4 / 17
4
しおりを挟む
クラウム伯爵家の茶会で、まるで妖精のような可憐な少女を見つけた。
茶会は既に始まっていたが、テーブルにはついておらず庭の端でぼんやりと花を眺めていた。
寂しそうで、泣き出しそうな儚い表情に一瞬で心を奪われた。
十六、七くらいだろうか。何故そんな顔をしているのか、声をかけてみるかどうするかと考えているうちに少女は顔を上げ立ち去ってしまった。
彼女が立ち去った後、彼女がいた場所に立つと、色とりどりのマーガレットが陽の光を受けさわさわと風に揺れていた。
可憐な少女にピッタリの花だ。
その後の私も会場に戻り茶会に参加した。そこで彼女がこの家の娘だと知る。先程とは違い明るい表情で伯爵夫人と共に招待客をもてなしていた。
クラウム家と言えば最近ラットン侯爵家との縁談が纏まり注目の家だ。
伯爵家の子は兄と妹一人づつ。彼女がそのラットン子息の婚約者なのだ。
夫人達が挨拶に回って来るのを待ってはいられず自分から足を向けた。
夫人に挨拶をする名目で近づくと、二人はにこやかに迎えてくれた。
鈴を転がすような可愛らしい声、脳内で何度も思い返した。
婚約者のいる女性にアプローチをかけるのは褒められたことでは無い。二人には儀礼的な挨拶をし、残念だが距離を置き、遠目から彼女を眺めていた。
「これは珍しい方にお会いしました」
私に声をかけたのは我が家とも取引のあるグラブス商会の会頭、ヤン・グラブスだった。
「フランツ様はこういった集まりにはあまり参加されないと思っていましたが」
「ああ、たままだよ。クラウム家とも取引が?」
通常多少の取り引きぐらいでは会頭が出向くことは無い。彼が居るということはかなりの金額が動く取り引きでもあるのだろう。
「・・・・・クラウム家とラットン家の縁が結ばれるとありご挨拶に参りました」
両家の婚姻。その事実に胸が痛み、また彼女の姿を目で追っていた。
「クラウム家の花はとても繊細でして、萎れかけているのです」
会頭の顔を見れば、彼も私と同じように彼女を見ていた。
「何か事情が?」
「どうもとある家の子息はクラウム家の花よりも派手な花を好むようでしてね。立場も弁えず憚る事無く連れ歩いていらっしゃる」
苦虫を噛み潰したよう表情に、思わず聞き返した。
「・・・何?」
「残念な事にフランツ様がお望みの花は活けられる花瓶が決まってしまっています。もし必要でしたら別の花をご紹介致しますが」
「・・・・いや、必要無い」
これ以上進むべきではない。私と彼女の間には何も始まらなかった。それでい。そう自分に言い聞かせた筈だった。
だが再会はすぐであった。
別のパーティで彼女の姿を見つけ、私の目は再び彼女を追った。
婚約者と共に訪れていた様だが肝心の婚約者は傍にはいない。壁際でぼんやりと会場を眺めていた。
そこへ数人の令嬢が彼女を囲み、何やら話している。
彼女の表情も顔色も悪く、気になり不自然ではない程度に近ずいて耳を立てた。
彼女の婚約者が別の女性の元に向かい、心配する素振りで見下していたのだ。
助けに入りたい。だが私が間に入れば余計な火種になるのは分かりきったことだった。
彼女がその場から離れると、令嬢達は吹き出すように笑い合った。
すぐに私は彼女の後を追った。周りに気取られないように、不自然ではない程度に急ぎ。
彼女は廊下の奥にある柱時計の影で静かに泣いていた。
「・・・・・レディ」
「!!?っ、あっ」
声をかけると彼女は驚き慌てて目元を擦り、私は咄嗟にその手を掴んだ。
「擦ってはいけません。これを」
私はハンカチを取り出しその手に握らせた。
戸惑う彼女ありがとうございますと小さく口にしてそっと目元を抑えた。
「あの、エリストロ様、お見苦しい所をお見せしました。」
「・・・いや、いいんだ。アルレイシア嬢」
彼女が私を覚えていてくれた事が嬉しかった。
私は何も聞かず、ただ彼女の目元が乾くまでそばにいた。
「先日はご招待ありがとう。クラウム家の庭は素晴らしかった。また是非ご招待下さい」
「ありがとうございます。母は催し事が好きですのできっとまた招待状をお送りすると思います。その時は是非いらしてください」
自然な形で距離を置かれた。彼女は私に近づく気がないのが分かるが、安易に是としない所が好ましく感じた。
「そう言えばクラウム家の茶会でグラブスの会頭に会いました」
「は、い。婚礼の衣装などを全てお願いしておりますので・・・」
彼女の、アルレイシアの顔色は悪い。婚約者と上手くいっていないのは先程の令嬢達とのやり取りでも分かる。
涙の原因は、その婚約者。
