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第五章 後宮からの逃走
16.悪化していく事態
しおりを挟むはい、『童の落書きのような顔』の私です。
相変わらず、鷹峯院は私をお放し下さらないし、もう、なんか、困り果てています。
中将は、小宰相と話し始めてガールズトークを始めてるし。
「ねぇ、中将、なんとかして頂戴。どういうことなの?」
話の腰を折ると、中将は、ハタ、と気付いて、「そうでしたわ、失礼致しました」と呟いて、鷹峯院の前で礼をした。
「御前を失礼致しまして、早二十六年にもなりましょうか。生前は、主、登華殿の女御様にお仕え致しました、中将と申します」
鷹峯院が、ピタと動きを止めた。そして、私をそっと解放して、中将の前に向かう。
「面を上げて頂戴。アナタ、本当に、中将なの?」
中将が顔を上げる。美しい顔だ。……後宮には、美人しか居ないって言うけど(お手が付く可能性があるので)、宮仕えをしていたと聞いて、すぐに納得出来る程に美しい中将の顔立ちだった。
はい、済みませんね。『童の落書きのような顔』で!
「……まあっ! ホントだわっ……じゃあ、アナタが、高紀子を連れてきてくれたの?」
「いいえ、院の御所様。……私は、しがない、地縛霊ですの。邸で首を括って、身動きが取れずに折りましたけれど、この姫とならば何故か一緒に居ることが出来るのです。……それは、とても不思議なのですけれど、この姫の、天性の、人を惹きつける力の強さに、私も惹かれていると思いますわ」
「まあ……そうなの。確かに、顔は、全然似てないけど……なんだか、高紀子を思い出すのよ」
ぐすっと涙ぐんだ鷹峯院に、私は、すかさず申し上げた。
「もしかしたら、鷹峯院様……、懐かしく思う御方がおいでとの事でございますが……それは、私のたきしめている香のせいではありませんか?」
「香?」
鷹峯院が、私の胸元に顔を近づけて、すんすんと鼻を鳴らしている。
ちょっとーっ! 女の方みたいな姿形だけど、あなた様、男の方じゃないっ! 近づかないで!
と全身で叫び出すのを堪えていると、
「そうだわ! これは、高紀子が作った特別な香よ? アタシにも教えてくれなかったんだからっ! ……これを知って居るのは、懐仁だけよ! あなた、もしかして……」
高紀子さまが、登華殿の女御様。ならば、懐仁さまは、おそらく、お二人の子息―――つまり、二条廃帝だ。私にとっては、鬼の君。
鷹峯院は私を見た。ごくり、と喉が鳴る。
この方は―――敵か、味方かと言ったら、おそらく味方だ! だって、登華殿の女御様に会いたかったと言って、私に取りすがる方だもの。間違いないわ。
これは、鬼の君から……二条廃帝からお教え頂きました、と言おうとするその前に、
「アナタ、懐仁と……契ったの?」
とんでもない事を聞いてきた!
おそらく、懐仁さまというのが、鬼の君のお名前なのだろう。
「ち、ち、契ったって……っ!」
そりゃ、男女が褥をともにして、ほにゃらら、することよ。わ、私は、まだ乙女よ~っ!
「だって、高紀子は懐仁に言ったのよ? 『この香は、あなたの中宮と、東宮にだけ教えなさい』って」
「そ、そんな、もの凄い香とはつゆ知らず……」
だ、だから、軽々しくこの香をたいたりするなって、鬼の君は言ったのか!
困り果てていると、小鬼が後ろから、にじり寄った。
「院の御所様、久方ぶりにございます。私、院の御所さまが高御座におわしていた頃、御所様のお側でお仕えしておりました童でございます」
「童……?」
「はい。童殿上してのち、二条廃帝にお仕え致しました」
「名は?」
「春丸でございます」
「春丸……春丸……」としばらく鷹峯院は考える素振りをしておいでだったけれど、すぐに、ぽんっと手を打った。
「春丸! まあ、懐かしいっ!」
「その姫は、山科に住まう姫で……私と主上……二条廃帝が、逃げる際に手伝った下さった方なのです。その為に、ご自身は、『鬼憑きの姫』などという不名誉な名を負われました。
主は、それを大変心苦しく思い、そして、その健気な心に、心底涙して感謝をされましたが、流離の身となった主には、この姫に礼の品の一つすら送ることは出きませんでしたので、せめてもの気持ち……ということで、秘伝の香の調合を伝受なさったのです。
主は、この姫とは枕を交わしておりませんが、いずれ、手元にお迎えしたいと思し召しておられます」
滔々と、小鬼は言う。私は、あっけにとられてしまった。
ほぼ間違っていないから、訂正のしようがない。何なんだ、これは……?
「んまあっ! じゃあ、姫。アナタ……きっと、将来アタシの義娘になるのねっ! ステキ♪ だわーっ!」
な、何だって!
いつの間にか、話が大きくなっている。
一体、何がどうなってこうなるのよーっ!
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