18 / 68
番が望む今と未来
しおりを挟む
「さっきの店はどうだった?」
「悪くない。あれならお連れしたら喜んでくださる。ありがとう」
「!! いや、いいんだ。どれが美味かった?」
「そうだね……どれも美味しかったがバナナのタルトかな。焼き目が綺麗で香ばしい。思ったよりも甘過ぎずさっぱりとしていた」
「そうか」
結局アリエーラは看板のロールケーキでは無いものばかりを食べた。今の話を聞くにアリエーラはあのロールケーキのようなものよりさっぱりとしたものが好みなのかもしれない。
露天街には様々な店が並ぶ。店や路地などを確認しているふとアリエーラが足を止めた。
年老いたジジイが店番をする小さな宝飾品の露天。小物やら指輪やらブローチ、髪留めが並ぶ。
いくつかを手に取りじっくりと見ているが、どれも小さな傷があり少しくすんでいる明らかに手入れが足りていない品。
物は良さそうだが、正直ここで買うならほかの店で買った方がいい。
「店主、あるのはここに出ているものだけか?」
「ここで買うのか?」
俺の言葉に答えることなくアリエーラは店主が取り出した別の物を手に取る。
アリエーラが気に入ったのは小さな動物の置き物だ。これもだいぶ汚ぇが多分猫だ。
アリエーラ装飾品は殆ど身に付けない。唯一付けているのが編み込んだ先の髪を止める、アリエーラの暗灰色の髪によく映える小さな黒曜石が嵌め込まれた銀の留め具だけだ。
「アリエーラ、俺に贈らせてくれないか」
番じゃない俺から贈られるのは嫌かもしれないがもしかしたらと思ってしまった。
「お断りする」
「……そうか」
力強い一言。断られると分かっていたが、本当に断られると結構クるもんがある。
そうとは知ってか知らずか、アリエーラは買った置物を見て酷く優しい顔をする。
番に贈るのかもしれない、もしくは番に見立ててそばに置くのか。もしルーイが番なら小さな猫はルーイのイメージに被る。
その後アリエーラは屋台で色々なものを食べた。それを見てアリエーラの食の好みを知る。串焼きや腸詰め肉、揚げ菓子や果物。
今まで一緒に飯を食ってもいつもその日のおすすめだった。
新しいアリエーラを見る度にもっと知りたいと思っちまう。半日あった休みはあっと言う間に終わり、宿へ戻る途中俺はアリエーラを大通りから脇道に引き込み聞いた。
「番と結ばれない理由は察する。だがお前はこのままでいいのか」
と。アリエーラは驚き目を丸くした。
「……気がついていたのか」
「お前の番に危害を加えるつもりは無い。ただ、俺はお前と居たい。手に入らなくても、だ」
「私は今を変えるつもりは無い。あの方と愛し合う番になれないのは分かっている。それでも、あの方にとって私は特別」
「……俺には分からない信頼関係があるってことか。だがお前にだって番に対する欲求はあるだろ」
番に対する欲求は精神的なものだけじゃねぇ。当たり前のように女も番とヤりたい筈だ。
「あの人を抱く……」
アリエーラの顔がカッと赤くなる。番との情事を想像したんだろうが、腹を立てるよりも気になった。
今、抱くって言わなかったか?
そっち?そっちなのか??
確かに番を得て特殊な性癖に目覚めるヤツもいるのは確かだが、アリエーラは番を抱きたい???
確かにアイツは小さくまるで人間の子供だ。見ようによっちゃあ可愛らしく見えなくもないような。
アリエーラが抱く。
子供の様にチビな男を、抱く。
いや、小さいからこそそっちに目覚めたのか?
いやいや今は置いておこう。
「種が欲しければ俺に撒かせてくれ。俺はお前に番がいても構わない、お願いだから他の男を使わないでくれ」
アリエーラはじっと俺の言葉を聞いてくれた。無表情だが冷たさはなく、なんなら俺を憐れんでいるようにも見えた。
「そこに、私の利は?」
「…………ねぇな」
「グレン私はね、あの人のそばに居ることが幸せなんだ」
どこか遠くを見るような目をしたアリエーラは、何かを思い出したのか酷く優しい顔をする。
「……ずっと幼い頃から夢に見ていた」
「…………ん?」
「やっと許されたんだ。もう離れるつもりは無い」
「今」
「確かに私は子が欲しかったが、今子が出来れば離れなくてはならなくなる」
「まて」
「あの方は私の太陽であり月。何時でも私を照らしてくれる。失えないんだ」
「アリエーラ」
「私はあの人と同じようにグレンに気持ちを向けられない。これ以上近付くべきでは無いよ」
「お前の番は」
「きみがこの任務を受けたことには驚いたが、このが終わればもう会うこともないだろう。きみは番ではないが、その飾らない所は好きだったよ。本当にすまない」
「まっ! アリエーラ! まだ話を!」
言いたいことを言うだけ言ったアリエーラは俺に頭を下げてからクルリと背中を向ける。
俺は慌ててアリエーラの手を掴んだ。
「待ってくれ。話を聞いてくれ」
「グレン、私たちは」
「分かってる。俺とお前は番同士にはなれない。それでもいいんだ、番の次に俺を置いてくれ」
「…………」
黙るアリエーラは何かに気づいたように、瞳が揺らいだ。
意識を集中させれば、確かに人の気配。
往来の脇道であるから当たり前だが、極わずかにこちらを伺う人の気配がある。
俺の後方の積まれた木箱の影。
「グレン、この話は後だ」
「ああ」
向かい合うアリエーラはそっと位置を変え俺の体で死角を作り、胸元からナイフを取りだし投げた。
キンッ!