「あの、エリストロ様、私はそろそろ戻りますので」
「・・・ではご婚約者様をお呼び致しましょう。その状態では会場には戻れないでしょう」
「いえ、エリストロ様のお手を煩わせる訳には」
「少しだけ待っていて」
「え、あの!」
アルレイシアの元を離れたくはなかったが、私はホール近くまで戻り侍女侍従に声をかけアルレイシアの元へ戻った。
「君、こちらのレディの体調があまり良くないようだ。どこか部屋で付き添ってあげなさい。確かご婚約者のラットン子息が会場にいらしたはずだから、君は周りに気取られぬようにご婚約者を連れてきて差し上げなさい」
アルレイシアが泣いたことは明らかだったがどちらも何も言わずに従った。私はニコリと笑顔でアルレイシアを見送った。
もっと早くに知り合えていたら、何かが変わっていたのだろうか。
いや、変わらなかっただろう。
彼女の婚姻はクラウム家とラットン家の政略の意味合いが強い。いくらエリストロ家の次男といえ、侯爵家を継ぐ立場にもない私にはどうにもならなかっただろう。
それでも、愛らしい顏かんばせを涙で濡らさせるなど、たとえ政略であったとしても許せない。
「・・・・・ヘンリク・ラットン」
茶会は既に始まっていたが、テーブルにはついておらず庭の端でぼんやりと花を眺めていた。
寂しそうで、泣き出しそうな儚い表情に一瞬で心を奪われた。
十六、七くらいだろうか。何故そんな顔をしているのか、声をかけてみるかどうするかと考えているうちに少女は顔を上げ立ち去ってしまった。
彼女が立ち去った後、彼女がいた場所に立つと、色とりどりのマーガレットが陽の光を受けさわさわと風に揺れていた。
可憐な少女にピッタリの花だ。
その後の私も会場に戻り茶会に参加した。そこで彼女がこの家の娘だと知る。先程とは違い明るい表情で伯爵夫人と共に招待客をもてなしていた。
クラウム家と言えば最近ラットン侯爵家との縁談が纏まり注目の家だ。
伯爵家の子は兄と妹一人づつ。彼女がそのラットン子息の婚約者なのだ。
夫人達が挨拶に回って来るのを待ってはいられず自分から足を向けた。
夫人に挨拶をする名目で近づくと、二人はにこやかに迎えてくれた。
鈴を転がすような可愛らしい声、脳内で何度も思い返した。
婚約者のいる女性にアプローチをかけるのは褒められたことでは無い。二人には儀礼的な挨拶をし、残念だが距離を置き、遠目から彼女を眺めていた。
「これは珍しい方にお会いしました」
私に声をかけたのは我が家とも取引のあるグラブス商会の会頭、ヤン・グラブスだった。
「フランツ様はこういった集まりにはあまり参加されないと思っていましたが」
「ああ、たままだよ。クラウム家とも取引が?」
通常多少の取り引きぐらいでは会頭が出向くことは無い。彼が居るということはかなりの金額が動く取り引きでもあるのだろう。
「・・・・・クラウム家とラットン家の縁が結ばれるとありご挨拶に参りました」
両家の婚姻。その事実に胸が痛み、また彼女の姿を目で追っていた。
「クラウム家の花はとても繊細でして、萎れかけているのです」
会頭の顔を見れば、彼も私と同じように彼女を見ていた。
「何か事情が?」
「どうもとある家の子息はクラウム家の花よりも派手な花を好むようでしてね。立場も弁えず憚る事無く連れ歩いていらっしゃる」
苦虫を噛み潰したよう表情に、思わず聞き返した。
「・・・何?」
「残念な事にフランツ様がお望みの花は活けられる花瓶が決まってしまっています。もし必要でしたら別の花をご紹介致しますが」
「・・・・いや、必要無い」
これ以上進むべきではない。私と彼女の間には何も始まらなかった。それでい。そう自分に言い聞かせた筈だった。
だが再会はすぐであった。
別のパーティで彼女の姿を見つけ、私の目は再び彼女を追った。
婚約者と共に訪れていた様だが肝心の婚約者は傍にはいない。壁際でぼんやりと会場を眺めていた。
そこへ数人の令嬢が彼女を囲み、何やら話している。
彼女の表情も顔色も悪く、気になり不自然ではない程度に近ずいて耳を立てた。
彼女の婚約者が別の女性の元に向かい、心配する素振りで見下していたのだ。
助けに入りたい。だが私が間に入れば余計な火種になるのは分かりきったことだった。
彼女がその場から離れると、令嬢達は吹き出すように笑い合った。
すぐに私は彼女の後を追った。周りに気取られないように、不自然ではない程度に急ぎ。
彼女は廊下の奥にある柱時計の影で静かに泣いていた。
「・・・・・レディ」
「!!?っ、あっ」
声をかけると彼女は驚き慌てて目元を擦り、私は咄嗟にその手を掴んだ。
