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(ここは、どこ?)
気が付くとエミリアは見知らぬ町で、ただぼんやりと、流れる時間を眺めていた。
先程までホーウェンスとジャンと三人で街へ買い物に出かけていたはずだった。それが気が付けば見知らぬ港町、自分だけ時間に置いて行かれたように、早送りで流れる街を見ている。
エミリアは暫くの間、水面に漂う様な意識を手繰り寄せながら振り返る。
(・・・・・そう、よね。戻れる訳が無い。全部夢、私に都合のいい、幸せな夢)
急激に温まっていた心が冷えるのを感じた。悲しいような、悔しいような気持ちが胸に溢れ、涙が零れそうになるのを唇を噛みながら堪えた。
それでも溢れる涙は、誰の目にも止まらない。そう気がつくと流れる涙の行方など気にならなくなり、我慢をやめて声を上げて泣いた。
どれだけ涙を流したか、ぼやける頭と目で、エミリアは知らぬ町を、進む時間を、眺める。
ここは何処なのか、何故ここに居るのか。
分かるのは、自分とこの町の時間の流れが違うこと。自由に動けないこと。
美しい海辺の町、太陽が水面を美しく照らし、宝石のように目映い輝きを放つ。
夜明け前から動き出す人々は太陽と共に活気付き営む。人々は日が暮れるまで働き、星が瞬く頃に食卓を囲み、酒場で盃を交わし合い、愛するものへ愛を囁く。
決して豊かな町ではないが、活力のあるその瞳は命の力強さを感じた。
時間は流れ、貧しい町はみるみる内に豊かに変貌して行く。港は広がり停泊する船も大きなものに変わり、木造の隙間だらけの建物はレンガ造りに、町が急速に育って行く。
貧しかった漁村は豊かな港町へ、立派な宿屋がたち路上で開いていた店は店舗へ、小さな酒場は大きく、沢山の旅行者や商人が往来を歩く街へ。
いつの間にか時間の流れが緩やかになり通常へ変わっていた。
船着き場から海を眺めていると、一艘の船が帰港する。
漁船であろうその大きな船から荷物が運び出されると、仕事を終えた漁師が次から次へと降りてくる。
すると一人の男がエミリアに向かって手を大きく降り笑顔で目の前までやって来た。
記憶をぐるっと巡るが知らない男だ。
真っ黒に日焼けした逞しい躯体の白い歯の青年。
「リナ、ただいま」
「おかえりなさい、ダルダ」
驚いたエミリアが一歩下がると、自分から抜け出すように飛び出した誰かが目の前の男に抱きついた。
髪の長い、柔らかな雰囲気を醸す若い女性。
暫く抱擁わ交わした二人は指を絡ませなから手を繋ぎ歩き出す。
エミリアは何故かその二人について後ろを歩き出した。恋人なのか、夫婦なのか。二人は丘の上の家に帰る。数日後、日が上る前に男を送り出す。熱く抱擁を交わし何度も口づけ、リナは寂しそうに、ダルダは何度も振り返り丘をおりる。
女は長いこと家の外で遠くに見える港を眺めると静かに部屋へ戻った。暫くの間椅子に座り、ふと思い出したように掃除を始める。
床を掃き、雑巾で磨き、窓を拭く。
「あの男はまた行ってしまったか」
いつの間にか家の中にいたその人は、声からして女性だろう。
グレーのローブを身に付け、深く被ったフードを少しだけ持ち上げてエミリアを見た。
金色の瞳がエミリアを捕らえ、金縛りにあったかのように動けないでいた。
吸い込まれそうな程に澄んだ瞳は、冷たく、刺すように鋭い。
「いらっしゃい。お母様」
「座って休みなさい。食事は食べたのか?」
「これから支度をします。お母様も一緒にいかがですか?」
「必要ない。こちらに」
母親はリナの手を取り引き寄せると、リナの額に額を重ねた。
「ああ、温かい。ありがとう、お母様」
「あの男はまた暫く帰らない。この時期北は荒れているはず。お前から離れ過ぎれば船に加護は届かない。それでもあの男は帰ってくる。イリエストリナ、お前の分の加護をあの男が持っている。お前は何も持たない丸裸の赤子の状態、いや、それよりも酷い。怪我は治らず病を得れば命を脅かす。」
「気を付けているわ」
「知っていて何故あの男は離れる」
「お仕事ですもの」
「明日も来る。体を壊さないようにしなさい」
そう言うとふっと光の筋が立ちその場から姿を消した。
(彼女は、イリエストリナ?では、あのお母様と呼ばれた人は、女神リフェリティス?)