「ひょえぇっ!」
結界に阻まれたナイフが弾かれ、すっとんきょな声が上がる。
「……あんたらなぁ」
「……何をしているんですか」
物陰にいたのはリミオとクリムだ。
気配を消していたのはリミオの隠匿の術、ナイフを弾いたのはクリムの結界術だ。
「ス、すすすみません!出来心で」
リミオは慌ててアリエーラに対して頭を下げる。オイ、おれには下げないのか。
「リミオがおもしろいことしてたから混ざってみた。まだ気付かれて無かったみたいだけど、アリエーラならうっかり殺っちゃうかもしれないし?」
ムカつくほどに綺麗な顔でイラつくほどに綺麗な笑顔を作るクリム。確かにクリムがいなけりゃあ、リミオはアリエーラのナイフを避けられなかったかもしれない。
だがそれと覗いていたことは別だ。
「要件は?」
冷たいアリエーラの声、顔には出さないが怒っている。あまりその場面になったことは無いが昔酒場で飯食ってる時もたまにこんな空気になった事がある。大声で話してる他の席の客の話が耳に入った時の事だ。確かあれはスロッシュベルトとレーンの王族の話だったと思うが、あまり覚えていねぇ。
「知らせてあげようかと思って」
「要件を」
「商会のトラブルで糞親父がかあさまから離れる。だから順番が繰り上がって明後日の夕刻までウィルの時間」
「!! そうか、ありがとう」
アリエーラがカッと目を見開きクリムに礼を伝えた。
「お互い様だからね」
「グレン、悪いが用事が出来た。話はまた別の時に」
「オイ! ちょっと待て!」
そして俺が止めるのも聞かずにその場からものすごい速さで走り去った。
「悪くない。あれならお連れしたら喜んでくださる。ありがとう」
「!! いや、いいんだ。どれが美味かった?」
「そうだね……どれも美味しかったがバナナのタルトかな。焼き目が綺麗で香ばしい。思ったよりも甘過ぎずさっぱりとしていた」
「そうか」
結局アリエーラは看板のロールケーキでは無いものばかりを食べた。今の話を聞くにアリエーラはあのロールケーキのようなものよりさっぱりとしたものが好みなのかもしれない。
露天街には様々な店が並ぶ。店や路地などを確認しているふとアリエーラが足を止めた。
年老いたジジイが店番をする小さな宝飾品の露天。小物やら指輪やらブローチ、髪留めが並ぶ。
いくつかを手に取りじっくりと見ているが、どれも小さな傷があり少しくすんでいる明らかに手入れが足りていない品。
物は良さそうだが、正直ここで買うならほかの店で買った方がいい。
「店主、あるのはここに出ているものだけか?」
「ここで買うのか?」
俺の言葉に答えることなくアリエーラは店主が取り出した別の物を手に取る。
アリエーラが気に入ったのは小さな動物の置き物だ。これもだいぶ汚ぇが多分猫だ。
アリエーラ装飾品は殆ど身に付けない。唯一付けているのが編み込んだ先の髪を止める、アリエーラの暗灰色の髪によく映える小さな黒曜石が嵌め込まれた銀の留め具だけだ。
「アリエーラ、俺に贈らせてくれないか」
番じゃない俺から贈られるのは嫌かもしれないがもしかしたらと思ってしまった。
「お断りする」
「……そうか」
力強い一言。断られると分かっていたが、本当に断られると結構クるもんがある。
そうとは知ってか知らずか、アリエーラは買った置物を見て酷く優しい顔をする。
番に贈るのかもしれない、もしくは番に見立ててそばに置くのか。もしルーイが番なら小さな猫はルーイのイメージに被る。
その後アリエーラは屋台で色々なものを食べた。それを見てアリエーラの食の好みを知る。串焼きや腸詰め肉、揚げ菓子や果物。
今まで一緒に飯を食ってもいつもその日のおすすめだった。
新しいアリエーラを見る度にもっと知りたいと思っちまう。半日あった休みはあっと言う間に終わり、宿へ戻る途中俺はアリエーラを大通りから脇道に引き込み聞いた。
「番と結ばれない理由は察する。だがお前はこのままでいいのか」
と。アリエーラは驚き目を丸くした。
「……気がついていたのか」
「お前の番に危害を加えるつもりは無い。ただ、俺はお前と居たい。手に入らなくても、だ」
「私は今を変えるつもりは無い。あの方と愛し合う番になれないのは分かっている。それでも、あの方にとって私は特別」
「……俺には分からない信頼関係があるってことか。だがお前にだって番に対する欲求はあるだろ」
番に対する欲求は精神的なものだけじゃねぇ。当たり前のように女も番とヤりたい筈だ。
「あの人を抱く……」
アリエーラの顔がカッと赤くなる。番との情事を想像したんだろうが、腹を立てるよりも気になった。
今、抱くって言わなかったか?
