【本編完結、番外編更新】オークの島〜外れスキルで追放された侯爵令息と白銀の少女〜

丸井もち

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・島での生活

井戸水

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 拾ってきたどんぐりは、うさぎたちに大歓迎された。

「あら、あたし、これ好きなのよ。三編み、あんたいいとこあるのね」

 ノエルの言っていた『おいしくないどんぐり』は、うさぎの好物だったようだ。
 うさぎの目の前に、ザラザラと『おいしくないどんぐり』を取り出した。

「まぁ!全部くれるの?」
「あ、ああ、もちろん。うさぎちゃんたちのために採ってきたんだ」
「悪いわねぇ」

 うさぎたちは、前足でどんぐりを固定すると、強靭そうな前歯でガリッと殻を噛み砕いた。洞穴にはガリガリという音が響き渡った。

 もし万が一、うさぎたちに噛まれたら骨までやられそうだとふたりは震えた。


***


「リヤ、水を汲みに行くけど、セリたちも行く?」
 聞けば、1日1回は水を汲みに行っているという。

「どこに汲みに行くの?」
「この島、川とかないでしょ」
 川がないのは、島に到着した初日に確認済みである。
 あとは、あの毒素入りの水しか出ない、あの井戸しかない。

「なんと、井戸があるの!」
 わかってはいたが、やはり、あの井戸に水汲みに行くという。

「その井戸……」
 セリムがアダリヤを止めようと声をかけようとすると、ノエルが半歩前に出て遮った。

「へぇー、俺たちも使っていいの?」
「いいよ!」
 ノエルが、よそ行きの笑顔で答えると、アダリヤはニコニコして、胸を張った。

 ノエルはどういうつもりなのだろうか。
 あの井戸からの毒素は、飲むのにも適さないどころか、長期間、触れ続けると皮膚が壊死してしまう危険なものだ。

「おい、ノエル。あの井戸は……」
 知っててアダリヤを危険に晒す必要はない。セリムはノエルに批難めいた視線をやった。

「しっ。この島には、あの井戸以外に水を手に入れる手段はない」
「そうだよ。ますます、アダリヤが危ないじゃないか」

 何を当たり前のことを言っているのか。
 セリムはノエルの発言の意図がわからずイライラとした。

「セリム、落ち着け。あの娘は、それをずっと飲んで生きてきたんだぞ」
「あ……」
 毒素がいつから井戸水に入っていたかはわからない。それでも、アダリヤは、その水を飲んで生きてきたのだ。

 アダリヤは人間ではないかもしれない。 

「あの水は、確かに毒素で汚染されていたよ」
「俺の『鑑定眼』でも確認したんだ、間違いない」

 ノエルの『鑑定眼』は間違いがない。
 毒素の入った水を飲んで平気なのだとしたらーー

 人間ではないという答えに近づいてしまう。

 人間でないものが、侯爵家所有の島に住み着いている。
 もしかしたら、祖父が王家に依頼されて、この島に囲っている魔人なのかもしれない。
 それならば、この島が地図に載っていないのも辻褄が合う。
 そんな島が他の人間に見つかっては、侯爵家の名に関わってしまう。
 
 ーーもし、アダリヤが、そんな危険なものだったら。

 セリムが黙り込んでしまい、顔が強張っていくのを見たノエルは、慌てて明るい声で話しかけた。

「それに、いざというときは、お前のスキルで毒素を『抽出』すればいいだろ」
「……そうか……それもそうだよな」
 セリムは顔を上げた。


「セリ!三編み!どうしたの?置いていくよ!」
 どこから出してきたのか、金属製のバケツを2つ下げているアダリヤが、ふたりを呼んだ。
 足元には、さっきまでどんぐりをバリバリかじっていたはずのうさぎもいる。

 アダリヤのことは、今、考えても仕方のないことだ。
 ふたりは、いつもの鍋を抱えて、走り寄ったのだった。

 
「じゃーん、ここが井戸だよ」
 アダリヤは、バケツを持ったまま、井戸を手のひらで指し示した。

 やはり、最初にふたりが過ごした洞穴近くの、あの毒素の井戸であった。

 もしかして、もうひとつ、自分たちが知らない、毒素のない井戸があるのかもしれない、という希望は絶たれた。

 石造りのこの井戸は、蔓が巻き付いて、もう長い間、手入れされた形跡はなく、桶を井戸の中に下げて水を汲む古い方式のものだった。

 アダリヤが水を汲もうと井戸に近寄ると、ノエルが声をかけた。

「ここは、俺がやるよ。リヤちゃん」
「いいの?三編み。重たいよ」
「まかせなさいな」
 ノエルはわざとふざけたように、力こぶを作ってみせた。

 ノエルが汲んだ水をすぐに『鑑定』する、というのが、ふたりで決めた流れだった。
 セリムも水の中に毒があるかどうかはわかるのだが、直接触れないとわからないので、リスクが高い。

 だから、ノエルが水を汲む役割をしている。

 それは、分かっている。

 だが、アダリヤが、ノエルに向けている尊敬に似た視線を、羨ましいと思う自分がいる。
 セリムは、水を汲む役割を代わりたかった。アダリヤに頼りになると思われたかった。
 そして、こんなときなのに、こんな気持ちになる自分が、酷く不真面目に思えて、どうしたらいいか、わからないでいた。

 ノエルが桶を井戸の中に放り投げた。
 ボチャンという音が聞こえ、ノエルが滑車にかかった綱を引っ張っていく。

 井戸の縁から見えた桶には、なみなみと入った水が見えた。
 ノエルは、桶を凝視して『鑑定』を発動させている。

 『鑑定』が終わったであろうノエルは、セリムをちらと見て、頭を小さく左右に振った。
 
 桶の中の水は、毒素入りのままだった。

 やはり、アダリヤは、人ではない、……捕らえられた魔人なのか。

 そんな絶望に似た感情を、アダリヤの能天気そうな声が打ち破った。

「あ、三編み。その水はリヤのおまじないで、よりおいしくなるよ」
「「は?」」
 突然、この雰囲気にそぐわない『おまじない』という言葉に、ふたりとも間抜けな声が出た。

 そんなふたりの変化に、アダリヤは気にせず、ニコニコしている。

「見ててね。よーい、ハイ!」
 アダリヤが声を出し、バケツの中に手をかざすと、彼女の瞳は一瞬、虹のように色を変えた。

 赤に戻っても、その瞳に釘付けになっていたセリムの視界に、バケツの中から湧き出した光がさして、スッと消えていった。

 ノエルの手にある桶には、最初と変わったところはない、水が入っている。

「おい、ノエル」
「消えた」
 水は桶にきちんと入っている。少しの量も減っていない。

「は?お前、何言って……」
「毒素が……消えた」

 ニコニコしているアダリヤの足元にいたうさぎが、じっとセリムを見つめていた。


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