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木曜日、午後5時(ルーシェン編)
10 俺に床で寝ろと言うのか
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「……確かに、国民との間に距離を置かないように努力をするべきだとは思っていたが……しかし庶民の入浴の護衛をする事になるとは……まがりなりにも俺は王子だぞ。たとえ誰も見ていなくても王子の権威というものが……」
この粉はシャンプーかな?なかなかいい匂いだ。目を瞑るのは怖いからさっとかけてさっと洗おう。
浴室の入り口では、ようやくシャツとズホンを身につけたルーシェン王子が、こっちに背中をむけてブツブツ言っている。BGMにはちょうどいい。
さっと粉をかけて、さっとお湯洗い。
「うぁお」
目に入った!しみるぞ。
「大丈夫か?」
『こっち見ないでください』
「目を閉じて洗わないからだ」
ルーシェンがやってきて、俺の頭にお湯をかける。なんだこの子供扱い。
「まったく……王子の俺にこんな事までさせるとは、お前はただ者ではないな」
王子がお人好し過ぎるだけだと思うけど。ルーシェン王子は俺の髪を洗うと、そのまま肩に手を置いた。そして腕を掴んだかと思うとマッサージのようにモミモミ。さらに背中を手でなぞる。
『な……にするんですか?』
いや、見ててくださいとは言ったけども。
「シュウヘイはもう少し鍛えた方がいいな。軽量化がすすんでいるとはいえ、斧やハンマーは扱うのが厳しいだろう?」
『持つ予定ありません』
そんな事より腕や背中を触るな。くすぐったいしぞくぞくする。
「この背中の傷は戦闘での負傷じゃないのか?」
『違います。不慮の事故です。あ……あっ』
うわ、変な声出た。
「すまない。痛かったか?」
『大丈夫です。向こうに行ってください』
王子は俺の失礼な言葉にも文句を言わず引き下がった。
俺は王子を追い払うと、そそくさと浴槽に浸かる。もう薬はとっくに切れたはずなのに、背中触られたくらいで体の奥がムズムズしてる。もっと気持ちよくなりたいとか、ちょっと大きくなったとか何だよこれ。気持ちいいだけじゃないだろ、痛くて大変な目にもあってるだろ。それを忘れるな。
「おしっ!」
温めたり冷やしたりして気合いを入れ直し、落ち着いてから浴室を出ると、ルーシェン王子は扉のすぐそばで待っていてくれた。
「寝室は二部屋ある。俺は右の部屋を使っているからシュウヘイは左側を使ってくれ」
『わかりました』
ルーシェンと別れて左の部屋に入る。
屋根裏部屋みたいなベッドとチェストだけのこじんまりした部屋だ。部屋の雰囲気はいい。
ベッドにリュックを置いて横になると、明るかった部屋が急に暗くなった。
「!?」
何で急に真っ暗?魔法にも消灯時間があるのか?
嫌な予感がしてベッド横の窓に目をやる。真っ暗なのに何故か見えた。
ガラス一面に……黒い手が。
「無理!!」
俺はリュックを掴んで部屋を飛び出すと、ルーシェン王子の部屋の扉をガンガン叩いた。
「どうした、シュウヘイ」
扉が開くと同時に俺はルーシェン王子に飛び付く。
『て、て、手が……!』
「手?」
『窓に手があります!黒いの』
「ああ、あれか」
ルーシェン王子の部屋はまだ灯りがついていて、ベッド脇の窓にはカーテンがかかっていた。
王子が俺を引きずったままベッドに移動し、カーテンを開ける。
「ギャー!!」
そこには窓ガラスにぴったりとはりついて、空洞のような目でこっちを見つめる顔があった。
「気になるならカーテンを閉めろ」
アホか!
ガラスと布一枚で恐怖心がなくなるわけないだろ。どういうメンタルしてるんだよ。
『無理!無理です怖いです。カーテン閉めてください』
やれやれ、と肩をすくめながらルーシェン王子がカーテンを閉め、顔は見えなくなった。
「大丈夫だ。あれは家の中には入ってこない。窓を開けなければ安全だ」
そんな事信用できるか!魔法建造物だし奴には足がないんだぞ。
だがルーシェン王子は恐怖で騒ぐ俺を見ても全然動じなかった。
「あれもこの村の魔法の一部だ。長時間動くし力も強いが、命令通りの行動しかとれない。俺の分析では、夜間村の外にいる生き物を城に連れていくという命令しか受けていない。明るくなれば消える。安心して眠れ」
本当に幽霊とは別物なのか……?
