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カム

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土曜日、午後6時

2 それは頭の出来が違うから

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「修平……ごめん」

 聞こえてきたのは、普段の落ち着いた親友からは想像できないほど消え入りそうな声だった。

 振り向いて顔を見ようと思うけど、康哉は俺の肩に顔を埋めていてよく見えない。まさか泣いてるんじゃないよな。

「康哉……大丈夫か?」

 尋ねると康哉は顔を上げた。
 泣いてなかった。そうだよな、親友が泣いてる所一度も見たことない。

「……修平」
「何だよ?」
「大丈夫かはお前だ!」

 うわ!康哉が俺の頭を掴んで頭突きしてきた。地味に痛い。

「……俺なんて放っておけよ。のこのこ異世界まで付いてきて、奴隷商人に捕まって、拷問されかけたんだろ!?なんでそんな馬鹿なんだよ」

 口調とは裏腹に、康哉はぎゅうっと俺を抱きしめてきた。

「悪かったな、馬鹿で。でも、お前が心配だったから……」

「俺はいいんだよ。自業自得だからな。でもお前に何かあったら、俺は一生自分を許せなくなる所だった。いや……今でも充分許せない」

「あのさ、康哉」

 俺は親友の髪を撫でた。冷静じゃない康哉を見ると動揺してしまう。

「お前が廃屋で消えた後、実は少しだけ悩んだんだ。魔方陣に飛び込むのが怖くてさ……。その何秒かの間にいろいろ考えて覚悟を決めた。自分の意思でこっちに来たんだから、俺も自業自得だ。お前が気にする事ねーよ。それに、結局助けてもらってるし」

「修平を助けたのはハルバートだ。俺は何も出来なかった」
「ハルバート?誰だそれ?」
「眼鏡の」
「ああ……如月か」

 如月にもお礼言わないとな。

「て言うか、ここ何処だ?グリモフはどうなったんだろう。寝てたから全然覚えてない」

「ここは王宮の二階にある兵士たちの宿舎だ。奴隷商人の自宅には、兵士が多数送り込まれている。商人の仲間は全員捕まえて監獄送りにするらしいぜ」

「そっか……」

 アニキ、逃げ切れたかな。  

「修平、もうそんな事は忘れろ。お前は無事で、もうすぐ日本に戻れる。いきなりは無理かもしれないが、俺に出来ることがあれば何でもする。だから……」

 あれ?親友の俺を見る目が痛々しい。

 俺は毛布をかけられてはいたけど、自分がまだフリルパンツにアニキのシャツ一枚の姿でいる事に気づいた。
 シャツの下から覗く両手首には包帯が巻かれてる。
 確かに、変な服着せられて奴隷にされ、拷問されかけるってかなりのトラウマだろうな。拷問はされてないけど、アニキのペットにされたし似たようなもんか。
 正直そんなにショックでもないけど、親友が心配するから本当の事は言わない方がいいかもしれない。

「康哉、俺は別に……何もされてないから大丈夫だ」

 康哉の目がすっと細められた。

「本当か?」

 うわぁ……何だろうこの迫力。嘘を許さない顔だ。異世界に来てオーラが威圧的になった気がするけど気のせいかな。

「いやあの……趣味じゃない服着せられたりとか、ちょっと壁に拘束されたりとか……したけど、そんなもんだから」

 実際には首長竜やピンク花のエサになりかけたり、変な薬飲まされたり、ゾンビや花カブトや蛇みたいなやつに襲われたり、あんな事やこんな事があったけど。

 ……我ながらいろいろあったな。正直に話すとドン引きされるレベルだな。

「お前の口から拘束とか……!想像してしまうから言うな」
「ああ、ごめん」

 康哉のキレるポイントがイマイチ分からない。

「大体お前は自分の事に無頓着すぎる。大丈夫だとか軽く言ってるけどな、本当はもっと傷ついてるんだよ。分かってないだろ」
「そうかな……」

 康哉は夢の中の母さんみたいな事を言ってため息をついた。本当は傷ついているのかな。あまり深く考えた事なかった。

「もっと自分を大事にしろ。俺の為に」
「……う。分かった」

 康哉が真顔で恥ずかしい事を言ってくるから、顔が熱くなる。
 忘れてたけどこいつ、昔から口の上手い男だった。小学生の頃から王子様と呼ばれ、中学時代には堅物委員長に甘い言葉をはいて失神させたとか、高校までに付き合った子は百人を超えるとか、俺には想像もできない伝説をいくつも持っていたんだった。

「……イケメン恐るべし」
「俺にはお前の方が怖い」
「え?」

 康哉は俺の呟きに返事をして、俺が眠っていたベッドから立ち上がると、部屋のドアに向かった。

「康哉?」
「着替えをもらってくるから休んでろ」

 康哉が出ていって部屋に一人残される。
 休んでろと言われたけど、気持ちが落ち着かなくて眠れず、結局俺も起き上がった。窓にかかっていたカーテンを開けると、ちょうど夕日が沈む所だった。

 緑水湖や王都の建物が赤く染まっていて綺麗だ。
 昨日王都に到着した時と同じような風景。違うのは、少し高い位置から見下ろしている所だ。確か王宮の二階だって言ってたな。

 話し声がしたので廊下を覗くと、康哉と兵士らしき男が戻ってくる所だった。

『……飛行部隊というのは?ハルバートの所属する部隊とは別の部署なのか?』

「はい。魔法関連部は国王直属ですが、飛行部隊は王子が指揮しています。いろいろと複雑でして、隊員同士も……」

『仲が悪いという事か。どこの組織でも同じだな』

「そ、そういう訳では。でも、みなさんエリートなんでプライドが高いんです。それでまあ、いろいろとあるんですよ」

 翻訳機を通して耳に入ってきた異世界語に一瞬思考が停止した。
 康哉、異世界語上手すぎるだろ。なんであんなに馴染んでるんだ?
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