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番外編
風にそよぐは金の花 3
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「リリアナ、お前のした事はカッチス家に泥を塗る行為だ」
「・・・・何の、事でしょうか。お父様」
父に呼ばれ執務室に行くと父だけではなくダグラスも居た。ダグラスとの婚姻を言い渡されるのではないかと思ったリリアナは、父の言葉でダグラスが父に話したのだとわかった。動揺を隠そうと知らない振りをするも、目の前のカッチス子爵は眉を顰めた。
「一部の貴族の間ではイリーナでは無くリリアナとディダ君が婚姻を結ぶなどと不快極まりない話が噂されている。リリアナ、私が知らないと思ったかい?噂の出どころはリリアナとよくお茶会を開くご令嬢方だ」
「それは」
「10日後に開かれる王家主催の舞踏会までに御相手を決めなさい。決められないならその時は私が決めよう」
「そんなっ!お姉様は19まで結婚が決まらなかったじゃない!!」
「イリーナにはずっと以前からウィルナー家からの打診があった。それに、瑕疵のある娘をいつまでも家に置いては置けない」
「酷い!瑕疵だなんて!!」
「ダグラス君から話は聞いている。姉の婚約者を奪おうと噂を撒き、ダグラス君にイリーナの部屋に忍べと言ったそうだな。どちらも使用人や他のものから証言を取っている。ウィルナー家からも内々に抗議を受けている。これが瑕疵では無くなんだと言うんだ!お前がカッチス家の娘だからウィルナー家も内々に済まそうとしてくれているんだぞ!」
「でもお父様!こんな噂が出たら私はどこにも嫁げないわ!やっぱりお姉様と」
「黙れ!!」
「っつ!!」
「これは決定だ。相手が見つからなければ私が決める。それが嫌なら修道院だ」
子爵はベルを鳴らし人を呼ぶとリリアナを今日一日部屋から出さないようにと告げた。真っ青な顔で部屋を後にするリリアナを見送り、子爵は大きくため息をついた。
「すまないね、ダグラス君」
「いえ、私も至らず申し訳ありません」
子爵は小さく首を振った。
「カッチス家とウィルナー家の婚姻は確かに政略的なものに見えるが、実は違うんだよ」
「存じております。全ての帳簿に目を通した訳ではありませんが、ここ数年ウィルナー家のお陰で販路が広がり利益が上がっているのでしょう」
「正しくは5年前からだよ。イリーナには伝えていないがその頃からイリーナとディダ君の婚約の話が出ている。大した財もない子爵家と大きく利益を伸ばし続けるウィルナー家、こちらが爵位を持っていると言ってもあまりにも釣り合わない縁談だ。ウィルナー家ならばカッチス家よりも高い家格の家との繋がりが持てる」
「・・・以前、イリーナと私の縁談が上がっていたのは」
「ウィルナー家は貴族との繋がりも濃い。婚約を受けた訳ではなかったがいつの間にか社交界ではカッチス家とウィルナー家の縁談の話が回っていた。ウィルナー家の仕業だとすぐに分かった。イリーナが美しくない訳では無い。何度かディダ君と合わせたが彼は会う度にイリーナに惹かれていくのがわかった。そしてリリアナがディダ君に憧れ、恋心を持ったのにも気がついた。当然、イリーナも気が付いたはずだ。イリーナはディダ君よりも年上だと言うことや見た目に華がないことを気にしていたから、いつかリリアナに目がいくのだろうと諦めていた。だから私はディダ君にイリーナが了承すれば認めると言ったんだ」
「私との婚姻の話は保険、ですか。万が一ウィルナー家との話が妹に移ればイリーナは捨てられた女だ。次の嫁ぎ先が見つかるとは限らない」
「失礼な行為だったことを謝るよ」
「いえ」
