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カム

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月曜日、午前9時(ラウル編)

4 ぎゃーっ!噛まれた!

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「おっと」

 状況にそぐわないオッサンののんびりした声が聞こえた。
 何があったんだ!?
と思った瞬間、唸り声と共に何かが飛びかかってきた。

「うわっ!」

 ドカッと体に鈍い衝撃が走る。暗くて見えないから余計怖い!
 俺は焦って入ってきたドアから出ようとしたが、首を掴まれ、背中からはがいじめにされた。大型の四つ足動物だと思っていたのに、この動きは予想外だ。

「ぐえっ」

 息が詰まって妙な声が出る。苦しい!
 じたばたと暴れたが、俺を掴んでいる奴は力が強く、身動き取れない。
 生温い息が首筋にかかったと思った瞬間、鋭い牙が肩に食い込むのを感じた。

 ぎゃーっ!噛まれた!俺、上半身裸だった。噛まれるとダイレクトに痛い。せめて木こりベストを着ておけば良かった。

 その動物は俺の肩に噛みついたまま、片方の腕?で首を絞めるという荒技を使って攻撃してきた。

「痛い!離せ!」

 首がじわじわと締められ、頭に血が昇って息が苦しい。

「大丈夫か!?兄ちゃん」

 オッサン、助けてくれ!
 声にならない声で助けを求めていると、ふいに部屋が明るくなった。オッサンが(俺から見れば)優雅に、ランプのような灯りを掲げていた。

「ヴーッ……」

 ふいに俺を押さえている動物の唸り声が止んだ。

あれ?動物?

 明るくなって視界に入ったのは、相変わらず渋い顔の、ランプを持ったオッサンと、俺の首の下に回されてる手。あと肩に噛みついている奴の頭が少しだけ見える。

 なんだか動物っぽくないな。
 俺は酸欠になりそうな頭でそんな事を考えた。


「っ、はーっ!……はあ、はあっ」

 急に息が楽になった。
 首を絞めていた手が離れたみたいだ。助かった。
 俺の肩に噛みついていた奴は、そっと噛むのを止めると不思議そうな顔で俺の顔を覗きこんだ。

 茶色いふわふわした髪。瞳の色は淡い水色だ。
 目はなんとなく猫の目に似ているけど、顔はどう見ても人間の若い男そっくりだった。唯一、茶色い髪の中に妙な物が見えたが。

 あれ、何だろう。角か?
 羊が持っているまるっこい角に似た物が、男の頭の左右にくっついている。

 その羊の角を持った男は、俺の顔をしばらくじっと見て、それから俺の肩についた歯型にぺろりと舌を這わせた。

 ペロペロ

 うへーっ……。舐められてる。

「わ、わかった。もういいから放してくれ」

 俺の肩を舐めるやつに言ってみたが全然通用しない。
『舐めないでください』なんて単語しらねーぞ!

「はっ、俺の狙い通り、兄ちゃんには懐いたな」

 オッサンが満足そうに頷く。そんな事よりこいつをどうにかしてくれ。

 角男は俺と同じように上半身裸で、膝までのだぼっとしたパンツにサンダルという姿だ。背は俺より高い。多分180センチくらいあるんじゃないだろうか。
 とにかくそんな男に背後から抱きつかれて舐められてみろ。いろんな意味で腰にくるんだ。

「オッサン!助けてくれ」
「仲間だと思ってるんだろうな~。よし、兄ちゃん、薬をとってくるから待っていてくれ」

 おい!
 オッサンはランプを置いて小屋を出て行った。
 今度からは絶対に非常用の言葉は覚えて使えるようにしておこう。
『助けてください』とか。

 大体なんでこいつ、俺には懐くんだよ。仲間に見えるか?確かに似たような髪の色で上半身裸だけど、共通点それだけだろ。

「わあっ」

 角の生えた男は俺を抱きかかえたまま床に座り込んだ。

「は、放せ」

 パタパタと何かの音がする。何の音だろうと首をひねってみると、動物の尻尾のようなものが床にあたる音だった。ライオンの尻尾みたいだ。いや、それより細いな。茶色で先がすこしだけふさふさしてる。考えたくないが、多分こいつの尻尾なんだろうな。

 角と尻尾持ちの男は俺の頬を舐めると、
「ラウル」
と言った。
言葉を話せたのか。

『ラウル?』

 俺の答えに男はにこっと子供のような無邪気な笑顔を見せる。

「ラウル……ラウル」

ラウルって何だ?

