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雲の谷へ
15 影喰い
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「ミサキ様、もう泣かないでください」
『すみません……俺がもう少しはやく気づいていたら』
俺たちは壁のように続く岩山の少しだけ平らになった場所に避難していた。カゲクイに食われて飛竜が一頭犠牲になり、四頭になってしまった。さすがに飛竜の名前までは覚えてなかったけど、それでもショックだ。相棒だった飛行部隊の隊員はもっとショックなんじゃないかと思う。
怪我をした隊員と飛竜を回復しているポリムを涙目で眺めていたら、テレサさんが俺の横にやって来た。
「ミサキ様がいなければ、私たち全員が影喰いに飲み込まれていました。影喰いに遭遇して飛竜一頭の犠牲で済んだのは奇跡です」
『何かいることは分かっていたのに……すみません。テレサさん達がせっかく育てた飛竜が』
「遠征に出れば、飛竜や兵士が犠牲になることはよくある事なのです。トレーナーはそれを承知で飛竜を育てています。もちろん兵士達も、命をおとす覚悟で任務にあたっています。ミサキ様、あまりお心を痛めないでくださいませ」
テレサさんが渡してくれた布で涙を拭いた。飛行部隊兵は誰も泣いてない。俺とは覚悟が違うんだろうな。でも俺には無理。誰かが死ぬところは見たくない。もちろん飛竜も。
俺がめそめそしている間に、ロベルトさんが周辺の岩山に魔法陣を描き、譲二さんが荷物の中から敷物を出してその場に広げた。
「ミサキ様、こちらへどうぞ」
敷物は怪我をした隊員のベッドかと思ったら、俺用だった。俺が座ると、みんなが周りに集まった。怪我をした隊員が膝をつくので、慌てて座ってもらうように促す。
『怪我は大丈夫ですか?』
「はい。ポリム様の魔法で回復いたしました。足を失わずに済んだのはミサキ様のおかげです」
回復したと分かっていても、血まみれのズボンを見ると胸が痛くなる。もう一人の隊員はかすり傷程度ですんだみたいだ。
『無事で良かったです』
「ミサキ様、集落で休憩する予定でしたが不可能になりましたので、今日はここで一泊しようと思います」
ロベルトさんが続けた。
「飛竜が四頭になりましたので、二人騎乗する飛竜が増えることになります。長時間の高速飛行は中止し、休憩を増やしながら進みますので、雲の谷への到着が予定より遅れます」
『分かりました』
たしか最初の予定では浮島で三日だったよな。飛竜だと一日くらいで到着できるって話だったけど、もう少しかかるのか。
『食糧は大丈夫ですか? 飛竜の餌も』
「この辺りの動物は花粉の影響を受けているかもしれませんので狩りで食料は調達しません。一食を少し減らすつもりです。ミサキ様の食事は確保していますのでご安心を。食料は本来なら先程の集落で調達する予定でした。あの集落は今は無人ですが、住人達が砦に避難しているだけですので」
と言うことは、砦の人たちは住む場所や家を失ったって事なのか。かわいそうに。
『カゲクイはどうしますか?』
「この人数では影喰いを討伐することは難しいでしょう。花粉が落ち着いてから、大規模な討伐隊を組むしかありません。近隣の街は凶暴化した魔物を警戒していますので、大きな被害は出ないと思われます」
『そうですか』
「あんな恐ろしい魔物、初めて見ましたわ。火竜も恐ろしかったですけど、姿が見えないなんて」
ポリムが震える声でそう言う。ポリムは戦闘員じゃないもんな。俺の婚約旅行について来ただけなんだ。
「影喰いは地面に潜んで、旅行者や他の魔物を丸呑みする魔物だ。独自の魔力で頭上にいる生き物の存在を察知すると言われている。遭遇すればほぼ助からない危険度の高い魔物だが、普段はもっと北の方に生息していてそれほど移動することがない。これほど移動しているのは、花粉の影響だろうな」
もしも討伐隊が組まれたら、俺も参加しよう。俺ならどこにいるか察知できるから。退治しないとこの辺りの人は安心して暮らせないからな。
ロベルトさんが岩山の周辺に防御魔法を張り巡らせてくれて、みんな休息をとることになった。さっきの戦闘と、雨に打たれながらの移動は想像以上にみんなを疲弊させていたらしい。
譲二さんとポリムが暖かい野草のスープを用意してくれて、それをみんなで飲む。あとは朝と同じ携帯用のお肉。焼いて食べるととても美味しい。
「ミサキ様、これくらいしか出来ませんけど……」
『自分でするからいいですよ』
ポリムは食事の後、濡れた布で俺の手足を拭いてくれる。着替えまで準備されていた。近くに水辺がないから顔を拭けるだけで満足なんだけど、ポリムにはそれが許せないらしい。
「ミサキ様をいつも可愛らしくすることが私の使命ですのに……満足にできなくて不甲斐ないです。粗末な食事に着替え、入浴もできず岩場に雑魚寝するしかないなんて……」