「ディダ君にも謝ったんだが、彼は言ったよ。それだけイリーナを愛しているのだから今回は・許しますと。ダグラス君、ディダ君は怖い男だ。彼は3年前からウィルナー家の実権を握っている。信じられるかい?彼は当時まだ15歳だ」
ダグラスはどこか遠い話を聞くような気持ちになっていた。
そっと瞼を伏せれば思い出す。
柔らかな笑顔で、優しい声で自分の名を呼ぶ愛しい女の姿を。
傷つけ死なせた女の姿を。
その日の内にイリーナはカッチス家を後にした。
見送りには子爵やダグラス、使用人が集まったがリリアナは顔を出すことは無かった。
イリーナはどこか寂しそうに子爵邸を見上げ、ディダはイリーナの肩を抱いて慰めた。
またすぐ会えるからと馬車に乗り込む姿を見て、ダグラスは酷い喪失感に襲われた。
イリーナがカッチス家を出た日の夜、ダグラスは部屋に鍵をかけアルコールの入ったグラスを傾けていた。
初めてイリーナに会った時、ダグラスは驚いた。
イリーナは自分が殺した女、イリエストリナにそっくりだと。生活を知れば姿だけではなく食の好みも変わらない。身につける物も、イリエストリナが好むものだった。
ダグラスは前世の記憶がある。具体的にいつからかは分からないが、ダグラスの中にはダルダという男の記憶があった。
ダグラスを悩ませる記憶はそれだけではなかった。何度も生まれ、恵の神子と呼ばれる者の傍で生きた。最初の男の記憶と違い酷く朧気ではあるが確かに私はそこに居た。
自分では無い自分の記憶が恐ろしかった。
あの日女神と交わした約束は守られることなく失われた。
人ではない彼女は嫉妬や怒り、憎しみと言った感情を持たない美しい人だった。
「必ず幸せにすると誓ったのに、私は何故・・・・・」
何年も暮らすうちに人の女と変わらない扱いをしていた。家を開けている間、どれほどの時間を一人ですごしたのか。子供でも居れば寂しくなどないだろうと思った。
本当は自分が一番子を持ちたかったのかもしれない。
家族という形にこだわったのは自分だ。
ダルダは死の淵で女神の声を聞いた。
『イリエストリナにはお前だけだった。最後までお前を求めた』と。
(私は、愚かな男だった)
その記憶のせいもあり成人してから何年も独身を貫いてきた。数年前、カッチス家との縁談を母に仄めかされても鼻で笑い話をまともに聞かなかった。
今回カッチス家に養子に入ることを受けたのは、子を持たなくてもいいと言われたからだ。娘の嫁ぎ先が決まり、複数子が生まれたらそのどの子かを跡継ぎにと聞いた。つまりは中継ぎの後継と言う事だ。
まさかその嫁ぐ娘が彼女だとは思いもしなかったのだ。
もしイリーナがイリエストリナならば、自分にまた恋心を持ってくれるのではと期待したりもしたが、イリーナはダグラスを見てもなんの反応もせず関係は淡々としたものだった。
二人で会うことは無く、茶の席を設けても必ずリリアナを同席させ、リリアナが断ればイリーナも断った。婚約者のいる身で異性と二人で会うことは出来ないと。
義理でも家族となるのだからと話しても変わらなかった。
イリーナには記憶はなく、ホッとしながらも残念で仕方なかった。
もう一度触れたい。優しい笑顔にキスを落とし、昔のようにその瞳に写して欲しかった。
そしてその思いは報われることは無かった。
ディダは時間さえあれば毎日のようにイリーナに会いに来る。ダグラスは初めて会った時からディダからは警戒されている事がわかっていた。そして嫌われている事も。
ダグラスの脳裏に浮かんだのは一人の少年。彼が育っていたらこうなっていたのではないか、そんな面影があった。
もしかしたら彼にも記憶があるのかもしれない。そう思い引き止めて話をしたが、そもそもあの少年の事を知らない。絵を描くことと、兄弟がいた事以外何も知らなかった。
───3年前からウィルナー家の実権を握っている。
(彼はきっとあの少年だ)
ダグラスは少年の名を思い出そうとするが、その名が浮かぶことは無かった。