そっち?そっちなのか??
確かに番を得て特殊な性癖に目覚めるヤツもいるのは確かだが、アリエーラは番を抱きたい???
確かにアイツは小さくまるで人間の子供だ。見ようによっちゃあ可愛らしく見えなくもないような。
アリエーラが抱く。
子供の様にチビな男を、抱く。
いや、小さいからこそそっちに目覚めたのか?
いやいや今は置いておこう。
「種が欲しければ俺に撒かせてくれ。俺はお前に番がいても構わない、お願いだから他の男を使わないでくれ」
アリエーラはじっと俺の言葉を聞いてくれた。無表情だが冷たさはなく、なんなら俺を憐れんでいるようにも見えた。
「そこに、私の利は?」
「…………ねぇな」
「グレン私はね、あの人のそばに居ることが幸せなんだ」
どこか遠くを見るような目をしたアリエーラは、何かを思い出したのか酷く優しい顔をする。
「……ずっと幼い頃から夢に見ていた」
「…………ん?」
「やっと許されたんだ。もう離れるつもりは無い」
「今」
「確かに私は子が欲しかったが、今子が出来れば離れなくてはならなくなる」
「まて」
「あの方は私の太陽であり月。何時でも私を照らしてくれる。失えないんだ」
「アリエーラ」
「私はあの人と同じようにグレンに気持ちを向けられない。これ以上近付くべきでは無いよ」
「お前の番は」
「きみがこの任務を受けたことには驚いたが、このが終わればもう会うこともないだろう。きみは番ではないが、その飾らない所は好きだったよ。本当にすまない」
「まっ! アリエーラ! まだ話を!」
言いたいことを言うだけ言ったアリエーラは俺に頭を下げてからクルリと背中を向ける。
俺は慌ててアリエーラの手を掴んだ。
「待ってくれ。話を聞いてくれ」
「グレン、私たちは」
「分かってる。俺とお前は番同士にはなれない。それでもいいんだ、番の次に俺を置いてくれ」
「…………」
黙るアリエーラは何かに気づいたように、瞳が揺らいだ。
意識を集中させれば、確かに人の気配。
往来の脇道であるから当たり前だが、極わずかにこちらを伺う人の気配がある。
俺の後方の積まれた木箱の影。
「グレン、この話は後だ」
「ああ」
向かい合うアリエーラはそっと位置を変え俺の体で死角を作り、胸元からナイフを取りだし投げた。
キンッ!
「ひょえぇっ!」
結界に阻まれたナイフが弾かれ、すっとんきょな声が上がる。
「……あんたらなぁ」
「……何をしているんですか」
物陰にいたのはリミオとクリムだ。
気配を消していたのはリミオの隠匿の術、ナイフを弾いたのはクリムの結界術だ。
「ス、すすすみません!出来心で」
リミオは慌ててアリエーラに対して頭を下げる。オイ、おれには下げないのか。
「リミオがおもしろいことしてたから混ざってみた。まだ気付かれて無かったみたいだけど、アリエーラならうっかり殺っちゃうかもしれないし?」
ムカつくほどに綺麗な顔でイラつくほどに綺麗な笑顔を作るクリム。確かにクリムがいなけりゃあ、リミオはアリエーラのナイフを避けられなかったかもしれない。
だがそれと覗いていたことは別だ。
「要件は?」
冷たいアリエーラの声、顔には出さないが怒っている。あまりその場面になったことは無いが昔酒場で飯食ってる時もたまにこんな空気になった事がある。大声で話してる他の席の客の話が耳に入った時の事だ。確かあれはスロッシュベルトとレーンの王族の話だったと思うが、あまり覚えていねぇ。
「知らせてあげようかと思って」
「要件を」
「商会のトラブルで糞親父がかあさまから離れる。だから順番が繰り上がって明後日の夕刻までウィルの時間」
「!! そうか、ありがとう」
アリエーラがカッと目を見開きクリムに礼を伝えた。
「お互い様だからね」
「グレン、悪いが用事が出来た。話はまた別の時に」
「オイ! ちょっと待て!」
そして俺が止めるのも聞かずにその場からものすごい速さで走り去った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる