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砦
15 まだまだ全然死にたくない
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「ミサキ様、元気を出してくださいませ。王子様はもちろん、私もジョージもミサキ様の味方です」
『ポリム、譲二さんもいつもありがとう』
ポリムと譲二さんには慰められたけど、不安は残った。俺は雲の谷へ行っていつ戻って来られるんだろう。心臓は本当に治るのか? もしも治らなくてそのまま死んだりしたら最悪だ。みんな少しは悲しんでくれるだろうけど、何年かしたらルーシェンのとなりにはエルヴィンや他の恋人が寄り添っているのかもしれない。
そして俺はすっかり忘れ去られて、異世界から来た魔力なしの婚約者として記録にしか残らなくなってしまうんだ。そんな未来を想像してぞっとする。
「冗談じゃないぞ」
死んだ後も一生ルーシェンを縛りたいとは思わないけど、まだまだ全然死にたくない。婚約旅行だって半分もしてないんだぞ。
「ミサキ様?」
『ポリム、譲二さん、雲の谷へ出かけて、すぐ心臓を治して即砦に戻りましょう。その際は必殺技の一つも覚えて兵士たちの前で披露する事にします。すみませんが二人とも付き合ってください』
「もちろんです!」
やる気出たぞ。どんな手を使ってでも生き延びて、強くなって帰ってきてやる。あんな真っ黒オーラの男に負けてたまるか。
***
『準備終わりました?』
「はい。あとはいつでも出発できます」
浮島の動力部で魔法石を調整していたホレスに作業完了の報告をもらう。
ロベルトさんと如月以外のみんなはもう浮島に戻っていたので、二人が戻ってきたら出発する事になった。
さっきも砦の部屋で心臓がズキズキ痛くなったし(それはエルヴィンのせいだけど)治療するなら早い方がいい。だから雲の谷へ早く出発したほうがいいのは分かってるけど、ルーシェンとここでお別れするのは寂しすぎる。会議が終わるまでのわずかな時間でもルーシェンを眺めて、横顔を心に刻んでおこうと砦の会議室に向かった。
あれ?
なんだか嫌な気配がする。遠くの方で。
敵意むき出しの凶暴な何かが、北の方角から近づいている。
俺は急いで隣国が見渡せる石造りの展望台へ走っていき、遠くの空と森を見渡した。
「ミサキ様、どうなさいました?」
『何かいます』
何かいる。魔物だと思う。空を飛ぶ大群と、森の中を進む何か。
「王太子妃様、何かご用ですか?」
見張り台にいた兵士に声をかけられる。
『あの森の中、その上空に何か見えませんか?』
「……今のところ何も」
この世界の人はけっこう目がいいはずなんだけどな。
訝しそうな見張りの兵士達に、何かの魔物が来る事を告げて、今度は会議室に走った。
「シュウヘイ、どうした」
『魔物が来ます。空を飛んでくる大群と、森の中を進む大型の魔物が……』
ルーシェンとアークさん、ロベルトさんはすぐに顔を見合わせた。エルヴィンだけが馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「王太子妃様、見張りからはなんの連絡もありませんので心配無用ですよ」
「王子、私が近くの森に転移して何の魔物か様子を見て参ります」
「ハルバート、頼む。アークとエルヴィンは戦闘の準備だ」
「かしこまりました」
「しかし王子」
ルーシェンはエルヴィンに向き直った。
「エルヴィン、お前は知らないと思うが、シュウヘイの魔物探知能力はここにいる誰よりも優れている。早く部下に指示を出せ」
『魔力はないですが、接近する魔物くらいは分かるんです』
悔しそうなエルヴィンにそう言ってちょっとだけすっきりした。
アークさんとエルヴィンと如月が出ていくと、ルーシェンは俺とロベルトさんに向き直った。
「ロベルト、お前は今すぐシュウヘイを連れて雲の谷へ向かえ」
「かしこまりました」
『ルーシェン、もう少し一緒にいます。せめて魔物がいなくなるまで』
そう言うとルーシェンは少し悲しそうな顔で笑った。
「シュウヘイ、魔物はこの先いくらでも襲来する。数が少ない今のうちに出発した方がいい」
『でも……』
いきなりお別れなんて嫌だ。戦いに出るルーシェン達を置いて逃げるなんて。
その場から動けないでいると、ルーシェンにいきなりひょいっと抱えられた。いつかの荷物みたいな抱えられ方だ。
『お、おろしてください』
そのまま部屋を出て、浮島のくっついている橋までやってくるとようやくおろされた。
『ルーシェン……』
「花粉がおさまったらまたすぐに会えると言ったのはシュウヘイだろう?」
たしかに言ったけども。
「だから無事に雲の谷へ行って、心臓を治してきてくれ」
ルーシェンはそう言って自分の身につけている青いマントを脱ぎ、俺に着せてくれた。ルーシェンの腕に包まれているみたいで気持ちいい。
『これ……』
「次に会った時返してくれたらいい」
『分かりました。ルーシェンも、絶対に無事でいてください』
「分かった」
