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第四章 後宮には危険が一杯!
21.君の名は
しおりを挟む陰陽師殿からの文を握りしめ、わなわなと、震えておいでの関白殿下に、私は、どうしたものかと途方にくれていた。
「なんにもないのに、こんな文を贈られるはずがないでしょう?」
いやあ、完璧に、誤解なんだけどなあ、と思うものの、この誤解をどうやって解いたらいいものなのか。
いや、逆に、これが真実だと言い張って、関白殿下から逃げたほうが得策なのでは?
うん。そうしよう!
私は、意を決して、口を開いた。
「関白殿下、実は……」
「こちらに、山科の、山吹の方はおいでですか?」
私の声をさえぎるように、鋭く、声が飛んだ。
この声は……陽だ。
「陽?」
反射的に返事すると、御簾の向こうから、ホッとしたような声が聞こえてきた。
「良かった。鬼ちゃん、無事だったんだね。鬼ちゃんのところの女房が、僕に助けを求めて来たときには、肝が冷えたよ。
それで、淑景舎に来たら、錯乱した関白殿下に連れ去られたとか聞いたから、いま、みんなで捜していたんだ」
成る程、と納得している私の隣で、関白殿下は、
「源左兵衛大尉か……」
と一つ、舌打ちをした。
源大臣の子息である陽は、関白殿下といえども、ヘタに敵には回したくない人物のようだ。この場は、とりあえず、陽が来てくれてラッキーだった!
「鬼ちゃん、そちらに、関白殿下はおいでなの?」
「ええ、関白殿下なら、こちらにおいでよ。錯乱したようなことはないご様子だから、安心して。私を連れた時には、尋常ならぬ様子でしたけど」
「そうか。……鬼ちゃんも、登華殿で気を失ったって聞いたから、陰陽師に来てもらうことにしたよ。
陰陽寮に、馴染みの陰陽師がいるんだね、鬼ちゃん」
とりあえず、助かった……と思ったのに、なにか、事態が悪化している気がする。
来るのか~、陰陽師殿。今、関白殿下にはあんまり逢わせたくない人物ナンバーワンだなあ……。
「それはそうと、関白殿下、その女人をお連れになるとは、何事か、ございましたか?」
やや、固い声で、陽が聞く。
関白殿下は、ふう、と一つ吐息してから、ふん、と鼻を鳴らして笑った。
「……随分、詮索好きだな、源左兵衛大尉。それとも、この女人と、なにか関係があるのか?」
声は、ぞっとするほど冷たい。
とりあえず、関白殿下から、離れて居るから良いけど、間近で聞いたら、少し嫌になるわね。うん。
「はい。そこな女人は、私の筒井筒の幼なじみですから」
筒井筒……と来ると、『伊勢物語』よ。
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わー……っ、ちょっと、嬉しいというか、恥ずかしい……。顔が、熱いわ。
「おや、山吹。私の時と、随分態度が違うじゃない」
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「だって……冗談だか、なにか、裏があるんだか解らない関白殿下とちがって、陽は、素直ですもの」
「まあ……確かに、素直だよね、アレは……ん? 山吹、あなた、まさか、名前を左兵衛大尉に教えたわけじゃないでしょうね!」
「そ、そんなことはないですよ! だから、陽は、いつの間にか、私の事を『鬼ちゃん』って呼ぶんですから!」
そう。
大体、女の本名なんてのは、夫くらいしか知らないものなのだ。だから、私だって、今まで、一人にも名前を明かしたことなんかないんだから。多分、早蕨あたりは知ってると思うけど。
「それなら良いけど……」
不満げな関白殿下の声をかき消すように、陽の声がした。
「鬼ちゃん、はやく、淑景舎に戻った方が良いよ。関白殿下と、噂でも立てられたら、困るよね?」
困る『でしょ?』じゃなくて、困る『よね?』と来た。
うん。困る。
今、困った。
陽は、陽で、この関白殿下と、対決する気だ! 勘弁してよ!
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