『全然平気です』
むしろ雑魚寝はちょっと嬉しいぞ。
『すみません……俺がもう少しはやく気づいていたら』
俺たちは壁のように続く岩山の少しだけ平らになった場所に避難していた。カゲクイに食われて飛竜が一頭犠牲になり、四頭になってしまった。さすがに飛竜の名前までは覚えてなかったけど、それでもショックだ。相棒だった飛行部隊の隊員はもっとショックなんじゃないかと思う。
怪我をした隊員と飛竜を回復しているポリムを涙目で眺めていたら、テレサさんが俺の横にやって来た。
「ミサキ様がいなければ、私たち全員が影喰いに飲み込まれていました。影喰いに遭遇して飛竜一頭の犠牲で済んだのは奇跡です」
『何かいることは分かっていたのに……すみません。テレサさん達がせっかく育てた飛竜が』
「遠征に出れば、飛竜や兵士が犠牲になることはよくある事なのです。トレーナーはそれを承知で飛竜を育てています。もちろん兵士達も、命をおとす覚悟で任務にあたっています。ミサキ様、あまりお心を痛めないでくださいませ」
テレサさんが渡してくれた布で涙を拭いた。飛行部隊兵は誰も泣いてない。俺とは覚悟が違うんだろうな。でも俺には無理。誰かが死ぬところは見たくない。もちろん飛竜も。
俺がめそめそしている間に、ロベルトさんが周辺の岩山に魔法陣を描き、譲二さんが荷物の中から敷物を出してその場に広げた。
「ミサキ様、こちらへどうぞ」
敷物は怪我をした隊員のベッドかと思ったら、俺用だった。俺が座ると、みんなが周りに集まった。怪我をした隊員が膝をつくので、慌てて座ってもらうように促す。
『怪我は大丈夫ですか?』
「はい。ポリム様の魔法で回復いたしました。足を失わずに済んだのはミサキ様のおかげです」
回復したと分かっていても、血まみれのズボンを見ると胸が痛くなる。もう一人の隊員はかすり傷程度ですんだみたいだ。
『無事で良かったです』
「ミサキ様、集落で休憩する予定でしたが不可能になりましたので、今日はここで一泊しようと思います」
ロベルトさんが続けた。
「飛竜が四頭になりましたので、二人騎乗する飛竜が増えることになります。長時間の高速飛行は中止し、休憩を増やしながら進みますので、雲の谷への到着が予定より遅れます」
『分かりました』
たしか最初の予定では浮島で三日だったよな。飛竜だと一日くらいで到着できるって話だったけど、もう少しかかるのか。
『食糧は大丈夫ですか? 飛竜の餌も』
「この辺りの動物は花粉の影響を受けているかもしれませんので狩りで食料は調達しません。一食を少し減らすつもりです。ミサキ様の食事は確保していますのでご安心を。食料は本来なら先程の集落で調達する予定でした。あの集落は今は無人ですが、住人達が砦に避難しているだけですので」
と言うことは、砦の人たちは住む場所や家を失ったって事なのか。かわいそうに。
『カゲクイはどうしますか?』
「この人数では影喰いを討伐することは難しいでしょう。花粉が落ち着いてから、大規模な討伐隊を組むしかありません。近隣の街は凶暴化した魔物を警戒していますので、大きな被害は出ないと思われます」
『そうですか』
「あんな恐ろしい魔物、初めて見ましたわ。火竜も恐ろしかったですけど、姿が見えないなんて」
ポリムが震える声でそう言う。ポリムは戦闘員じゃないもんな。俺の婚約旅行について来ただけなんだ。
「影喰いは地面に潜んで、旅行者や他の魔物を丸呑みする魔物だ。独自の魔力で頭上にいる生き物の存在を察知すると言われている。遭遇すればほぼ助からない危険度の高い魔物だが、普段はもっと北の方に生息していてそれほど移動することがない。これほど移動しているのは、花粉の影響だろうな」
もしも討伐隊が組まれたら、俺も参加しよう。俺ならどこにいるか察知できるから。退治しないとこの辺りの人は安心して暮らせないからな。
ロベルトさんが岩山の周辺に防御魔法を張り巡らせてくれて、みんな休息をとることになった。さっきの戦闘と、雨に打たれながらの移動は想像以上にみんなを疲弊させていたらしい。
譲二さんとポリムが暖かい野草のスープを用意してくれて、それをみんなで飲む。あとは朝と同じ携帯用のお肉。焼いて食べるととても美味しい。
「ミサキ様、これくらいしか出来ませんけど……」
『自分でするからいいですよ』
ポリムは食事の後、濡れた布で俺の手足を拭いてくれる。着替えまで準備されていた。近くに水辺がないから顔を拭けるだけで満足なんだけど、ポリムにはそれが許せないらしい。
「ミサキ様をいつも可愛らしくすることが私の使命ですのに……満足にできなくて不甲斐ないです。粗末な食事に着替え、入浴もできず岩場に雑魚寝するしかないなんて……」
『全然平気です』
むしろ雑魚寝はちょっと嬉しいぞ。
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