何日も同じような日が続く。イリエストリナの元に毎日のように母親が訪ね、額を会わせると消える。
出入りするのは母親と地元の子供だけだった。上は12才位から下は6才位まで年齢は様々で、五人から七人ほど。彼らは神殿で預かっている子供たちで、年長の少年は町の教会の神官の子供、年少の子はその少年の弟だと会話から察した。イリエストリナは子供たちに本を読んだり菓子を焼いたりと、世話をしているようだ。
子供たちが楽しそうに庭で遊び、イリエストリナに手を振る。その度にふっと優しげな笑顔を浮かべて手を振り返す。そんなイリエストリナの横で、じっとその風景をスケッチする少年。子供たちや、それを見守るイリエストリナを描いているようだ。
広い庭のある丘の上の家は子供たちの遊び場になっているようだった。
ある日イリエストリナの元に知らせが届く。北の海で嵐に合いぼろぼろの状態で船が帰ってきたと。
慌ててイリエストリナが飛び出し、エミリアの足は自然とそれを追った。
港には既に人で溢れ、泣き叫ぶ人や静かに抱擁を交わす人、必死に誰かを探す人や呆然と船を見つめる人の姿があった。
イリエストリナは必死に船から降りてくる船員に声をかけダルダを探した。
ダルダの姿を見つけたイリエストリナはしがみつきながら声を上げて泣き出し、ダルダもまた、イリエストリナの髪や背中を何度もさすり力強く抱きしめた。
(──初代恵みの神子イリエストリナは女神リフェリティスの娘。夫は漁師であった。・・・・これは過去の二人?)
二人は暫くの間離れずに過ごし、イリエストリナは幸せそうに寄り添う。
離れている時間が長くともお互いに慈しみ合う、幸せそうな二人に見えた。
そしてまたダルダを見送る。
イリエストリナの日常はとても狭いものだった。
ダルダが船に乗れば母親が訪ねて額を合わせ消える。訪ねてくるのは数日に一度町の子供だけ。それ以外殆ど誰も訪れない。
家事をこなし、買い物へ行き一人分の食事を作る。
変化のない毎日、一人の時間。
ある日イリエストリナが買い物に町に降りるとダルダの乗る船が港に帰ってきていた。
予定より早い帰港にイリエストリナの顔が綻んだ。
既に降りた船員の中にダルダを見つけたイリエストリナは、駆け寄ろうとして足を止めた。
そこには栗毛色の可愛らしい女性に向かって微笑むダルダの姿があった。
イリエストリナはじっと二人を見つめ、静かに丘の上に向かって歩き出した。
エミリアはダルダが何故その女性と居るのかが気になりダルダの側に寄ろうとしたが体はイリエストリナの後を追い続けた。
イリエストリナから離れられないのだとここに来てやっと気が付いた。
この日から二人の関係に少しずつズレが生じてきたように見えた。
イリエストリナは何時ものようにダルダに接するもどこか上の空で、ダルダはイリエストリナから離れ町に降りるようになった。
何も聞かないイリエストリナにダルダは何も話さず時間だけが過ぎて行く。
エミリアは町に降りて買い物をするイリエストリナに付いていた。
びくりと肩を震わせ立ち止まるイリエストリナの視線の先にはダルダとあの時見た女性の姿があった。
女性の腹は膨らみ、妊娠しているのだと分かる。
買い物を終えた二人は露天で果物を買い、ダルダが荷物を受け取る。
女性を気遣いながら歩く姿は仲睦まじい夫婦の様だった。
「仲間の家に行くと言っていたのに」
呟いたイリエストリナは虚ろな瞳で二人の後ろ姿を見ていた。
町に行くと度々、ダルダが栗毛の女性と歩く姿を目にした。
イリエストリナはダルダの不在時に来る母親、リフェリティスをすげなく追い返すようになった。
イリエストリナを訪ねてくる子供たちにもごめんなさいと一言伝え扉を閉めた。
イリエストリナの様子をおかしいと感じた子供たちは裏口から、窓から覗き生気の抜けてしまったイリエストリナを心配した。
