私の可愛い妖精

ゆか

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「今、何とおっしゃいましたか」


「お前のような薄汚い女を抱く気にはならんと言ったのだ」


「・・・・それでは、クラウム家との約束を反故にすると?」


「フンッ、今はその気にならんだけだ。せいぜい私の気を引く努力をする事だな」


「・・・・・・・」


夫になったばかりの男の言い草に、アルレイシアは言葉を失い、そんなアルレイシアを冷たく見下ろした男は鼻で笑い言い捨てて部屋を出て行った。


残されたアルレイシアは、何故自分がそのように言われるのか、いつ不況を買ったのか分からず呆然とその場に佇んだ。





アルレイシア・クラウム伯爵令嬢とヘンリク・ラットン次期侯爵は完全な政略結婚だった。この婚姻でクラウム家はラットン領で取れる鉱石を安く手に入れ、ラットン家は隣合うクラウム領の水路から水を引くことが出来るようになった。

どこにでもある政略結婚。ただ少した違うのはラットン家は代々養子を取っており、必ずしも後継を必要としていないことだった。

現ラットン侯爵の影響力は大きく、今年二十五になるヘンリクはまだ十七歳と幼さの残るアルレイシアとの婚姻に不満を持ちながらも、自身が養子であることから、自ら婚約を破棄することが出来ないまま二人は夫婦となった。

婚姻式の夜、夫婦の寝室で待っていたアルレイシアにヘンリクは言ったのだ。


「跡取りは養子を迎えるので必要無い。私は子供を抱くつもりは無いので好きにしろ、他の男の子さえ孕まなければいい」


アルレイシアは暫くじっと考え込み、机から史箱を取り出し二通の手紙を書き終えると静かにランプの灯りを消して一人でベッドへ入った。


翌朝早くに部屋を出たアルレイシアは執事を呼びつけた。夫婦の寝室に夜を過ごした形跡は無く、屋敷のもの達はこれが白い結婚だと知る。執事に手紙を届けるように言うと、その届け先を聞いた執事は驚きアルレイシアを見たがすぐに礼を取り立ち去った。



自分が何をしたのか。

家のために良く知りもしない相手と婚姻を結んだのはお互い様だ。一方的に不満をぶつけるのは理不尽ではないが。


自分はヘンリクのようにはなりたくないが、歩み寄る努力はしなければならない。

アルレイシアは直ぐに事の次第を実家とラットン侯爵へ認したためた。



伯爵令嬢として過ごしてきたアルレイシアの心が変化した朝だった。





ヘンリクは妻が必要な時だけアルレイシアを連れ出し、それ以外の時間をアルレイシアのために使うことは無かった。



気がつけばアルレイシアはラットン家に嫁ぎ三年がが経っていた。

幼かったアルレイシアはまだ二十歳と、若くとも大人の色香漂う女性へと変わり家のためにヘンリクのエスコート無しでも積極的に社交を行ってい事もあり、夫から顧みられないアルレイシアのラットン家に対する献身ぶりは社交界では有名だった。




「エルマは来週から休暇ね?母親の具合はどうなの?」


アルレイシアは執事のバートを呼び様々な予定を確認する。

あの初夜の翌日からアルレイシアは精力的に働いた。積極的に社交をし人脈を広げて互いの家に利益を齎す。そんなアルレイシアを見てもヘンリクは変わらず無関心であり、必要以上の時間を共に過ごすことは無かった。


「ここ最近はあまり良くないようです。冬は越せないかもしれないと」

「・・・・・そう。では医師を手配してあげて見舞金を持たせてあげて。それと、これで冬支度を」


アルレイシアはコトンと小さな巾着袋をテーブルの上に置いた。


「・・・奥様」

「これはラットン家から出ているのではなくわたくし個人から出しているものです」

「いえ、そうではございません。使用人のために奥様の資産を使うなど」

「バート、私の生活はとあなた方が支えてくれているのです。それにエルマは勤務態度も良く休みも殆ど取らずに尽くしてくれています。エルマには下に妹が居たわね?早くに父親を亡くし、病気がちな母親と妹のために休みなく働いている。わたくしはその献身に打たれたの。わたくしがしてあげてたいのよ」



現侯爵は未婚であり殆ど本邸に帰らず王都の別邸にいる。だがアルレイシアに女主人としての指揮権を与えた為、ヘンリクがまだ跡を継いでいないにも関わらずアルレイシアは奥様と呼ばれていた。

