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第五章 後宮からの逃走
10.陽の念押し
しおりを挟む中将の言葉を聞いた陽と潤さんは、一度顔を見合せて、
「この件は、少し、考えさせてもらって良いかな?」
と、おずおずと言ったので、思わず私は不満の声を上げてしまう。
「なんでよ~?」
「だって、昔の話とは言え、父上と深い仲になった女性がここに来ているなんて聞いたら、うちの母親が、きっと卒倒すると思うんだ」
「そして、起き上がったら、悪鬼羅刹の如くに父を攻撃すると思う」
「なので、少し、考えさせて?」
たしかにそうなったら、源大臣家の平和を乱してしまうわね、うん。それは、私も、多分中将も本意じゃないわ。
今現在の浮気より、昔の浮気のほうが許せないってこともあるから、ここは、慎重になったほうが、いいかもね。
「わかりましたわ……」
中将は、残念そうに言う。
そう言えば、中将、本懐を遂げたら成仏とかしちゃうんだろうか。
いつまでも現世で苦しんでいるよりも、黄泉の国へ行ったほうが、良いのかもしれないけど、せっかく、仲良くなったのに残念だわね。
ふふ、でももし、成仏したら、毎日、快く読経を供えてあげないとね! それくらいはさせて貰うわよ、中将!
「鬼ちゃん、今日は、もう遅いから、うちに泊まって、そこから鷹峯院のお邸まで向かうと良いよ。多分、関白殿下も、そういう思し召しだと思うから」
「私も、色々仕度があるし、そうさせて貰うわ」
そうそう。香をたきしめたりする必要があるのだ。
鷹峯院も、亡き妻の薫ならば、なにか、思うところもあるだろう。
「鷹峯院から戻ったら、また、うちに来てね? それまでに、そちらの女房の件は、なんとかしておくから」
「ホント?」
「うん、まずは父上に探り入れて、それから、母上の女房に、ご機嫌を伺って……って感じかなあ」
真剣に思案してくれる陽が有り難い。
中将も、眼を丸くして、
「まあ……若君たち自ら……有り難いことですわ」
と呟いて、袖口で目頭を押さえている。
「今日は、鬼ちゃんが来てくれたから、ささやかな宴を催すからね。鬼ちゃん、琵琶弾けたっけ?」
「まあ、琵琶は、あんまり得意ってわけじゃないけど」
「そうなの? 僕、昔、鬼ちゃんが、琵琶を良く弾いてくれた印象があるんだよねえ」
陽と過ごしたのは、八条の邸で。
つまり、八年くらい昔のことだ。
私は、まだ、がんぜない子供のはずで、琵琶なんか、弾けるとは思えない。だって、琵琶って大きいのよ? 大体、三尺(千年後なら九十センチぐらいね)位になるんだから。
もしかして、陽に琵琶を聞かせていたのって、母上かしらね。あの方、楽器以外は、なんにも出来ない方だったから。
私も、楽器一通りは、母親に教えて貰ったのだ。
「琵琶、弾いてたのは、母じゃないかなあ? まだ子供だったから、私、多分琵琶を抱えきれないよ? 少しは、弾いたとおもうけど」
「嗚呼、そう言えば、琵琶って結構大きいもんね。僕は、琵琶って苦手だな、高貴な楽器ってイメージあるし」
そう言えば、主上が演奏されるのは、琵琶だったわね。
「鬼ちゃんのお母さんも、宮仕えしてたことがあるって、僕、聞いたけどな」
「えっ? 私のほうが、初耳なんですけど?」
だいたい、あのなんにも出来ない母が、どーやって宮仕えしてたんだ。
あの母の主をやっていた方がいるなら、とりあえず、伏して謝りにいきたくなるわ。
「そうなの? なんだか、不思議だねえ。ともかく、今日は、宴だからね!」
陽は、なぜか、私に念を押した。
なんか、嫌な予感ばかりする。
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