腕を伸ばしてルーシェンを抱きしめる。まわりにロベルトさんやポリムや譲二さんをはじめ、浮島にも砦にも兵士たちがいるのが分かってたけど、我慢できなくてそのままキスをした。
『ポリム、譲二さんもいつもありがとう』
ポリムと譲二さんには慰められたけど、不安は残った。俺は雲の谷へ行っていつ戻って来られるんだろう。心臓は本当に治るのか? もしも治らなくてそのまま死んだりしたら最悪だ。みんな少しは悲しんでくれるだろうけど、何年かしたらルーシェンのとなりにはエルヴィンや他の恋人が寄り添っているのかもしれない。
そして俺はすっかり忘れ去られて、異世界から来た魔力なしの婚約者として記録にしか残らなくなってしまうんだ。そんな未来を想像してぞっとする。
「冗談じゃないぞ」
死んだ後も一生ルーシェンを縛りたいとは思わないけど、まだまだ全然死にたくない。婚約旅行だって半分もしてないんだぞ。
「ミサキ様?」
『ポリム、譲二さん、雲の谷へ出かけて、すぐ心臓を治して即砦に戻りましょう。その際は必殺技の一つも覚えて兵士たちの前で披露する事にします。すみませんが二人とも付き合ってください』
「もちろんです!」
やる気出たぞ。どんな手を使ってでも生き延びて、強くなって帰ってきてやる。あんな真っ黒オーラの男に負けてたまるか。
***
『準備終わりました?』
「はい。あとはいつでも出発できます」
浮島の動力部で魔法石を調整していたホレスに作業完了の報告をもらう。
ロベルトさんと如月以外のみんなはもう浮島に戻っていたので、二人が戻ってきたら出発する事になった。
さっきも砦の部屋で心臓がズキズキ痛くなったし(それはエルヴィンのせいだけど)治療するなら早い方がいい。だから雲の谷へ早く出発したほうがいいのは分かってるけど、ルーシェンとここでお別れするのは寂しすぎる。会議が終わるまでのわずかな時間でもルーシェンを眺めて、横顔を心に刻んでおこうと砦の会議室に向かった。
あれ?
なんだか嫌な気配がする。遠くの方で。
敵意むき出しの凶暴な何かが、北の方角から近づいている。
俺は急いで隣国が見渡せる石造りの展望台へ走っていき、遠くの空と森を見渡した。
「ミサキ様、どうなさいました?」
『何かいます』
何かいる。魔物だと思う。空を飛ぶ大群と、森の中を進む何か。
「王太子妃様、何かご用ですか?」
見張り台にいた兵士に声をかけられる。
『あの森の中、その上空に何か見えませんか?』
「……今のところ何も」
この世界の人はけっこう目がいいはずなんだけどな。
訝しそうな見張りの兵士達に、何かの魔物が来る事を告げて、今度は会議室に走った。
「シュウヘイ、どうした」
『魔物が来ます。空を飛んでくる大群と、森の中を進む大型の魔物が……』
ルーシェンとアークさん、ロベルトさんはすぐに顔を見合わせた。エルヴィンだけが馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「王太子妃様、見張りからはなんの連絡もありませんので心配無用ですよ」
「王子、私が近くの森に転移して何の魔物か様子を見て参ります」
「ハルバート、頼む。アークとエルヴィンは戦闘の準備だ」
「かしこまりました」
「しかし王子」
ルーシェンはエルヴィンに向き直った。
「エルヴィン、お前は知らないと思うが、シュウヘイの魔物探知能力はここにいる誰よりも優れている。早く部下に指示を出せ」
『魔力はないですが、接近する魔物くらいは分かるんです』
悔しそうなエルヴィンにそう言ってちょっとだけすっきりした。
アークさんとエルヴィンと如月が出ていくと、ルーシェンは俺とロベルトさんに向き直った。
「ロベルト、お前は今すぐシュウヘイを連れて雲の谷へ向かえ」
「かしこまりました」
『ルーシェン、もう少し一緒にいます。せめて魔物がいなくなるまで』
そう言うとルーシェンは少し悲しそうな顔で笑った。
「シュウヘイ、魔物はこの先いくらでも襲来する。数が少ない今のうちに出発した方がいい」
『でも……』
いきなりお別れなんて嫌だ。戦いに出るルーシェン達を置いて逃げるなんて。
その場から動けないでいると、ルーシェンにいきなりひょいっと抱えられた。いつかの荷物みたいな抱えられ方だ。
『お、おろしてください』
そのまま部屋を出て、浮島のくっついている橋までやってくるとようやくおろされた。
『ルーシェン……』
「花粉がおさまったらまたすぐに会えると言ったのはシュウヘイだろう?」
たしかに言ったけども。
「だから無事に雲の谷へ行って、心臓を治してきてくれ」
ルーシェンはそう言って自分の身につけている青いマントを脱ぎ、俺に着せてくれた。ルーシェンの腕に包まれているみたいで気持ちいい。
『これ……』
「次に会った時返してくれたらいい」
『分かりました。ルーシェンも、絶対に無事でいてください』
「分かった」
腕を伸ばしてルーシェンを抱きしめる。まわりにロベルトさんやポリムや譲二さんをはじめ、浮島にも砦にも兵士たちがいるのが分かってたけど、我慢できなくてそのままキスをした。
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