そんなアルレイシアはラットン家に嫁いでから屋敷や使用人の管理をしている。

数いる使用人達の名前や経歴、家族構成に至るまで、関わる者たちの情報は勿論、今では金の流れから人の出入り、勿論ヘンリクの愛人に流れる金まで把握している。

ヘンリクの毎月の手当ては当然侯爵家から出ているが、ヘンリクは愛人のサンドラに使う分の金を手当てとは別に自分に侯爵家から割り振られた分から使っている。

現侯爵も知ってはいるが、ラットン家の資産からすれば微々たるものであるため特に咎めることは無いが、その支払いの裁可を下すのは侯爵ではなく今金銭の管理をしているアルレイシアだ。それを知っていてアルレイシアの見える所にあからさまに愛人との痕跡を残すヘンリクには眉をしかめ、ヘンリクに対して苦言を呈した事で益々ヘンリクはアルレイシアを裂ける様になった。



ヘンリクといくら上手くいっていなくてもアルレイシアの立場は変わらない。ラットン家とクラウム家の繋がりを深めいずれはアルレイシアは子を産み、女主人として采配を振るう事を求められていた。


アルレイシアは使用人を出身の階級だけで評価はしなかった。平民であろうと貴族であろうと与えられた仕事に対して見合った給金を払い、決められた勤務時間、日数を務めあげれば年に5日の休暇を給金に響かないものとして取らせ、帰省する者には僅かだが支度金を用意した。その資金は侯爵家から毎月当てられるアルレイシアの予算から出ている。ドレスはいくらでも仕立てる事が、宝飾品も季節に応じて買い求めることが出来たがアルレイシアはそれを抑えドレスは月に関わらず必要な時だけ、宝飾品も次期侯爵夫人として恥をかかない程度に留めた。

貴族の屋敷に使える使用人は、きつい仕事程給金が低い。エルマは掃除係だが、洗濯係の下女と同じく底辺の仕事のひとつ。どんな汚れ仕事も嫌がることなく必死にこなしている事を、アルレイシアは知っていた。



ラットン家の使用人はどの貴族の元より恵まれている。そんな話が使用人の間で話題になり、それはあっという間に社交界にも広がった。

ヘンリクはその噂を聞きアルレイシアに余計な事をするなと怒ったが、自分に充てられた予算から出し、現侯爵から指揮権を与えられていると反論し、アルレイシアの生意気な態度にヘンリクはその頬を打ち侯爵家の恥となれば許さないと怒鳴りつけた。


夫婦の溝は益々深まり、とうとうヘンリクはアルレイシアと顔を合わせなくなった。




「奥様、わたくし共使用人一同、奥様には感謝しております」


と、老齢の執事は瞳をうるませ、その姿に今までの自分を思い返した。



伯爵家で大切に育てられたアルレイシアはラットン家に嫁ぎヘンリクに冷たく当られて気がついた。優しさとは無条件に与えられるものでは無いと。

たとえ政略結婚でも上手くいく。愛される事が無くとも良きパートナーでいられると思っていたがそれは簡単に打ち砕かれた。

自分は潤沢な水を持つ伯爵家の娘だから仕方なく迎えられた。

一度そう思ってしまえば悪い考えは溢れてくる。伯爵家の血が無ければ自分には価値がないと。

食事も風呂も暖かいベッドも、全てその血に用意されたもの。そしてその血すら要らないと拒絶されてしまった。


眠れぬ夜を一人ベッドで過ごし、明け方に朝日と共に体を起こしカーテンを開けた。

ヘンリクとの縁談が決まった時、父親であるクラウム伯爵からも必ず子を産むように言われていたが、こればかりは相手にその気がなければどうにもならない。


アルレイシアの目には美しい庭園が目に入り、咲き誇る薄紅色のバラの美しい絵に心が和む。

まだ夜が明けたばかりだというのに多くの使用人が庭を世話する。枯れた花や葉を落とす庭師達その中には若い侍女の姿が混じっていた。

跡継ぎすら必要ないと拒絶された。そんな自分のために早朝庭の手入れをする彼らを哀れに思い、そして酷く、自分自身が惨めに思うえたのだ。

ヘンリクにとっては自分は彼ら使用人とと同じか、それ以下の存在なのだ。







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