溢れるほどの花を君に

ゆか

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「イーダン止めろ!何してんだ!」

「おい!誰かこいつの父親おやじを呼んでこい!!」

「離せ!このクズを殺してやる!!」

「何言ってんだ!ダルダが何した!!」



ダルダを殴ったイーダンは周りの男達に引き剥がされ押さえられていた。木造の狭い室内は騒然とし、あの栗毛色の女性がダルダに駆け寄って抱き起こしていた。


「イリーお姉さんが子供を生まないからっ、あんたはその女を取ったのか!!」

「な、何を言ってるイーダン!!ハンナはそんな女じゃない!!」

「妻のある男と二人で何度も会っていてそんな女じゃない!?笑わせるな!!あの人がどれだけ傷付いたと思ってる!!」


イーダンと周りの男たちのやり取りを呆然と見ていたダルダはその会話に目を見開いた。


「リナは、勘違いをしてるのか?」

「勘違い?ふざけるな。何度もお前たちの浮気を見ている。お前のせいで、・・・・お前のせいで、、、あの人が死んだ!!」


しん、と室内が静まり返る。


「おいイーダン、悪い冗談はやめろ、ハンナの子が生まれた祝いの席だぞ?」


一人が窘めるように言うと、周りの男たちも同じように騒ぎ出す。


「あんたは知ってたはずだ!!あの人はあんたのために神力を使い弱っている事を!リフェリティス様から聞いていたはずだ!!」


「まて、何でその話を知っている?」


驚いたダルダが声を上げた。

それと同じくして扉が開き、息を切らした男と神官服を着た男が飛び込んできた。


「イーダン!!リフェリティス様の名を騙るとは何事です!!来なさい!」


イーダンの腕を掴み神官が引き摺るように立ち上がらせる。



女神リフェリティスはスッと前に出て声を上げた。


「騙ってなどいない。イーダンにはイリエストリナの見たものを見せた。私の娘は死に、イーダンが看取った。」


急に現れた女神リフェリティスに、この女は誰かと顔を見合わせる。

ダルダだけは顔を青くし目を泳がせ震える声で言葉を口にした。


「リナが、死んだ?そんな馬鹿な、さっきまでは元気で」


「さっき、さっきとは何時の事だ?昼か?あれからどれ程の時間が経ったと思っている?イリエストリナは死を選んだ。」


「なん、で」


「イリエストリナはお前のために全てを手放した。そしてお前の裏切りに絶望し心を閉ざし、消えたいと願った。」


「裏切ってなどいない!!リナを愛している!!」


「ふざけるな!」


イーダンはダルダの言葉に声を荒げ、イーダンの父である男はリフェリティスの姿を凝視したまま視線を反らせずにいた。

他の男たちも気がつけばリフェリティスの纏う高圧的な空気に圧倒され動けないでいた。



「この町には神の加護が二重にある。イリエストリナが与えたものと、イリエストリナが住むからこそ私が与えたもの。その全てを返してもらおう。」


女神リフェリティスが右手を大きく掲げると家の外は轟音と共に強い風が吹き出し、木造の家はギシギシと音を立て始めた。

ガタガタと扉に打ち付ける風と雪の粒に、皆怯えながら縮こまる。


ダルダは「リナ」と叫びながら扉を開け家から飛び出そうとした。扉を開ければ吹雪のような嵐、皆が止めたがダルダは振り切って出て行ってしまった。


「3日後に天候が弱まる。イリエストリナの遺体を運びだし葬って欲しい」


「リフェリティス様のお望みのままに」


女神リフェリティスはイーダンとその父親にイリエストリナを頼むと、リフェリティスは皆を見回し、エミリアに視線を向けた。



「待ってください!!」


ハンナだった。



「女神リフェリティス様だというなら何故このようなことをするのです。確かに私はダルダと会っていました。ですがやましいことはなくただ身重の私を心配しての事。ダルダは悪くありません!」


真っ直ぐに女神リフェリティスに向けた言葉にリフェリティスは美しい顔を歪ませた。


「・・・・・・浅ましい、実に不快だ。」


リフェリティスの身に付けていたローブが揺れ、辺りに重苦しい空気が漂う。

ふわりとフードが外れ、美しい髪と顔かんばせが晒される。太陽の光のように煌めく髪が揺れ、リフェリティスはパチリパチリと電気のようなものを纏う。


「私はあの男のように軽くはない。子の居ないダルダに何度も「あなたが父親だったら」と囁いた。この場にイリエストリナを呼ばなかったのも、ダルダが世話をやくのを内密にさせたのもお前の差し金だ。「子供の居ない彼女が嫌な思いをする」と遠ざけ、生まれた子をダルダに抱かせ、子の出来ないダルダに揺さぶりをかけ続けた。稼ぎが良いダルダと丘の上の家が欲しかった。海で死んだ夫の代わりに養うものが欲しかった。お前は子を生まないイリエストリナを見下していた。手伝いに来ている他の女にはこういった筈だ。「ダルダの妻から良く思われていない。酷く嫌われているみたいなの」と。」


ハンナは恐ろしいものを見るように顔を歪ませ後ずさる。女たちは驚いた顔でハンナに目を向けた。


「誤算だったのはダルダがイリエストリナと別れようとせずお前の子を養子に欲しいと言ったことだろう。違うと言うなら言ってみろ。私の前でその口から嘘が紡げるのならな」


はくはくと口を開くハンナを見て男たちも一歩、また一歩とハンナから距離を取る。




「お高くとまっていると、イリエストリナを輪から外した他の女達やお前が殺したわけではない。イリエストリナの弱い心が招いた結果とも言える。3日後一日だけ天候が弱まる。その間にこの町から逃げるがいい。二つの加護が消えた反動で、この町は以前よりも厳しい環境におかれる。人間が生活するには厳しいだろう」