『……勝手に灯りが消えました』
「ベッドに横になれば暗くなるんだ。よくできている」
そう言ってルーシェン王子がベッドに腰かけると、部屋が真っ暗になった。
「うわぁ!いきなり消すな」
「シュウヘイ!?」
ベッドの上のルーシェンを引っ張って立たせると、しばらくして部屋に灯りが戻った。
『ベッドに寝たら駄目です』
「俺に床で寝ろと言うのか?」
『徹夜で語り合いましょう』
「……何という強引な男だ。お前の世界に王族はいないのか?」
ルーシェン王子の言葉を無視して、俺は床にクッションやベッドカバーを敷いた。リックに貰った瓶入りの光る石を取り出し、万が一の暗闇に備える。ついでに飛竜のお守りも準備した。
最初は呆れていたルーシェンも、気分が乗ってきたのか一階に酒とつまみを取りに行くと言うので、俺もコバンザメのようにくっついて行った(一人は怖いからだ)
「ここにしばらくいるが、こんな夜は初めてだ」
『私もです』
「誰かと飲むのはいいものだな。いつもよりずっと酒が旨い」
『先に寝ないでください』
俺は入り口に近い場所に座り、窓は見ないようにしながらルーシェン王子のグラスに酒を注いだ。
先に酔って寝られると怖いから、途中からルーシェンの酒は大部分水とジュースを混ぜている。俺は早く寝たいからほぼ酒だ。未成年だけど、怖いんだから仕方ない。異世界だし許してもらおう。
『ルーシェンはいくつですか?』
「俺は二十歳だ。多分」
一歳年上か。
『多分?』
「二十歳の誕生日の前日、この村に閉じ込められた。あれから何日過ぎたのか分からないが一年は過ぎていないと思う」
一年。
こんな所に一年近くいるのか……ルーシェンは。俺なら耐えられない。
「村に閉じ込められなければ、誕生日の式典が行われ、正式に次期国王に任命される予定だった」
『ルーシェン』
「愚痴になってしまったな。今そんな事を考えても仕方ないんだが」
『ルーシェン、二十歳の誕生日おめでとう!』
「シュウヘイ?」
『ルーシェンは立派な国王です。二十歳のルーシェンに乾杯~!』
グラスを合わせると一気飲みした。石の光がグラスに反射して綺麗だ。
あれ……?なんか俺、酔ってる?
この粉はシャンプーかな?なかなかいい匂いだ。目を瞑るのは怖いからさっとかけてさっと洗おう。
浴室の入り口では、ようやくシャツとズホンを身につけたルーシェン王子が、こっちに背中をむけてブツブツ言っている。BGMにはちょうどいい。
さっと粉をかけて、さっとお湯洗い。
「うぁお」
目に入った!しみるぞ。
「大丈夫か?」
『こっち見ないでください』
「目を閉じて洗わないからだ」
ルーシェンがやってきて、俺の頭にお湯をかける。なんだこの子供扱い。
「まったく……王子の俺にこんな事までさせるとは、お前はただ者ではないな」
王子がお人好し過ぎるだけだと思うけど。ルーシェン王子は俺の髪を洗うと、そのまま肩に手を置いた。そして腕を掴んだかと思うとマッサージのようにモミモミ。さらに背中を手でなぞる。
『な……にするんですか?』
いや、見ててくださいとは言ったけども。
「シュウヘイはもう少し鍛えた方がいいな。軽量化がすすんでいるとはいえ、斧やハンマーは扱うのが厳しいだろう?」
『持つ予定ありません』
そんな事より腕や背中を触るな。くすぐったいしぞくぞくする。
「この背中の傷は戦闘での負傷じゃないのか?」
『違います。不慮の事故です。あ……あっ』
うわ、変な声出た。
「すまない。痛かったか?」
『大丈夫です。向こうに行ってください』
王子は俺の失礼な言葉にも文句を言わず引き下がった。
俺は王子を追い払うと、そそくさと浴槽に浸かる。もう薬はとっくに切れたはずなのに、背中触られたくらいで体の奥がムズムズしてる。もっと気持ちよくなりたいとか、ちょっと大きくなったとか何だよこれ。気持ちいいだけじゃないだろ、痛くて大変な目にもあってるだろ。それを忘れるな。
「おしっ!」
温めたり冷やしたりして気合いを入れ直し、落ち着いてから浴室を出ると、ルーシェン王子は扉のすぐそばで待っていてくれた。
「寝室は二部屋ある。俺は右の部屋を使っているからシュウヘイは左側を使ってくれ」
『わかりました』
ルーシェンと別れて左の部屋に入る。
屋根裏部屋みたいなベッドとチェストだけのこじんまりした部屋だ。部屋の雰囲気はいい。
ベッドにリュックを置いて横になると、明るかった部屋が急に暗くなった。
「!?」
何で急に真っ暗?魔法にも消灯時間があるのか?