「擦ってはいけません。これを」
私はハンカチを取り出しその手に握らせた。
戸惑う彼女ありがとうございますと小さく口にしてそっと目元を抑えた。
「あの、エリストロ様、お見苦しい所をお見せしました。」
「・・・いや、いいんだ。アルレイシア嬢」
彼女が私を覚えていてくれた事が嬉しかった。
私は何も聞かず、ただ彼女の目元が乾くまでそばにいた。
「先日はご招待ありがとう。クラウム家の庭は素晴らしかった。また是非ご招待下さい」
「ありがとうございます。母は催し事が好きですのできっとまた招待状をお送りすると思います。その時は是非いらしてください」
自然な形で距離を置かれた。彼女は私に近づく気がないのが分かるが、安易に是としない所が好ましく感じた。
「そう言えばクラウム家の茶会でグラブスの会頭に会いました」
「は、い。婚礼の衣装などを全てお願いしておりますので・・・」
彼女の、アルレイシアの顔色は悪い。婚約者と上手くいっていないのは先程の令嬢達とのやり取りでも分かる。
涙の原因は、その婚約者。
「あの、エリストロ様、私はそろそろ戻りますので」
「・・・ではご婚約者様をお呼び致しましょう。その状態では会場には戻れないでしょう」
「いえ、エリストロ様のお手を煩わせる訳には」
「少しだけ待っていて」
「え、あの!」
アルレイシアの元を離れたくはなかったが、私はホール近くまで戻り侍女侍従に声をかけアルレイシアの元へ戻った。
「君、こちらのレディの体調があまり良くないようだ。どこか部屋で付き添ってあげなさい。確かご婚約者のラットン子息が会場にいらしたはずだから、君は周りに気取られぬようにご婚約者を連れてきて差し上げなさい」
アルレイシアが泣いたことは明らかだったがどちらも何も言わずに従った。私はニコリと笑顔でアルレイシアを見送った。
もっと早くに知り合えていたら、何かが変わっていたのだろうか。
いや、変わらなかっただろう。
彼女の婚姻はクラウム家とラットン家の政略の意味合いが強い。いくらエリストロ家の次男といえ、侯爵家を継ぐ立場にもない私にはどうにもならなかっただろう。
それでも、愛らしい顏かんばせを涙で濡らさせるなど、たとえ政略であったとしても許せない。
「・・・・・ヘンリク・ラットン」
0
あなたにおすすめの小説
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
悪意には悪意で
12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。
私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。
ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。
何も決めなかった王国は、静かに席を失う』
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、
表には立たず、裏で国を支えてきた公爵令嬢ネフェリア。
だが――
彼女が追い出されたのは、嫉妬でも陰謀でもなかった。
ただ一つ、「決める役割」を、国が彼女一人に押しつけていたからだ。
婚約破棄の後、ネフェリアを失った王国は変わろうとする。
制度を整え、会議を重ね、慎重に、正しく――
けれどその“正しさ”は、何一つ決断を生まなかった。
一方、帝国は違った。
完璧ではなくとも、期限内に返事をする。
責任を分け、判断を止めない。
その差は、やがて「呼ばれない会議」「残らない席」「知らされない決定」となって現れる。
王国は滅びない。
だが、何も決めない国は、静かに舞台の外へ追いやられていく。
――そして迎える、最後の選択。
これは、
剣も魔法も振るわない“静かなざまぁ”。
何も決めなかった過去に、国そのものが向き合う物語。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
『紅茶の香りが消えた午後に』
柴田はつみ
恋愛
穏やかで控えめな公爵令嬢リディアの唯一の楽しみは、幼なじみの公爵アーヴィンと過ごす午後の茶会だった。
けれど、近隣に越してきた伯爵令嬢ミレーユが明るく距離を詰めてくるたび、二人の時間は少しずつ失われていく。
誤解と沈黙、そして抑えた想いの裏で、すれ違う恋の行方は——。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる