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16 すでに泣きそう

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 キスした後でぎゅっと抱きついて、頭を胸のあたりに擦り付ける。離れたくないけど、いつまでもそうしているわけにもいかないので顔をあげてルーシェンを見ると、昨日の夜とか今までの甘々な日々が思い出されて悲しくなった。

「王子、ハルバート殿が戻って参りました」
「分かった」

 フィオネさんに声をかけられて、先にルーシェンが手を離す。見れば数メートル先に歩いてくる如月が見えた。

「王子、森の中に手負いの人喰いワームが一頭いて、それがゆっくりとこちらに向かっています。それを狙って陸に大トカゲの群れと、空に黒鳥の群れがいるようです」

「人喰いワームか……大きさは?」
「砦の正門と同じほどの大きさです」
「そうか」

 砦の正門って、このダムみたいな砦の下の方にある巨大な門の事だよな。けっこうデカくないか?

「ハルバート、ロベルトと一緒に今のうちに砦を出発してくれ。シュウヘイを頼む」
「かしこまりました」

『ルーシェン、気をつけて……』

 ルーシェンは俺の頭を撫でて、それからすぐに向きを変え砦の回廊を歩いて行った。フィオネさん達従者が俺に頭を下げてルーシェンの後を追う。

 ルーシェン、やっぱり生まれながらの王子様だな。決断も切り替えも早い。すっかり上に立つ者の顔になってた。

「ミサキ様、我々も浮島に参りましょう」

 譲二さんに声をかけられて頷く。

『如月、ロベルトさん、雲の谷までよろしくお願いします』

***

 砦にかけられていた橋が外されて、浮島は動き始めた。砦が少しずつ遠くなる。
見張りに立っていた砦の兵士達が数人、頭を下げて見送ってくれた。

 寂しい。俺はすでに泣きそうだ。
 婚約旅行に出発した時はもっと大人数で、ルーシェンもそばにいたのに。今浮島にいるのは少しの従者と兵士と若い飛竜たちだけ。やっぱり砦に残りたかった。戦いには参加できなくても、疲れて帰ってきたルーシェンのために何かしてあげられたかもしれないのに。

「ミサキ様、ここは危険ですから室内に入りましょう」

 ポリムに言われて頷く。

「そうですね。黒鳥はかなりの大群でしたから、砦を超えてこの浮島も襲ってくるかもしれません」

『如月、黒鳥って恐ろしい魔物なんですか? 人喰いワームっていうのは?』

 大トカゲ……は以前旅をしていた時に間近で見たことがある。三メートルくらいの小型の恐竜みたいな生き物だった。黒鳥はよく分からないけど、人喰いワームは名前からして怖い。

「人喰いワームというのは、巨大な口を持つ蛇のようなものですかね……砂漠や森に住んでいてよく人や動物を襲います。魔法はそれほど得意ではありませんが、大型で力が強く、撒き散らす毒が厄介な魔物ですね。黒鳥は大きさはそれほどでもありませんが、数が多くて獰猛です」

『ルーシェン、大丈夫でしょうか』

「大丈夫です」
「王子なら大丈夫でしょう」
「王子は大丈夫ですよ」

 俺の泣き言に、ロベルトさんと譲二さんと如月の三人が口を揃えた。ちょっとびっくりだ。

『どうしてですか?』

「王子は強い方です」
「戦闘経験が豊富で判断力にも統率力にも優れています」
「ミサキ様と離ればなれで機嫌が悪いですから、その恨みは魔物に向けられるでしょう」

 如月の発言にロベルトさんと譲二さんはなんとも言えない顔をした。

『ありがとうございます。みんながそう言うなら安心です』

 三人の言葉に安心した俺だけど、ルーシェンのことばかり心配していて、自分のことはあまり考えていなかった。判断力のあるルーシェンが、どうしてロベルトさんと如月を俺につけたのか。そのうち俺はルーシェンの判断が正しかったことを、身をもって実感することになる。



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