溢れるほどの花を君に

ゆか

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「ジュリアス、ここから神殿まではどのくらいかしら」

「馬車で半日、位だ。」

「距離が有るのね。馬車でなく馬なら?」

「あまり変わらない。急ぐつもりはないからね。」

「ならすぐに出ないと。」



朝目が覚めると体の怠さは少しだけ収まっていた。オズロの薬が効いたのだと胸を撫で下ろし、同時に早くジュリアスを戻さないとと焦りも感じた。

隣国アルドゥラとの情勢が不安定な中、ジュリアスは一月近く不在にしているからだ。

ベッドで半身を起こすエミリアは冷静に返すジュリアスに余計に気が急いた。


「リア、君の体調を整えてからだ。」

「でも」

「でもじゃない。」

「馬車で移動するなら、中で大人しく寝てるから」

「駄目だ。」

「・・・・・私のせいね、ごめんなさい。ならジュリアスだけでも先に出て。」

「行かない。私たちがここに滞在しているのは町の者に知れてる。リアを置いていくことは出来ない。」



自分の我が儘と体調管理が出来ていないせいで予定がずれる。ジャンから離れたことで弱くなると聞いてはいた。エミリア自身気を付けてはいたがここまでとは正直思ってもいなかった。

アルドゥラの牽制の為に急いでメルヴィスに向かうことが必要だった。エミリアはジャンから離れれば回復が早まることもありジャンを置いて王都を抜けた。

そして一度メルヴィスに渡れば暫くはメルヴィスを出ることは出来ない。それは一年か二年か三年か。

ラーノクに赴いたのはエミリアの我が儘だ。許してくれたジュリアスに甘えた。

今エミリアがベッドの中に居るのはその我が儘の結果だ。自分の立場、ジュリアスの立場を考え、自分の軽率な考えに、潰れそうな程罪悪感を感じ、俯き毛布をぎゅっと握りしめた。



「失礼致します。」



その声に顔を上げると、湯気の立つ食事のトレーを持ったヴァルがいた。

神官服を纏った見知ったヴァルの姿に、エミリアはポロリと涙を溢す。


ジュリアスはギクリと体を固め、ヴァルはそんなエミリアに驚き足を止めるが。すぐに何時ものように表情を隠し、控えているリズに目配せをする。


「殿下、お話は後で、で宜しいでしょうか」


「あ、ああ。リア、済まない。私は責めているわけでは「ご退室を」・・・・」


ヴァルとリズの冷たい声に、ジュリアスは大人しく席をたった。


「リア、私はこの町でしなければならない事を終わらせてくる。その間にゆっくり体を休めてくれ」

「・・・・ありがとう。そうさせて貰います。」


どこか他人行儀な言葉に躊躇うも、扉を開けて待つリズの視線に促されるように部屋を出た。


扉を閉め、ガチャリと内鍵を閉めるとリズはカツカツと歩みよりエミリアの手を取る。


「領内に入った事で取り敢えずの目的は達しております。ヴァルも駆けつけ、扉の外にはエミリア様の良く知る騎士も居ります。ガレス様と離れ、エミリア様の騎士も連れず、道中さぞ心細かった事でしょう。私は勿論、ヴァルも他の者たちも、エミリア様をお守り致します。お一人で抱え込まずどうか私共わたくしどもを頼ってはくださいませんか?」


リズの申し出にエミリアは目を丸くした。

中央神殿を出てからリズはエミリアから離れず、宿では同じ室内で、ソファーで、隣のベッドで眠り共に過ごした。

自らがエミリアに踏み込むような言動はしなかったリズが、自分の手を取り頼れと言う。

エミリアとしては十分に頼っているつもりであったがどうやら違うらしい。そう思うと途端に申し訳なさが込み上げてきた。


「ごめんなさい、頼っていないわけではないの。ずっと守ってもらって、たくさん負担をかけて、申し訳なく思っているわ。これからも、まだ落ち着くまでかかるけれど、助けてもらいたいの」


「・・・・・・エミリア様、勿論お守り致します。ですがそうではないのです。不安を口にするのは難しいかもしれません。ですが私共はそんなに頼りないですか?信用が無いのですか?メルヴィスに同行を許された者たちは皆信頼を得ていると自負しております。ええ、今目の前で目を白黒させているエミリア様にハッキリと申し上げます。痛い辛い怖い悲しい、何でもいいのです。もっと私たちに甘えて下さい!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


言い切ったリズは強い眼差しでエミリアを見つめる。

エミリアはリズの言葉を頭の中で反芻し、『頼る』の思い違いを理解した。

理解はしたがエミリアには『甘える』が正直どうしたら良いか分からなかった。お互いの立場を考え、ある程度の距離を置いていた事もある。



「エミリア様、リズは、私もですが、神子としてだけではなく、エミリア様自身を支えたいと思っております。私やリズも、神官や騎士としてだけではなく只のヴァルとリズとして、エミリア様のお心もお守りしたいと申し上げているのです。」


「・・・・・・・友人、の、ような?」


甘い言葉をかけながら近付こうとする者は多かった。友人、恋人、後見になりたいと。今まで幾人も冷たく追い返したエミリアは、リズの手を振りほどけないでいた。

二人の目があまりにも真剣で真っ直ぐだから。


「かもしれません。さ、食事が冷めてしまいます。お召し上がり下さい。お食事後もう一度オズロ様に見ていただきましょう。」

「では私はお茶をお淹れしますね。」



ベッドの上で食事を取りながら、エミリアはじっと考えた。


今まで目を背けていた中に、彼らのような優しさがある。

知っていて気が付かない振りをした。

裏切られる事が怖かった。

最初から知らなければ、一人でいれば傷つく事もない。


そう思っていたのに、今の自分はどうだろう。

ガレスから離れてジュリアスとそれぞれの騎士とで旅をした。ジャンと離れれば回復し、自分が許せば彼は自由になれる。

あんなに苦しかった筈なのに、ガレスと離れ、ジャンと離れて、酷く心細く不安だった。

戦は怖い。命のやり取りなど今までに関わったことなどない。あの事件の時もそうだった。それでも、自分の価値や居場所を見出だしたかった。

立ち止まってはいけない。振り返れば崩れてしまう。

みっともなく泣いてしまうかもしれない。


扉を開けたヴァルの、あのいつもの無表情にホッとした。

疲れを隠そうとするリズの顔でもなく、神官服を脱いだオズロでもなく、いつもと同じ服装に表情の、変わらない日常に。





目の前の少し冷めたスープが滲む。

リズがベッドの脇に座り優しくエミリアを抱きしめた。



「リズ、ヴァル・・・・・ありがとう」



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