言うのを占わせたらしい。
すると、陰陽師が占って告げることには……。
「これは……人を食らう鬼の仕業だ……」
と言うことになったので、邸は上を下への大騒ぎよ。
私は、人を食らう鬼に呼び出されて、桜の木の下に行った。そして、七日七晩目の夜になったら、鬼が私を食らうつもりで、明日が、その『七番目』だなんて、インチキを言うからだ。
そう。
この、法師陰陽師達は、生活の為に、呪術や占いをやっている。つまり、ここで、『鬼の仕業』にすれば、今度は『鬼退治』という仕事が舞い込んでくる。
だから、法師陰陽師に占って貰った時点で、こうなることは、殆ど確定していたのだ。
かくて、例の桜の木は、鬼を払う為の、大々的な修法が行われることになった……。
私も、白い装束に着替えさせられ(今まで来ていた装束は、『穢れ』が付いているからと言う理由で、すべて焼かれてしまった。お気に入りだったのに)、部屋を細縄と御幣で区切って結界を作り、私はそこへ閉じ込められてしまった。
(……祠に居る鬼の君が、見つからなければ良いけれど……)
昔の帝のお墓なのだから、法師陰陽師たちには、手出しは出来ないはず……。
だけど、私は、不安な気持ちを抑えられなかった。
やがて、俄に外が騒がしくなった。
修法でも始まったのだろうかと思っていると、野太い男の声が折り重なるように聞こえて来るし、足音も、うちの邸中の者を集めたよりも多く聞こえる気がする。
一体、なにがおきたのかしらと思って、家人に理由を聞くと、
「鬼は、まだ山中に居るかも知れないと言うことで、都から検非違使がつかわされたらしいのですよ」
ということだった。
私は、その言葉を聞いて、ぞっとした。
検非違使……っていうのは、都の治安を守っていた人たち。法に背いた行いをしたものたちを取り締まるのが仕事になる。
鬼が、現世の理になんか従うはずがないので、都の人たちは、おそらく、鬼の君がここに居ることを、知って居る。
妖しいほど美しい、鬼の君が、ここに居ると………。
大変だわ。
検非違使ならば、あの祠に立ち入るかも知れない。そうなったら、鬼の君は連れて行かれてしまう。ううん、もっと酷いことになるかも知れない。
鬼の君に報せなきゃ!
私は、結界の中、立ち上がった。
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