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私はアリエーラ・結城 3
しおりを挟む格子窓の部屋と孤児院しか知らない私でも、連れてこられたのが貴族の屋敷であることはひと目で分かった。
本で見た様な白い大きな御屋敷、孤児院の敷地よりも広い大きな庭。ふと同じ孤児達の言葉が蘇る。
『貴族には気を付けろ。アイツらは俺たちをゴミとしか思ってない。特に人間の女は危険だ。いい匂いがするけど近寄っちゃいけない。あれは毒で、俺たち獣人の男を頭からバリバリ食っちまうんだ』
そう言っていた孤児自身、貴族の人間の女にはまだ会ったことがないと言っていた。
父親に手を引かれ屋敷内へ入ると、人間と獣人の沢山の男たちに迎えられた。この広い屋敷で働くもの達だ。
そこで初めて私の祖父に会った。
やはり父親と同じ暗灰色をした男で、魔力が高いのだろう、父親と大して変わらない年に見えた。私は父と顔の作りがよく似た祖父を見て不思議なものだと感じた。
祖父は何故か私を抱きしめ、「よく来たね。これからはよろしく」と震える声で言った。
ジンやカイルもいて、その中に人間の女もいた。
私の体は一気に警戒し毛を逆立てた。祖母と聞いたが私は目の前の女が恐ろしかった。
柔らかな見た目、母親とは違う匂いだが確かに良い香りがする。目の前の女が貴族の人間なら、母親のように鞭で私を打つかもしれない。
気がつけば、私に寄ろうとした祖母を突き飛ばしていた。
簡単に倒れた体も、悲しそうな顔も忘れられない。
屋敷の主はカイルだった。
あの祖母の夫の筆頭で、国で最も力のある魔術師だった。カイルは私に屋敷で自由に過ごすようにと言い、私は一日の半分を屋敷の書庫で過ごし残りの時間は父親と祖父が魔術や剣術の稽古をしてくれた。
父親は第二騎士団、祖父は第一騎士団に所属していた。
この屋敷での私への規則は二つ。
食事を毎食食べる事、屋敷から出る時は知らせる事だった。
食事については少しでも食べれば咎められることはなく、外出もまだ必要はなかった。
不満はあった。今まで数日に一度しか食べていなかった私には、日に三度の食事は面倒で苦痛だった。柔らかなパンは好きだが、何時も水のようなスープを飲んでいた私には屋敷で出る料理はどれも濃くキツい味がした。獣人はこのような味を好むらしいが、私はどうも違うらしい。
ある日から私の食事が変わった。
私があまりにも残すからか分からないが、どれも味付けが薄くなったのだ。いや、薄くなったのとは違う。とても優しい味に変わったのだ。とろりと濃いスープはサラサラの自然な味でほんのりと野菜本来の甘さが美味しいものに、どっしりと重たく強い味付けの肉は、鶏肉のソテーに塩やハーブ、サッパリとした柑橘系の風味に。
私は毎食が楽しみになった。ある事の意義が分からないお茶の時間も、素朴な味のクッキーが出るから楽しかった。
配膳に来る者も、私が全て平らげたのを見るとほっとした様子だった。
細かった腕は次第に獣人らしくなり、疲れやすかった体は軽くなった。書庫にいた時間の大半を訓練に回し、充実した時間を過ごした。
そんなある日、また朝食の味が変わった。似た味だが違う。食べられなくはないが明らかに別の者の手が作っていた。
それとなく聞いてみれば、作っていた者が体調を崩したという。
少し残念に思いながらも同じ日々を過ごすが、祖父が私の元に来れなくなった事で変わった。
父親も仕事があり毎日は居られない。必然的に一人の時間が増え、それでも続けていた訓練に身が入らなくなった。
以前のように書庫へ籠る気にはなれず、ならばジンやカイルに頼もうかとも考えながら庭を歩いているとやけに警備が配置された場所に出た。警備と言っても庭師が配置されているだけだが、それが力のある獣人だと言うことはすぐに分かった。
「この先に何かあるの?」
そう聞くと庭師は少し考えてから「奥様のお部屋があります」と言った。
奥様。そう聞いて思い出すのはすっかり忘れていた祖母だと言うあの人間の女の存在だった。
魔力の高い人間の女はとても少なく貴重である事は知っていた。魔力の高い女は魔力の高い子を生む。略奪されないように大切に囲って過ごす。
だからこんなに獣人の庭師が配置されているのかと納得した。
「見た目にはまだお若いですが、奥様は高齢なのです」
と、小さな声で庭師が話す。
「元々お若く見える種族なのでしょう。ですから皆奥様がまだ若いと錯覚してしまう」
何を言っているのか分からなかった。
「一日の半分を厨房で過ごしていました。元々お庭を楽しむのがお好きでしたのに、ここ最近は就寝前に少しだけ降りていらっしゃるか、全くない日もありました」
それから何を話したのか、同部屋に戻ったのか覚えていない。
ただ手のひらに嫌な汗が溜まり何をしても手につかなかった。
翌朝朝食にはまたいつものスープが出された事で、私は昨日よぎった考えはきっと間違いだったと勝手に考えた。
料理人が回復したのならいつもの食事が美味しいと伝えてみよう。そう思い厨房へと足を向けると、慌ただしく働く料理人の中に彼女の姿を見つけた。
「リン、部屋に戻りましょう。これ以上は体に触ります」
「あと少しだけ。ね?お願い」
「駄目だよ。後は料理長に任せて。さ、行こう」
鍋の前に立つ祖母をカイルは強引に抱き上げ、料理長だろう料理人にその場を任せて厨房を出た。
私は咄嗟に物陰に隠れたが、そんな私に気がついたカイルは私の方に目を向けるも、何も言わずに立ち去った。
気が付けば昨日庭師に会った場所に立っていた。
「こんな所に居ないで気になるなら会いに行けばいい」
そう声をかけてきたのはあの人の幻獣人の番ウィリアムだった。隣には昨日の庭師を連れ、手には沢山の黄色い薔薇を持っていた。
「……すごい量」
「凛子は外に出られないからな」
そう言うとふっと優しい笑顔を薔薇に落とした。
少し歩かないか。そう言われ私が頷くと、薔薇を庭師に渡し部屋へ持って行くように指示を出した。
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