「なまえ」

 名前?
 あ、もしかしてラウルってこいつの名前か?俺が無言でいると、そいつは急に悲しそうな顔になった。
仕方なく
『ラウル』
と呼ぶと嬉しそうに笑って尻尾をパタパタさせる。

「なまえ……なまえ」

 俺の名前を聞いてるのかな?

『私の名前は岬修平です』
「みさ、しゅへ……」
『修平』
「しゅーへー」
『修平』
「シュウヘイ」

 頷くと、ラウルは「シュウヘイ、シュウヘイ」と繰り返した。
 なんていうか……同い年くらいの男だと思うと奇妙な感じがするけど、動物だと思うと可愛いな。俺に懐いてるし。

「シュウヘイ、なかま」

 やっぱり仲間だと思われてたのか。

『いいえ、違います』
「なかま」

 俺はラウルのはがいじめからどうにか抜け出すと、振り返ってラウルの角と尻尾を指さした。

「俺にはないだろ?仲間じゃないんだよ」
「?」

 分かってなさそうだな。
というより、振り返って気付いたがラウルには手足に傷があった。けっこう痛そうだ。血がにじんでこびりついてる。
オッサンが手当てと言ってたのはこれか。それに、首と手首にベルトのような物を巻いていた。まさかとは思うが……首輪か?

「ラウル……お前、誰かにひどい事されたのか?」

 首輪のようなものに手を伸ばすと、ラウルは俺の手をとって指をパクっと口に含んだ。うわーっ。背中がぞくぞくする。

「ラウル、よせ!怒るぞ」

 ラウルは俺の指をペロペロ舐めた後、にっこり笑って再び俺に抱きついた。

「ラウル、シュウヘイすき」

 ラウルのペロペロ攻撃を何とかかわそうと無駄な努力をしていると、オッサンが戻ってきた。

「よしよし、すっかり打ち解けてるな~」

 オッサンは鼻歌を歌いながらバケツと紙袋を持ってこっちに近づいてきた。

「ヴーッ」

 オッサンを見るとラウルの様子が一変した。露骨に警戒して唸ってる。
 俺にしがみついている手に力がこもって地味に痛い。

「ラウル、オッサンは大丈夫だ」

 多分。
 手当てしようとしてるし、俺はなんとなく人を見る目はある(気がする)
オッサンは変人だが動物愛は感じるしな。
 俺の言葉にラウルは唸るのは止めたが、それでもまだオッサンへの警戒心は解いていないようだった。

「俺は噛みつかれそうだから、兄ちゃん傷の手当て頼むよ。これ薬な」

 オッサンは紙袋からいろいろと取り出した。
 何となくもとの世界の救急グッズと似ているから俺にも出来そうだ。
 バケツの中は水で、タオルも一緒に置いてある。多分ラウルが汚れてるから拭いたらいいんだろうな。消毒とかないのか?
 俺は身ぶり手ぶりと片言の単語でオッサンにあれこれ聞き、手当の手順を理解した。

 オッサンはラウルが警戒しないように部屋の隅でタバコを吸い始めた。
 ラウルが鼻をぴくぴくさせて顔をしかめる。ラウルがオッサンを嫌っているのはあのタバコが原因の一つなんじゃないか?

「ラウル、ちょっと離れてくれ」
「?」

 ああ……言葉の通じない世界。疲れるぞ。
 仕方なく俺はラウルを背中に背負ったままタオルを水でぬらした。それからラウルの足を掴んで、傷から遠い場所から濡れタオルで拭いていった。

「シュウヘイ、つめたい」
「我慢しろ」

 いきなり傷口にタオルを当てるとびっくりしそうだしな。それにしてもこいつ、血と泥でけっこう汚れてる。
 傷口を綺麗な部分でそっとぬぐうと、ラウルの体がびくっとはねた。

「痛いのか?ごめんな。あと少しだから」

 ラウルがぎゅうっと俺にしがみついてくる。何だか悪い事をしてる気分だ。

「シュウヘイ……」

 ラウルは耳元で泣きそうな声で俺に訴える。無視だ、無視。
 無視していると、耳が温かくて湿ったものに覆われた。

 うわ!
 ラウルが俺の耳を甘噛みしてきた。
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