(もしあの時カッチス家との縁談を真面目に検討していたら。
せめて顔合わせをしていたら、何か変わっていただろうか)
「・・・・・リナ」
幸せそうにディダの腕の中で微笑むすがたを思い起こし、ダグラスはグラスを煽る。
「リナ、まだ、こんなにも愛している」
10日後、リリアナは子爵のエスコートで舞踏会に参加していた。子爵は会場に入るなりダグラスを紹介して回るとリリアナから離れた。
リリアナは辺りを見回しディダを探し、イリーナとディダの姿を見つけ幸せそうなイリーナの姿にギリリと歯を鳴らした。
「お姉様、お久しぶりね。お会い出来なくて寂しかったわ」
「リリアナ、なかなか会えなくてごめんなさいね」
「ずっと一緒に育ってきたのに居なくなったら寂しいわ。ディダ様も一緒にいらして?」
「残念だけどイリーナは忙しくてね、予定がいっぱいなんだ。落ち着いた頃一緒に伺うよ」
周囲の人間は三人の会話に耳を傾ける。
くすくすと笑い声が聞こえ、リリアナはカッと顔を赤くした。
「リリアナ?どうしたの?」
「何でもないわ、お姉様」
「でも」
「イリーナ、エドムント卿だ」
「え、ええ。リリアナ、またね?」
「あっ」
リリアナは全てが気に入らなかった。
エスコートが父親なのも、会場入りしてから相手を見つけろと一人にされたのも、イリーナが美しく着飾っているのも、周囲の人間がリリアナを嘲笑うのも。
自分の撒いた種だという事も忘れ、不満に顔を歪めた。
リリアナはとても誰かと踊る気にもなれず一人庭園に降りた。
「可愛らしいお嬢さん」
「・・・私?」
リリアナに声をかけてきたのは身なりのいい紳士だった。
暗くて良く見えないが端正な顔立ちの男。仕立ての良い服装から察するに貴族か、余程裕福な家の者であると思われた。
紳士はリリアナに自分の上着を羽織らせ庭園を歩きながら話を聞いた。
リリアナは今日中に嫁ぎ先を決めよう親から言われていると涙ながらに語り、紳士はそんなリリアナを可哀想にと抱きしめた。
明くる日、カッチス家にはリリアナへダラバート辺境伯より輿入れの打診がきた。リリアナは話を受けたいといい、子爵は悩んだ。ダラバート辺境伯には女性との付き合いであまりいい噂を聞かない。いかに裕福な相手でも、問題のあるリリアナでも躊躇うものがあった。
「お父様、私辺境伯様へ嫁ぐわ」
「しかし、ダラバート辺境伯は女性との関係で、あまり良い話を聞かない」
「構わないわ!たとえ他にお付き合いしている方がいらしてもきっと私を一番に愛してくださるもの!」
「リリアナ、私が用意した候補を見て見ないか?」
「嫌よ!お父様が探してこいと言ったのよ!?それにもう私、あの方以外に嫁げないわ!」
「何を、言っている?お前、まさか」
「ええ、昨日あの方と愛を交したの。だって妻にって望んでくれたのですもの」
「なんという事を」
たとえ嫁ぎ先の相手であっても貴族に嫁すならば純潔は必至。格下の子爵家から格上の辺境伯に嫁ぐのに純潔ですらないなど、相手が辺境伯だとしてもどんな扱いをされるかなど分かりきった事だった。
何故このような事になったのか。
考えても仕方なかったが、ふとディダの顔が浮かんだ。
彼ならやるのでは無いか、そんな考えが過ぎるが直ぐに振り払った。
いくらウィルナー家と言っても相手はずっと格上の辺境伯、有り得なかった。
リリアナの為に子爵が用意した縁談は、今の子爵家より少し劣るが、相手は側室や愛人を持つような男ではなくリリアナでも大切にしてくれそうな気の優しい者ばかりだった。
子爵はその日の内に辺境伯へ承諾の返事を出し、リリアナの嫁ぎ先が決まった。
リリアナは辺境伯へ嫁ぐ事が決まり、更には辺境伯が領地に帰る時に連れて帰ると言う。イリーナの婚姻式が終わり次第領地へ立つのだ。
「・・・・何の、事でしょうか。お父様」
