溢れるほどの花を君に

ゆか

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「はい、嬢ちゃん何時もの」

「ありがとうございます」


フードのせいか嬢ちゃんと言われる年ではないが店主のエルマーはエミリアの事をそう呼ぶ。もしかしたら若い女はみんな嬢ちゃんなのかもしれない。エミリアがそんなことを考えながら紙袋を受けとるとエルマーはじっと店の入り口を見つめた。


「一人で来たのかい?」

「え?」

「一昨日どこかのお貴族様が騒ぎを起こしたみたいなんだ。嬢ちゃんも気をつけなね?今だって外に変な男がいる。亭主に嬢ちゃん家まで送らせようか?」

「・・・・・・・・・・いえ、父です。似てませんが。ここのクッキーが大好きなんです」

「ええ!?そうかい、そりゃあ悪いことを言ったね、てっきり人拐いかと」


ハハハと乾いた笑いを浮かべるエルマーを見て、エミリアは変装したウォーロフはそんな風に見えるのかとしみじみ思ってしまった。


それでもエルマーはエミリアを店の外まで見送る。何事かと様子を伺うウォーロフにエミリアがわざとらしく『お父さん』と呼んでみるとウォーロフはエミリアの事を笑顔で『お帰りエミ』と呼んだ。

それを見たエルマーはおまけだと言って小さな包みをエミリアに渡し店の中へ戻っていった。


ウォーロフはエミリアのお使いものを斜めに下げたバックに入れると夕刻までは時間があるのでゆっくり買い物をしましょうとエミリアの馴染みの店を次々とまわってくれた。


浴用石鹸、洗髪用石鹸、香油、下着や女性用品。店によっては入り口で待っていてもらいながら、やっと揃った消耗品達に、エミリアはホッとした。


「ありがとうございました。これで全部です」


「まだ時間があるのでちょっとおやつにしましょうか」


ウォーロフがオススメの店だと言って連れてきたのは白とピンクと水色の造りの可愛らしいお店、『カメリアの誘惑』。物凄い名前だが女性に人気のケーキ屋だ。

エミリアも知っていたこの店は、予約するだけでも二月は待つ人気店だ。


「ウォ、、、お父さん、ここ、予約がないと食べれません。お持ち帰りも、この時間じゃあもう売り切れてると」

「勿論、三ヶ月も前に予約をしてますよ。さ、行きましょう」


ウキウキと足取りの軽いウォーロフに連れられ店内にはいると甘い香りと可愛らしい装飾で溢れていた。


(かわいい、かわいいけど何だろう。恥ずかしい)


ウォーロフが従業員に予約票を渡すと店内の奥、半個室のような場所に通される。


「この店では必ずこの席を予約するんです。私の席からは店内と出入口が見え、裏口も近い。なんなら窓を破ることも出来ますからね」

「そ、そうですか」

「どうしました?」

「いえ、こんなに若い、、、かわいいお店、なんだか場違いな気がして」

「エミはまだ若いでしょう、何を言うんですか。私はどうなんです?娘が居なければ一人では厳しいですよ?ああ、もうメニューは予約の段階で決めていますので申し訳ありませんが私のオススメを召し上がってくださいね」


(この人は本当にウォーロフさん?)


暫くすると運ばれてきたのはデザートの盛り合わせ。プレートに所狭しと一口大のケーキが並び、クリームや果物、ハーブや食用花などで飾り付けられた豪華な物だった。

エミリアとウォーロフの前にそれぞれ置かれ、エミリアは驚いた。


(これで、一人分)


香りの良い暖かい紅茶も運ばれて来て、エミリアが口を付けるのをキラキラした目で待つウォーロフを見てフォークを手に取った。


(美味しい!)


柔らかなスポンジ生地に甘さ控え目なクリーム、間に挟まれているフルーツの酸味が爽やかだが、フルーツソースは甘めだ。

目の前で幸せそうに食べ進める体格のいいウォーロフには不釣り合いに感じた。


(確かに一人では入りづらいわね)

一口口に運ぶ毎に色々な味が楽しめ、エミリアは頬が緩むのを感じた。


「甘党、ですよね」

「元々甘味の無い辺境の村出身ですから、王都に移ってすぐに虜になりました」


(辺境の村......)


──親を殺されたウォーロフは......