小さな悲鳴がいくつも上がり、男達は息を飲んだ。




そして突如エミリアの視界がぐにゃりと歪んだ。










真っ暗な空間で目が覚めたエミリアは自分が横たわっていた足元を手で探る。冷たい石のような、硬い土のような感触。

ゆっくりと立ち上がり両手を伸ばしながら慎重に歩く。


「時間だ。もう戻れ」


背後からの声に振り返ると、真っ暗な中にぼんやりとグレーのコートが見えた。

フードを何時も以上に深く被り、金色の瞳は見えない。



「どうなったの?ダルダは?町は?イーダンは?」


グレーのコートから白く長い腕が伸び、エミリアの額にトンと指が触れた。


瞬間、目まぐるしく嵐のように情報が流れ込んできた。



リフェリティスによって神官は街の小さな教会に送られ、イーダンはイリエストリナの側に居ることを望みリフェリティスはそれを叶えた。

雨と雪は町を凍らせ、三日後にはリフェリティスの言うように嵐が弱まる。イーダンの父は雪を掻きながら懸命に丘の上の家を目指し、それをイリエストリナに会いに来ていた子供たちも手伝った。女神リフェリティスを信仰する多くの者が手伝い、無事イリエストリナを運び出すことが出来た。

教会の中でイリエストリナの葬儀が行われたが、嵐が弱まるまでの3ヶ月間そのまま安置され、その傍らには常にイーダンの姿があった。

遺体は痛むことなく生きていた頃と変わらない状態にあり、リフェリティスを信仰する者はより強く畏敬の念を持った。

イリエストリナは自宅のあった丘とは別の、日の当たる丘に埋葬された。


降り続いた雪が町を凍らせ、その氷が溶け始める頃にはまた天候が荒れる。



長く凍り付いた雪が溶ける頃。ダルダは自宅の庭で見つかった。


入り口が施錠されていたからか、雪で開かなかったからか、凍りついた窓を破るためだろう石を手に持ち力尽きていた。

ダルダの遺体は教会の裏手にある共同墓地にひっそりと埋葬される。





目まぐるしく時間が流れ、長く続いた嵐は五年で収まるが町は荒れ、以前のような活気はなく年を経る毎に貧しさを増していった。

町に残った者は、日々女神リフェリティスとイリエストリナに祈りを捧げ貧しさに耐えた。



どれほど季節を巡ったか、町はまた少しづつ活気を取り戻してきた。



教会の中では大人になったイーダンが祈りを捧げ、胡桃のクッキーを供える。リフェリティスが姿を表し、ひとつだけ摘まむ。少しだけ会話をすると姿を消した。

イーダンは黒い本を開き何かを書き記す。



それは毎年行われ、イーダンの没後は誰が祈りを捧げてもリフェリティスは姿を表さなかった。



深夜リフェリティスが眠るイーダンの額に指を置くとイーダンは飛び起き旅支度をして教会を出た。

そして痩せこけた小さな子供を連れ帰った。




断片的ではあるが、状況を理解するには十分だった。何年分を見たのか、ふらつくエミリアはリフェリティスに支えられていた。



「イーダンを、利用したの」


「純粋にイリエストリナを慕う者に生きる理由を与えた」


「ダルダはイリエストリナに、イリエストリナはダルダに、赦される為に巡り会うの?なら巻き込んだ町や人は?」


「イリエストリナがあの町に居ただけでどれ程の命が救われたと思っている。イーダンが連れてきたイリエストリナの欠片が、その先の欠片が、どれだけ救ったと思う?十分ではないか」


「皆はイリエストリナが女神の子だと知らなかったのでしょ?」


「それこそ人間の都合だ。そしてどのような理由があったとしても神の子の命が失われた。加護を取り上げた事を責められる謂れはない。」


「それは貴女のっ!」

「神と人は交わらない。それを飛び越えようとしたのは二人だ。ダルダはイリエストリナに秘密を持ち死なせ、イリエストリナはダルダと向き合わず死んだ。そして死して尚、イリエストリナはダルダを求め、ダルダはイリエストリナを求めた。」 


「・・・・贖罪のために巡り合うのではないの?」


「ダルダはイリエストリナに子を授けたかった。だがいくら人に堕ちたとて人間との間に子は授からない。あの女はダルダに父になって欲しいと話した。夫として、と言う意味で。しかしダルダはあの女が1人では育てられないのだと勘違いした。そして自分とイリエストリナの養子にと考えた。あの女はイリエストリナと別れる気のないダルダを得るためにイリエストリナが家を空ける時間にダルダに買い物に付き添いを頼んだ。重いものを持つと腹に負担がかかるからと。イリエストリナが死ななくとも、ダルダと別れて欲しいと、ダルダが漁に出ているうちに乗り込んでいただろう。そしてイリエストリナは何も告げずに姿を消す」



「何でっ!知らせていたら、彼女はっ!」


「イリエストリナはその愚かで真っ直ぐなダルダを愛した。人間であろうと、元は同じ存在であるはずの私を母と呼んだ。だからこそ自身が向かい合い、乗り越えなければいけない問題であった。だがイリエストリナは分かっていた筈の人間の嘘や偽りが自分に向けられることを拒絶した。清い魂には清いものだけでなく、穢れも引き寄せる。ダルダのいた世界は人であって人では無いイリエストリナには耐えられなかった。だから魂を分け、近い波動を持つ人間の中に眠らせた。人として生きられるように」




「・・・・それが、私達、恵の神子?」







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