父に呼ばれ執務室に行くと父だけではなくダグラスも居た。ダグラスとの婚姻を言い渡されるのではないかと思ったリリアナは、父の言葉でダグラスが父に話したのだとわかった。動揺を隠そうと知らない振りをするも、目の前のカッチス子爵は眉を顰めた。
「一部の貴族の間ではイリーナでは無くリリアナとディダ君が婚姻を結ぶなどと不快極まりない話が噂されている。リリアナ、私が知らないと思ったかい?噂の出どころはリリアナとよくお茶会を開くご令嬢方だ」
「それは」
「10日後に開かれる王家主催の舞踏会までに御相手を決めなさい。決められないならその時は私が決めよう」
「そんなっ!お姉様は19まで結婚が決まらなかったじゃない!!」
「イリーナにはずっと以前からウィルナー家からの打診があった。それに、瑕疵のある娘をいつまでも家に置いては置けない」
「酷い!瑕疵だなんて!!」
「ダグラス君から話は聞いている。姉の婚約者を奪おうと噂を撒き、ダグラス君にイリーナの部屋に忍べと言ったそうだな。どちらも使用人や他のものから証言を取っている。ウィルナー家からも内々に抗議を受けている。これが瑕疵では無くなんだと言うんだ!お前がカッチス家の娘だからウィルナー家も内々に済まそうとしてくれているんだぞ!」
「でもお父様!こんな噂が出たら私はどこにも嫁げないわ!やっぱりお姉様と」
「黙れ!!」
「っつ!!」
「これは決定だ。相手が見つからなければ私が決める。それが嫌なら修道院だ」
子爵はベルを鳴らし人を呼ぶとリリアナを今日一日部屋から出さないようにと告げた。真っ青な顔で部屋を後にするリリアナを見送り、子爵は大きくため息をついた。
「すまないね、ダグラス君」
「いえ、私も至らず申し訳ありません」
子爵は小さく首を振った。
「カッチス家とウィルナー家の婚姻は確かに政略的なものに見えるが、実は違うんだよ」
「存じております。全ての帳簿に目を通した訳ではありませんが、ここ数年ウィルナー家のお陰で販路が広がり利益が上がっているのでしょう」
「正しくは5年前からだよ。イリーナには伝えていないがその頃からイリーナとディダ君の婚約の話が出ている。大した財もない子爵家と大きく利益を伸ばし続けるウィルナー家、こちらが爵位を持っていると言ってもあまりにも釣り合わない縁談だ。ウィルナー家ならばカッチス家よりも高い家格の家との繋がりが持てる」
「・・・以前、イリーナと私の縁談が上がっていたのは」
「ウィルナー家は貴族との繋がりも濃い。婚約を受けた訳ではなかったがいつの間にか社交界ではカッチス家とウィルナー家の縁談の話が回っていた。ウィルナー家の仕業だとすぐに分かった。イリーナが美しくない訳では無い。何度かディダ君と合わせたが彼は会う度にイリーナに惹かれていくのがわかった。そしてリリアナがディダ君に憧れ、恋心を持ったのにも気がついた。当然、イリーナも気が付いたはずだ。イリーナはディダ君よりも年上だと言うことや見た目に華がないことを気にしていたから、いつかリリアナに目がいくのだろうと諦めていた。だから私はディダ君にイリーナが了承すれば認めると言ったんだ」
「私との婚姻の話は保険、ですか。万が一ウィルナー家との話が妹に移ればイリーナは捨てられた女だ。次の嫁ぎ先が見つかるとは限らない」
「失礼な行為だったことを謝るよ」
「いえ」
「ディダ君にも謝ったんだが、彼は言ったよ。それだけイリーナを愛しているのだから今回は・許しますと。ダグラス君、ディダ君は怖い男だ。彼は3年前からウィルナー家の実権を握っている。信じられるかい?彼は当時まだ15歳だ」
ダグラスはどこか遠い話を聞くような気持ちになっていた。
そっと瞼を伏せれば思い出す。
柔らかな笑顔で、優しい声で自分の名を呼ぶ愛しい女の姿を。
傷つけ死なせた女の姿を。
その日の内にイリーナはカッチス家を後にした。