神官長は聞いてみろと言ったがウォーロフの過去に繋がることを聞く事にエミリアは躊躇った。エミリアが聞けばウォーロフは答えてくれるだろうが辛い過去を思い出してしまうかもしれない。


「・・・二人分の予約、誰と来る予定だったのですか?」

「一人です。食べるのは一人で持ち帰りが一人前、昨日の内に持ち帰り分を食べて行けるように変更しておきました」


(一人でこの店に・・・何時ものキリッとしたウォーロフさんと噛み合わない)


エミリアは昨日からウォーロフに対して失礼な事ばかり考えてしまう。思考を振り払いながら人気の味を堪能した。






「ウォーロフさんは神子の騎士の条件、知ってますか?」


考えて考えて、エミリアはウォーロフに神子の騎士について聞いてみることにした。

ウォーロフは従業員を呼び空になった皿を下げさせると、後は自分でやるとからと、ポットを受け取った。


「申し訳ありません。私はその条件を知らないのです」


エミリアと自分のカップに新しい紅茶を注ぐとウォーロフはその香りを楽しんだ。


(やっぱり駄目なのね)


「私もいまだに不思議なのです。何故私なのかと」

「え?」

「実は私は犯罪者なのですよ。打ち首ものの」


犯罪者、エミリアはウォーロフの言葉に驚いた。瞳が零れそうな程に瞠目し言葉を失った。


「私は戦争孤児です。もう三十年以上、いえ、もうすぐ四十年ですか、国境沿いの小さな村で、当時は隣国との小さな争いが各地で起こり、私の村も巻き込まれました。大ケガをした私は不衛生な環境のせいもあり傷口が酷く化膿し感染症を患っていました。何日寝込んだのか、全く記憶にもありませんでした。ただ苦しくて、眠っているのか起きているのかさえ分からない。食事も喉を通らず、自分の死を覚悟しました。夢の中では私を切りつけた隣国の兵が現れ、下卑た笑いを浮かべる。苦しくて苦しくて悔しくて、その男に私はある日反撃したのです」


「幻の兵に反撃、ですか?」


「・・・・包帯を替えるためのハサミを取り刺しました」


エミリアはぞわりと背中におぞけが走るのを感じた。怪我や病で錯乱した者が医者や看護師に危害を加えると言う話しは聞いた事があった。

ウォーロフは幻ではなく生身の人間を刺したのだと。


「あ、相手の方は」

「生きていました。左肩に深さ10センチ程、死にかけの子供の渾身の一撃。私が刺したのは医者ではありませんでした。そもそも医者なんて居ませんでしたから。・・・・・・・・私は、慰問に訪れたガレス様を刺したのです」


オルグ様の騎士に首を取られそうな所を助けられたんです。そう言ってウォーロフは楽しそうに笑った。












夜、エミリアはベッドの中でウォーロフの話を思い返した。



──神子を害せば土地が枯れる。ただの噂ではなく本当の事なのですよ。そのまま息絶えると思われた私は生き残りました。目を覚ました時、隣の粗末なベッドにはガレス様が魘されていました。感染症でした。

神子オルグ様はガレス様の回復を待ち王都へ戻りました。私は下僕になるのを覚悟で無理についていったのです。


(神子には何故恵みがないの?神子の騎士って?)



──中央の騎士になり五年、オルグ様よりガレス様の騎士として命を捧げよと任命され、私はこれを快諾致しました。


(土地が枯れる・・・・・確かに、私もそれを知ってる。恵みの神子は神の寵を受ける。危害を加えれば非業の死を迎える。中央に移った時過去にあった神子の事件を随分ときいた。・・・ガレスを刺したウォーロフは死ぬと思われていたのに生き延びて騎士になった。ガレスのための騎士に。)


ふとエミリアは思った。ウォーロフが就く前は?神子のための騎士は神子一人に一人だけ。それまでガレスには騎士がいなかった。いや、正しくは居たが神子の騎士ではなく神殿の騎士だ。


(40年前、ガレスはいくつ?30歳くらい?オルグ様はそれまで神子騎士を指名しなかった。何故?ジャンは?神子に対して罪を犯したと言うならジャンも同じ。ウォーロフも、ジャンも生きてる)


「・・・・・・分からないわ」


眠れぬエミリアはベッドから起き上がるとテーブルの上のポットからグラスに水を入れグッと呷った。ホッと息をつき、昼間エルマーから貰ったクッキーの包みが目に入った。

エルマーがくれたのはジンジャークッキー、包みの上からクンと匂いを嗅いでまたテーブルの上に戻す。


難しい顔で暫く考え、またそれを手に取った。



(剣なんて抜かずに引き剥がせば良かったのよ)



しばらく室内をうろうろしたエミリアは包みを片手に、静かに部屋を出た。











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