ダルダは当たり前のように家に帰り、イリエストリナを抱きしめ、また『友人』に会いに家を開ける。
イリエストリナの心が不安定なことにも気が付かず、いや、気が付いていて何も言わないのかもしれない。
──イリエストリナの心が壊れて行く。
エミリアの胸は苦しくなり、気が付けば涙が頬を伝っていた。
「リナ、今日は友人の家で祝いがあるんだ、遅くなるよ。」
「いってらっしゃい」
「帰ったら、話がしたい」
「・・・・・・ええ」
昼を過ぎた頃、ダルダは家を出た。
外はチラチラと雪が降り出していた。
イリエストリナは窓を開け振り返ることなく歩くダルダをじっと眺めた。
「イリーお姉さん、開けっ放しは風邪を引くよ?」
「・・・・あら、ごめんなさい。今日もお菓子は作っていないの」
窓の外から何時も遊びに来る子供たちがイリエストリナに声をかけた。
「いいよ。僕たちお姉さんに会いに来てたんだよ。ねえ、ダルダさんは?」
「・・・・・・・・・・・街に、お友達の家へ行っているわ」
「僕たち今日はここにいるよ。掃除とか、手伝う。」
「大丈夫よ、必要ないわ。」
「そんなこと言ったって、僕たちは帰らないよ」
一人の子供が窓を登り中から鍵を開けると他の子供たちも中へ入って来た。
年長の少年がイリエストリナを椅子に座らせ、他の子が肩掛けをイリエストリナの肩に掛けた。
少年は心配そうにイリエストリナの顔を見つめ、それにイリエストリナは儚く微笑み返す。
パッと顔を反らした少年は顔と耳を赤くした。
テーブルを拭き台所の食器を洗い、綺麗に拭き取り棚に納める。箒やバケツを用意する子供たちを見てイリエストリナが声をかけた。
「それはいいわ。昨日したから、今日はいいの。」
立ち上がり、「お礼をさせて」とイリエストリナは微笑んだ。そんなことの為じゃないと言う少年達に、「嬉しかったから」と返した。
イリエストリナは五人と一緒に胡桃のクッキーを作り振る舞った。
小さな子供たちは喜んだが年長の少年は苦い顔をする。
コホン。
小さな咳が聞こえ、エミリアの心臓は跳ね上がった。
気が付くとエミリアは見知らぬ町で、ただぼんやりと、流れる時間を眺めていた。
先程までホーウェンスとジャンと三人で街へ買い物に出かけていたはずだった。それが気が付けば見知らぬ港町、自分だけ時間に置いて行かれたように、早送りで流れる街を見ている。
エミリアは暫くの間、水面に漂う様な意識を手繰り寄せながら振り返る。
(・・・・・そう、よね。戻れる訳が無い。全部夢、私に都合のいい、幸せな夢)
急激に温まっていた心が冷えるのを感じた。悲しいような、悔しいような気持ちが胸に溢れ、涙が零れそうになるのを唇を噛みながら堪えた。
それでも溢れる涙は、誰の目にも止まらない。そう気がつくと流れる涙の行方など気にならなくなり、我慢をやめて声を上げて泣いた。
どれだけ涙を流したか、ぼやける頭と目で、エミリアは知らぬ町を、進む時間を、眺める。
ここは何処なのか、何故ここに居るのか。
分かるのは、自分とこの町の時間の流れが違うこと。自由に動けないこと。
美しい海辺の町、太陽が水面を美しく照らし、宝石のように目映い輝きを放つ。
夜明け前から動き出す人々は太陽と共に活気付き営む。人々は日が暮れるまで働き、星が瞬く頃に食卓を囲み、酒場で盃を交わし合い、愛するものへ愛を囁く。
決して豊かな町ではないが、活力のあるその瞳は命の力強さを感じた。
時間は流れ、貧しい町はみるみる内に豊かに変貌して行く。港は広がり停泊する船も大きなものに変わり、木造の隙間だらけの建物はレンガ造りに、町が急速に育って行く。
貧しかった漁村は豊かな港町へ、立派な宿屋がたち路上で開いていた店は店舗へ、小さな酒場は大きく、沢山の旅行者や商人が往来を歩く街へ。
いつの間にか時間の流れが緩やかになり通常へ変わっていた。
船着き場から海を眺めていると、一艘の船が帰港する。