嫌な予感がしてベッド横の窓に目をやる。真っ暗なのに何故か見えた。
ガラス一面に……黒い手が。
「無理!!」
俺はリュックを掴んで部屋を飛び出すと、ルーシェン王子の部屋の扉をガンガン叩いた。
「どうした、シュウヘイ」
扉が開くと同時に俺はルーシェン王子に飛び付く。
『て、て、手が……!』
「手?」
『窓に手があります!黒いの』
「ああ、あれか」
ルーシェン王子の部屋はまだ灯りがついていて、ベッド脇の窓にはカーテンがかかっていた。
王子が俺を引きずったままベッドに移動し、カーテンを開ける。
「ギャー!!」
そこには窓ガラスにぴったりとはりついて、空洞のような目でこっちを見つめる顔があった。
「気になるならカーテンを閉めろ」
アホか!
ガラスと布一枚で恐怖心がなくなるわけないだろ。どういうメンタルしてるんだよ。
『無理!無理です怖いです。カーテン閉めてください』
やれやれ、と肩をすくめながらルーシェン王子がカーテンを閉め、顔は見えなくなった。
「大丈夫だ。あれは家の中には入ってこない。窓を開けなければ安全だ」
そんな事信用できるか!魔法建造物だし奴には足がないんだぞ。
だがルーシェン王子は恐怖で騒ぐ俺を見ても全然動じなかった。
「あれもこの村の魔法の一部だ。長時間動くし力も強いが、命令通りの行動しかとれない。俺の分析では、夜間村の外にいる生き物を城に連れていくという命令しか受けていない。明るくなれば消える。安心して眠れ」
本当に幽霊とは別物なのか……?
『……勝手に灯りが消えました』
「ベッドに横になれば暗くなるんだ。よくできている」
そう言ってルーシェン王子がベッドに腰かけると、部屋が真っ暗になった。
「うわぁ!いきなり消すな」
「シュウヘイ!?」
ベッドの上のルーシェンを引っ張って立たせると、しばらくして部屋に灯りが戻った。
『ベッドに寝たら駄目です』
「俺に床で寝ろと言うのか?」
『徹夜で語り合いましょう』
「……何という強引な男だ。お前の世界に王族はいないのか?」
ルーシェン王子の言葉を無視して、俺は床にクッションやベッドカバーを敷いた。リックに貰った瓶入りの光る石を取り出し、万が一の暗闇に備える。ついでに飛竜のお守りも準備した。
最初は呆れていたルーシェンも、気分が乗ってきたのか一階に酒とつまみを取りに行くと言うので、俺もコバンザメのようにくっついて行った(一人は怖いからだ)
「ここにしばらくいるが、こんな夜は初めてだ」
『私もです』
「誰かと飲むのはいいものだな。いつもよりずっと酒が旨い」
『先に寝ないでください』
俺は入り口に近い場所に座り、窓は見ないようにしながらルーシェン王子のグラスに酒を注いだ。
先に酔って寝られると怖いから、途中からルーシェンの酒は大部分水とジュースを混ぜている。俺は早く寝たいからほぼ酒だ。未成年だけど、怖いんだから仕方ない。異世界だし許してもらおう。
『ルーシェンはいくつですか?』
「俺は二十歳だ。多分」
一歳年上か。
『多分?』
「二十歳の誕生日の前日、この村に閉じ込められた。あれから何日過ぎたのか分からないが一年は過ぎていないと思う」
一年。
こんな所に一年近くいるのか……ルーシェンは。俺なら耐えられない。
「村に閉じ込められなければ、誕生日の式典が行われ、正式に次期国王に任命される予定だった」
『ルーシェン』
「愚痴になってしまったな。今そんな事を考えても仕方ないんだが」
『ルーシェン、二十歳の誕生日おめでとう!』
「シュウヘイ?」
『ルーシェンは立派な国王です。二十歳のルーシェンに乾杯~!』
グラスを合わせると一気飲みした。石の光がグラスに反射して綺麗だ。
あれ……?なんか俺、酔ってる?
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