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ep.0 目覚め前(アルバート視点)
13 根拠のない妄想
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神子さまと対面できたのはほんの少しの時間だった。あとはエリンに追い立てられるように部屋を出されて、アルバートとキリアン司祭は離れに戻って来ていた。
「あの魔法が神子さまを眠らせているのですね」
「そうです。何百年もの間、神子さまの魔法の研究がなされてきました。ですが、あれほど高度な魔法は、今この時代に生きる我々には誰一人扱えません。解き方が分からない。お手上げなのですよ。
神子さまが眠っている限りこのエルトリアはしばらく平穏が続きますから、今ではそれで良しとする声が大多数です。ですが、神子さまの魔力は数年ごとに少しずつ弱くなっています。何百年もたって皆それに気づき、ようやく焦り始めているのです」
「付加魔法では?」
「えっ?」
「いえ、なんでもありません。忘れてください」
アルバートの頭に、あの魔法は解くのではなく、何かを追加するのではないかという考えが浮かんでいた。あの魔法が欠けている手のあたりに別の魔法を追加するのだ。
だがそれを言うのはやめておいた。何百年も研究されていることに、今日神子さまを見たばかりの自分が意見するのもおかしい気がしたのだ。
「私が生きているうちに神子さまが目覚め、お声を聴くことが叶えば、私の生涯でこれほど嬉しいことはないでしょう。私はまだ希望を捨てていませんよ」
キリアン司祭は笑顔でそう締めくくった。
***
「待たせたな、ゼフィー」
退屈していたゼフィーはアルバートを見つけて尻尾を振り近寄って来た。身体中に植物の葉っぱをつけている。よほど庭を遊び回っていたらしい。
「ブラッシングが必要だな」
葉っぱを落としてやっていると、ゼフィーは翼を広げた。飛びたいからはやく背中に乗れという意味だ。
ゼフィーにまたがって一気に大神殿の上空に飛び上がると、そのままゆっくりと旋回する。ジャターユが少し離れた位置から見慣れないグリフォンを偵察している。
上空から見れば、大神殿は本当に神子さまの紋様の形をしていた。もう少し眺めていたかったが、いくら聖騎士でも神殿の上空に長時間いると警戒される。アルバートは方向を変えて神子さまの眠る大神殿をあとにした。
王都の実家に帰るのはやめ、ナラミテの近くにある村の自分の借りた小屋を目指す。
王都から離れるにつれ、光は弱くなっていく。それでも辺境よりはずっと明るい。
途中の街で食事をとったり、休憩を挟みながらアルバートは飛行を続けた。
飛行の間、アルバートはずっと神子さまのことを考えていた。
悲しみを堪えている表情に胸が痛んだ。なぜか自分がそうさせているような気持ちになった。
それに、誰にも言わなかったが、神子さまの隣に立った時、妙な既視感におそわれた。昔からずっと当たり前のように神子さまの隣にいたような錯覚を覚えたのだ。それも神子さまの魔力の一つなのかもしれないが。
だが、触らなくても神子さまの体重がアルバートにはわかるような気がした。声もきっとそれほど低くはない。本人は美しい顔にも声にも軽い体重にもコンプレックスを持っていて、着飾るのだってそんなに好きじゃないはずだ。本人が外見にかまわないから、放っておくといつも髪がもつれてしまう。
そこまで無意識に考えて、そんな事を考える自分に呆れてしまった。根拠のない妄想だ。神子さまとは今日初めて会ったというのに。
だが、神子さまの魔法を見て『付加魔法』だと思ったのはなぜだろう。直感でそう思った。それも高度な魔法ではなく、とても簡単な魔法を追加するだけでいい。子供にも使えるような、痛みをなくす程度の弱い魔法。
「馬鹿げている……」
空の上だったので、アルバートの呟きは誰にも届かなかった。