漁船であろうその大きな船から荷物が運び出されると、仕事を終えた漁師が次から次へと降りてくる。
すると一人の男がエミリアに向かって手を大きく降り笑顔で目の前までやって来た。
記憶をぐるっと巡るが知らない男だ。
真っ黒に日焼けした逞しい躯体の白い歯の青年。
「リナ、ただいま」
「おかえりなさい、ダルダ」
驚いたエミリアが一歩下がると、自分から抜け出すように飛び出した誰かが目の前の男に抱きついた。
髪の長い、柔らかな雰囲気を醸す若い女性。
暫く抱擁わ交わした二人は指を絡ませなから手を繋ぎ歩き出す。
エミリアは何故かその二人について後ろを歩き出した。恋人なのか、夫婦なのか。二人は丘の上の家に帰る。数日後、日が上る前に男を送り出す。熱く抱擁を交わし何度も口づけ、リナは寂しそうに、ダルダは何度も振り返り丘をおりる。
女は長いこと家の外で遠くに見える港を眺めると静かに部屋へ戻った。暫くの間椅子に座り、ふと思い出したように掃除を始める。
床を掃き、雑巾で磨き、窓を拭く。
「あの男はまた行ってしまったか」
いつの間にか家の中にいたその人は、声からして女性だろう。
グレーのローブを身に付け、深く被ったフードを少しだけ持ち上げてエミリアを見た。
金色の瞳がエミリアを捕らえ、金縛りにあったかのように動けないでいた。
吸い込まれそうな程に澄んだ瞳は、冷たく、刺すように鋭い。
「いらっしゃい。お母様」
「座って休みなさい。食事は食べたのか?」
「これから支度をします。お母様も一緒にいかがですか?」
「必要ない。こちらに」
母親はリナの手を取り引き寄せると、リナの額に額を重ねた。
「ああ、温かい。ありがとう、お母様」
「あの男はまた暫く帰らない。この時期北は荒れているはず。お前から離れ過ぎれば船に加護は届かない。それでもあの男は帰ってくる。イリエストリナ、お前の分の加護をあの男が持っている。お前は何も持たない丸裸の赤子の状態、いや、それよりも酷い。怪我は治らず病を得れば命を脅かす。」
「気を付けているわ」
「知っていて何故あの男は離れる」
「お仕事ですもの」
「明日も来る。体を壊さないようにしなさい」
そう言うとふっと光の筋が立ちその場から姿を消した。
(彼女は、イリエストリナ?では、あのお母様と呼ばれた人は、女神リフェリティス?)
何日も同じような日が続く。イリエストリナの元に毎日のように母親が訪ね、額を会わせると消える。
出入りするのは母親と地元の子供だけだった。上は12才位から下は6才位まで年齢は様々で、五人から七人ほど。彼らは神殿で預かっている子供たちで、年長の少年は町の教会の神官の子供、年少の子はその少年の弟だと会話から察した。イリエストリナは子供たちに本を読んだり菓子を焼いたりと、世話をしているようだ。
子供たちが楽しそうに庭で遊び、イリエストリナに手を振る。その度にふっと優しげな笑顔を浮かべて手を振り返す。そんなイリエストリナの横で、じっとその風景をスケッチする少年。子供たちや、それを見守るイリエストリナを描いているようだ。
広い庭のある丘の上の家は子供たちの遊び場になっているようだった。
ある日イリエストリナの元に知らせが届く。北の海で嵐に合いぼろぼろの状態で船が帰ってきたと。
慌ててイリエストリナが飛び出し、エミリアの足は自然とそれを追った。
港には既に人で溢れ、泣き叫ぶ人や静かに抱擁を交わす人、必死に誰かを探す人や呆然と船を見つめる人の姿があった。
イリエストリナは必死に船から降りてくる船員に声をかけダルダを探した。
ダルダの姿を見つけたイリエストリナはしがみつきながら声を上げて泣き出し、ダルダもまた、イリエストリナの髪や背中を何度もさすり力強く抱きしめた。
(──初代恵みの神子イリエストリナは女神リフェリティスの娘。夫は漁師であった。・・・・これは過去の二人?)
