短編集

カム

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地平線の見える喫茶店の話

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地平線の見える平原を電車がガタゴトと通っていきました。
タカヤはそれを眺めながら、洗濯物を干していました。
タカヤは毎日電車を眺めていましたが、駅がどこにあるのか知りません。
洗濯物を干した後、タカヤは庭にある花達に水をやりました。お庭はマスターの自慢の庭です。赤や黄色や色とりどりの花が咲き乱れています。
ここは森と平原の境目にある喫茶店『猫の手』マスターのいれる美味しいコーヒーと料理が自慢のお店です。
タカヤはそこで働く従業員です。まだまだマスターのように美味しい料理は作れないので、お皿を洗ったり掃除をしたり、庭の手入れなど雑用をしていました。
お庭の向こうには森が広がっていて、道が一本のびています。
タカヤは森の向こうに何があるかも知りませんでした。

「今日はお客さん来ますかね?」

洗濯物を干した後、タカヤはお店に戻ってマスターに話しかけました。
お店の中はとてもいい香りがしています。それはコーヒーだったり、料理だったり、いろいろな幸せの詰まった香りでした。

「今日は来るんじゃないかな」

とマスターが言いました。
料理が美味しくて、コーヒーも美味しい店なのに、全然お客さんはやってきません。
それでもタカヤは毎日お客さんが来ないかと外を眺めていました。

「あ」

窓の外に人影が見えました。
森の中の小道から誰かが歩いて来ます。
タカヤは喫茶店の外に出て、門の前で待っていました。
それは髪の長い女性でした。タカヤより年上に見えます。
うつむいたまま道を歩いてきます。
自慢の庭の前を通っても、色とりどりの花さえ見ていません。

「……ああ、どうして私は誰にも愛されないのかしら」
彼女は独り言のようにそう繰り返していました。
「あの、お店に寄っていきませんか?」
女性ははっと顔を上げてタカヤを見ました。初めてタカヤや喫茶店に気づいたようです。
「美味しいコーヒーがありますよ」
「コーヒーは嫌い」
「ではお食事でも」
彼女はうつむきました。
「どうして私には友達もいないのかしら、誰も私を必要としていないの」
声は暗くて、タカヤは彼女が今にも泣きだすのではないかと思いました。
「では僕があなたのお友達になりましょうか?」
タカヤがそう言うと、彼女はちらりとタカヤを横目で見ました。そして
「ああ……どうして私は誰にも愛されないのかしら」
といいながら歩き出しました。
タカヤは、彼女はきっと悪い魔女に呪いをかけられているのだろうと思いました。
そこで喫茶店に戻ると、ガラス瓶の中に入れられた桃色や黄色の金平糖を持って彼女を追いかけました。
「これどうぞ」
タカヤは彼女のポケットに金平糖の瓶を入れました。
一粒ずつ食べていくうちに魔女の呪いが解けることを祈って。

「お客さん来ませんでしたね」

タカヤは店に戻って掃除を始めました。
マスターはお客さんが来なくてもご機嫌に見えます。
掃除も終わってしまって、タカヤは午後から少し休憩していました。

ふと窓の外を見ると、誰かが森から歩いてくるのが見えました。

「お客さんかも」

外に出て森を見ると、何か重そうな沢山の荷物を台車に乗せて引きずるように歩いて来る白髪交じりの男の人がいました。

「こんにちは。お店に寄っていきませんか」
「こんにちは」

変わった格好をした男の人でした。
服をたくさん着込んで、汗をかいています。服はボロボロでどれも穴があいていました。
「いやあ疲れたよ」
男の人はにこにこしながらお店に入って来ました。
腕にはたくさんの時計を付けていましたが、どれもばらばらの時刻をさしていました。
「どうしてたくさん時計をしているんですか?」
「壊れているけど、どれも思い出の時計なんだ」
「あの荷物は何ですか?」
「思い出の品物なんだよ。だけど重くて」

タカヤにはどれもガラクタに見えました。

「重いなら置いていったらどうですか?」
そういうと、男の人は首を振りました。
「それが出来たら楽だと思うけど、思い出は捨てられないんだ」

タカヤはマスターのいれたとびきり美味しいコーヒーを男の人に出してあげました。

「ああ、美味しい。ありがとう。この店も思い出になるよ」

男の人は森の中で摘んだという紫陽花の花をお礼に置いていきました。
そして重い荷物を台車に乗せて地平線の方へ歩いて行きました。

「行っちゃいましたね」
「お疲れさま」

タカヤは紫陽花の花を花瓶に活けました。

しばらくして雨がパラパラと降り始めました。
タカヤは慌てて洗濯物を取りこみました。
遠くを電車がガタゴトと通っていきます。

「今日はもう店じまいだね」

とマスターが言ったので、タカヤは店の扉に『closed』の看板をかけました。



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