ナラミテの街が近くなり、空の端に黒い魔法の闇が見え始めた。近づくほど壁のように立ちはだかる闇。風は冷たさと威力を増し、闇がすぐ近くまで迫っていることを人々に思い知らせていた。
「あの魔法が神子さまを眠らせているのですね」
「そうです。何百年もの間、神子さまの魔法の研究がなされてきました。ですが、あれほど高度な魔法は、今この時代に生きる我々には誰一人扱えません。解き方が分からない。お手上げなのですよ。
神子さまが眠っている限りこのエルトリアはしばらく平穏が続きますから、今ではそれで良しとする声が大多数です。ですが、神子さまの魔力は数年ごとに少しずつ弱くなっています。何百年もたって皆それに気づき、ようやく焦り始めているのです」
「付加魔法では?」
「えっ?」
「いえ、なんでもありません。忘れてください」
アルバートの頭に、あの魔法は解くのではなく、何かを追加するのではないかという考えが浮かんでいた。あの魔法が欠けている手のあたりに別の魔法を追加するのだ。
だがそれを言うのはやめておいた。何百年も研究されていることに、今日神子さまを見たばかりの自分が意見するのもおかしい気がしたのだ。
「私が生きているうちに神子さまが目覚め、お声を聴くことが叶えば、私の生涯でこれほど嬉しいことはないでしょう。私はまだ希望を捨てていませんよ」
キリアン司祭は笑顔でそう締めくくった。
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「待たせたな、ゼフィー」
退屈していたゼフィーはアルバートを見つけて尻尾を振り近寄って来た。身体中に植物の葉っぱをつけている。よほど庭を遊び回っていたらしい。
「ブラッシングが必要だな」
葉っぱを落としてやっていると、ゼフィーは翼を広げた。飛びたいからはやく背中に乗れという意味だ。
ゼフィーにまたがって一気に大神殿の上空に飛び上がると、そのままゆっくりと旋回する。ジャターユが少し離れた位置から見慣れないグリフォンを偵察している。
上空から見れば、大神殿は本当に神子さまの紋様の形をしていた。もう少し眺めていたかったが、いくら聖騎士でも神殿の上空に長時間いると警戒される。アルバートは方向を変えて神子さまの眠る大神殿をあとにした。
王都の実家に帰るのはやめ、ナラミテの近くにある村の自分の借りた小屋を目指す。
王都から離れるにつれ、光は弱くなっていく。それでも辺境よりはずっと明るい。
途中の街で食事をとったり、休憩を挟みながらアルバートは飛行を続けた。
飛行の間、アルバートはずっと神子さまのことを考えていた。
悲しみを堪えている表情に胸が痛んだ。なぜか自分がそうさせているような気持ちになった。
それに、誰にも言わなかったが、神子さまの隣に立った時、妙な既視感におそわれた。昔からずっと当たり前のように神子さまの隣にいたような錯覚を覚えたのだ。それも神子さまの魔力の一つなのかもしれないが。
だが、触らなくても神子さまの体重がアルバートにはわかるような気がした。声もきっとそれほど低くはない。本人は美しい顔にも声にも軽い体重にもコンプレックスを持っていて、着飾るのだってそんなに好きじゃないはずだ。本人が外見にかまわないから、放っておくといつも髪がもつれてしまう。
そこまで無意識に考えて、そんな事を考える自分に呆れてしまった。根拠のない妄想だ。神子さまとは今日初めて会ったというのに。
だが、神子さまの魔法を見て『付加魔法』だと思ったのはなぜだろう。直感でそう思った。それも高度な魔法ではなく、とても簡単な魔法を追加するだけでいい。子供にも使えるような、痛みをなくす程度の弱い魔法。
「馬鹿げている……」
空の上だったので、アルバートの呟きは誰にも届かなかった。
ナラミテの街が近くなり、空の端に黒い魔法の闇が見え始めた。近づくほど壁のように立ちはだかる闇。風は冷たさと威力を増し、闇がすぐ近くまで迫っていることを人々に思い知らせていた。
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