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第六章 大ピンチ! 呪いも運命も蹴散らして
9.実家で待ち受けていた人は・・・
しおりを挟む私は、実家と思しき邸の門の前に立つ。
門番なんかは居ないので、とりあえず、中へ入っていく。門は閉ざされては居なかったので、家人が外へ出かけているのかも知れない。
門を入るとすぐに母屋(寝殿)の横になる。庭も少しはあるけれど、そんなに広くはない。関白殿下の二条邸に比べたら、本当に、前栽くらいの小ささだ。
琵琶の音は絶え間なく続いているので、母様が居るはずだけど、人気はない。
仕方がないので、井戸で足を洗ってから(私は今まで裸足で歩いていたのです・・)母屋へ上がる。
母様の部屋……は、母屋に在るはずだ。廊下は在るけれど、うちは簀子はなくて、すぐに部屋になる。
ちゃんとしたお邸だと、廊下があって、そこは半蔀で区切られる。その内側に簀子。ここは、御所とか関白殿下のお邸だと、女房達が控えるのに使ったりもする。そして、簀子と部屋は御簾で区切られるのが、本式だ。
だけど、こうなると、お金が掛かるので……半蔀、高そうだしね。
うちみたいな下級公家だと、いろいろと省略するのが普通だ。(流石に、出仕する時の装束とかは、ムリだけどね)
琵琶の鳴る方へ……と向かって行く。
母様に会うのって、どれくらいぶりだろう。
小さい頃から、あんまりご一緒した記憶がないのよね。困ったことに。これが、あちこちに琵琶を教えに行っていたと言うことなのかしら。
その、琵琶の音が、ふ、と途切れた。
「そこに、誰かおりますか?」
やや低い女の声が聞こえる。きっと、母様だ。
「……母様?」
私は、ちょっと自信がなくておずおずと問い掛けると、めちゃくちゃな音を立てて、琵琶が鳴り響いた。乱暴な衣擦れの音が聞こえて、御簾が外される勢いで除けられる。
そこに居たのは、間違いなく、私の母親だった。
記憶にはないけど、きっと老けたんだと思う。髪も白髪交じりだし、結構、顔には皺もある。
「まあ……姫っ!」
母様は、私をぎゅっと抱きしめてくれた。高貴な方の使う香り……とは比べるべくもない質素な香が、鼻先をくすぐる。というか……これ、虫を除けるのが目的で作られた香に近い。大分、竜脳と丁字、白檀の香りが強かった。
これも、母様なりの生活の知恵だろうかと、ちょっとだけ不安にはなる。
「姫……心配したのよ?」
この家に姫は私一人だから、私は、母様からも父様からも、兄様からも『姫』とだけ呼ばれている。
「心配? なぜ、母様が、私の心配を?」
おかしいな。ここ、八条の実家には、定期で文も出していないし。山科の赤麿あたりが連絡したのかしら。
「―――あなた、随分、危険なことをしているのでしょう? なぜ、大人しく山科に居なかったのです」
「ごめんなさい、母様。色々あって……だって、あちこちから、求婚が来て、どうしようもなかったんですもの!」
「あら、それは困ったわね。でも、安心なさい、姫……あなたの結婚相手は、ちゃんと居ますからね」
母様は、にこり、と笑った。
これは……きっと、テコでも引かないヤツだ。私は、母様が見繕ってきた相手と、と結婚しなければならない……!
うーん……どんな人なんだろう。間違いなく、うちと同じくらいの、見合った家格の殿方だろうけど。
「まあ、あなたも知って居るはずだし、しばらくうちに滞在している方だから、今から、お目にかかると良いわ」
急展開っ!
待って、心の準備ゼロよ!
「は、母様っ! 私、こんな格好ですけどっ!」
「んー」と母様は、私の格好―――髪は、ぼさぼさ(おそらく蜘蛛の巣くらいくっついていると思う)、小袖一枚(つまり下着!)に長袴(しかも汚れている)と言う格好の姫なんか、この世の中に私くらいだって断言できるわよ―――を見遣ってから、
「大丈夫よ。細かなことは気になさらない方だから」
と手をヒラヒラさせて「平気平気」と言う。
いや、流石に、この格好で良いと言う殿方は居ないのでは……。と思った時、私は、ピンと来た。
この格好でお会いしたら、間違いなく、破談になるだろう!
「解りました、母様の仰せに従います」
「うんうん、よろしい。姫は良い子ね」
私の頭を撫でた母様が、手をじっと見た。蜘蛛の巣が、母様の白くて細い指に巻き付いている。
それを『みなかった事』にして、母様は懐紙で手を拭うと、私を対の屋へと誘った。
たしか、対の屋は、兄様が使っていた建屋だったと思う。
母屋よりは小さな建屋で、打ち橋(板を渡すだけの仮の橋。邸の母屋と対屋は、こういう橋で渡すことが多い)で繋がれているので、母様が、廊下に立てかけてあった板を渡す。結構重そうなんだけど、母様凄いわ。
そして、兄の部屋には、一人の男が寝転がって、唐菓子をパリポリと貪っていた。
千年後なら、多分、『引きニートかっ!』と罵られそうな感じ。
青色の袍と指貫を着て、暢気に寝転がっているその人の顔を見て、私は一瞬、血の気が引いて。
それから、かーっと頭に血が上るのを感じていた。
「なんで、鬼の君が、私の実家に居るんですっ!」
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