二人は暫くの間離れずに過ごし、イリエストリナは幸せそうに寄り添う。
離れている時間が長くともお互いに慈しみ合う、幸せそうな二人に見えた。
そしてまたダルダを見送る。
イリエストリナの日常はとても狭いものだった。
ダルダが船に乗れば母親が訪ねて額を合わせ消える。訪ねてくるのは数日に一度町の子供だけ。それ以外殆ど誰も訪れない。
家事をこなし、買い物へ行き一人分の食事を作る。
変化のない毎日、一人の時間。
ある日イリエストリナが買い物に町に降りるとダルダの乗る船が港に帰ってきていた。
予定より早い帰港にイリエストリナの顔が綻んだ。
既に降りた船員の中にダルダを見つけたイリエストリナは、駆け寄ろうとして足を止めた。
そこには栗毛色の可愛らしい女性に向かって微笑むダルダの姿があった。
イリエストリナはじっと二人を見つめ、静かに丘の上に向かって歩き出した。
エミリアはダルダが何故その女性と居るのかが気になりダルダの側に寄ろうとしたが体はイリエストリナの後を追い続けた。
イリエストリナから離れられないのだとここに来てやっと気が付いた。
この日から二人の関係に少しずつズレが生じてきたように見えた。
イリエストリナは何時ものようにダルダに接するもどこか上の空で、ダルダはイリエストリナから離れ町に降りるようになった。
何も聞かないイリエストリナにダルダは何も話さず時間だけが過ぎて行く。
エミリアは町に降りて買い物をするイリエストリナに付いていた。
びくりと肩を震わせ立ち止まるイリエストリナの視線の先にはダルダとあの時見た女性の姿があった。
女性の腹は膨らみ、妊娠しているのだと分かる。
買い物を終えた二人は露天で果物を買い、ダルダが荷物を受け取る。
女性を気遣いながら歩く姿は仲睦まじい夫婦の様だった。
「仲間の家に行くと言っていたのに」
呟いたイリエストリナは虚ろな瞳で二人の後ろ姿を見ていた。
町に行くと度々、ダルダが栗毛の女性と歩く姿を目にした。
イリエストリナはダルダの不在時に来る母親、リフェリティスをすげなく追い返すようになった。
イリエストリナを訪ねてくる子供たちにもごめんなさいと一言伝え扉を閉めた。
イリエストリナの様子をおかしいと感じた子供たちは裏口から、窓から覗き生気の抜けてしまったイリエストリナを心配した。
ダルダは当たり前のように家に帰り、イリエストリナを抱きしめ、また『友人』に会いに家を開ける。
イリエストリナの心が不安定なことにも気が付かず、いや、気が付いていて何も言わないのかもしれない。
──イリエストリナの心が壊れて行く。
エミリアの胸は苦しくなり、気が付けば涙が頬を伝っていた。
「リナ、今日は友人の家で祝いがあるんだ、遅くなるよ。」
「いってらっしゃい」
「帰ったら、話がしたい」
「・・・・・・ええ」
昼を過ぎた頃、ダルダは家を出た。
外はチラチラと雪が降り出していた。
イリエストリナは窓を開け振り返ることなく歩くダルダをじっと眺めた。
「イリーお姉さん、開けっ放しは風邪を引くよ?」
「・・・・あら、ごめんなさい。今日もお菓子は作っていないの」
窓の外から何時も遊びに来る子供たちがイリエストリナに声をかけた。
「いいよ。僕たちお姉さんに会いに来てたんだよ。ねえ、ダルダさんは?」
「・・・・・・・・・・・街に、お友達の家へ行っているわ」
「僕たち今日はここにいるよ。掃除とか、手伝う。」
「大丈夫よ、必要ないわ。」
「そんなこと言ったって、僕たちは帰らないよ」
一人の子供が窓を登り中から鍵を開けると他の子供たちも中へ入って来た。
年長の少年がイリエストリナを椅子に座らせ、他の子が肩掛けをイリエストリナの肩に掛けた。
少年は心配そうにイリエストリナの顔を見つめ、それにイリエストリナは儚く微笑み返す。
パッと顔を反らした少年は顔と耳を赤くした。
テーブルを拭き台所の食器を洗い、綺麗に拭き取り棚に納める。箒やバケツを用意する子供たちを見てイリエストリナが声をかけた。
「それはいいわ。昨日したから、今日はいいの。」
立ち上がり、「お礼をさせて」とイリエストリナは微笑んだ。そんなことの為じゃないと言う少年達に、「嬉しかったから」と返した。
イリエストリナは五人と一緒に胡桃のクッキーを作り振る舞った。
小さな子供たちは喜んだが年長の少年は苦い顔をする。
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