見送りには子爵やダグラス、使用人が集まったがリリアナは顔を出すことは無かった。
イリーナはどこか寂しそうに子爵邸を見上げ、ディダはイリーナの肩を抱いて慰めた。
またすぐ会えるからと馬車に乗り込む姿を見て、ダグラスは酷い喪失感に襲われた。
イリーナがカッチス家を出た日の夜、ダグラスは部屋に鍵をかけアルコールの入ったグラスを傾けていた。
初めてイリーナに会った時、ダグラスは驚いた。
イリーナは自分が殺した女、イリエストリナにそっくりだと。生活を知れば姿だけではなく食の好みも変わらない。身につける物も、イリエストリナが好むものだった。
ダグラスは前世の記憶がある。具体的にいつからかは分からないが、ダグラスの中にはダルダという男の記憶があった。
ダグラスを悩ませる記憶はそれだけではなかった。何度も生まれ、恵の神子と呼ばれる者の傍で生きた。最初の男の記憶と違い酷く朧気ではあるが確かに私はそこに居た。
自分では無い自分の記憶が恐ろしかった。
あの日女神と交わした約束は守られることなく失われた。
人ではない彼女は嫉妬や怒り、憎しみと言った感情を持たない美しい人だった。
「必ず幸せにすると誓ったのに、私は何故・・・・・」
何年も暮らすうちに人の女と変わらない扱いをしていた。家を開けている間、どれほどの時間を一人ですごしたのか。子供でも居れば寂しくなどないだろうと思った。
本当は自分が一番子を持ちたかったのかもしれない。
家族という形にこだわったのは自分だ。
ダルダは死の淵で女神の声を聞いた。
『イリエストリナにはお前だけだった。最後までお前を求めた』と。
(私は、愚かな男だった)
その記憶のせいもあり成人してから何年も独身を貫いてきた。数年前、カッチス家との縁談を母に仄めかされても鼻で笑い話をまともに聞かなかった。
今回カッチス家に養子に入ることを受けたのは、子を持たなくてもいいと言われたからだ。娘の嫁ぎ先が決まり、複数子が生まれたらそのどの子かを跡継ぎにと聞いた。つまりは中継ぎの後継と言う事だ。
まさかその嫁ぐ娘が彼女だとは思いもしなかったのだ。
もしイリーナがイリエストリナならば、自分にまた恋心を持ってくれるのではと期待したりもしたが、イリーナはダグラスを見てもなんの反応もせず関係は淡々としたものだった。
二人で会うことは無く、茶の席を設けても必ずリリアナを同席させ、リリアナが断ればイリーナも断った。婚約者のいる身で異性と二人で会うことは出来ないと。
義理でも家族となるのだからと話しても変わらなかった。
イリーナには記憶はなく、ホッとしながらも残念で仕方なかった。
もう一度触れたい。優しい笑顔にキスを落とし、昔のようにその瞳に写して欲しかった。
そしてその思いは報われることは無かった。
ディダは時間さえあれば毎日のようにイリーナに会いに来る。ダグラスは初めて会った時からディダからは警戒されている事がわかっていた。そして嫌われている事も。
ダグラスの脳裏に浮かんだのは一人の少年。彼が育っていたらこうなっていたのではないか、そんな面影があった。
もしかしたら彼にも記憶があるのかもしれない。そう思い引き止めて話をしたが、そもそもあの少年の事を知らない。絵を描くことと、兄弟がいた事以外何も知らなかった。
───3年前からウィルナー家の実権を握っている。
(彼はきっとあの少年だ)
ダグラスは少年の名を思い出そうとするが、その名が浮かぶことは無かった。
(もしあの時カッチス家との縁談を真面目に検討していたら。
せめて顔合わせをしていたら、何か変わっていただろうか)
「・・・・・リナ」
幸せそうにディダの腕の中で微笑むすがたを思い起こし、ダグラスはグラスを煽る。
「リナ、まだ、こんなにも愛している」
10日後、リリアナは子爵のエスコートで舞踏会に参加していた。子爵は会場に入るなりダグラスを紹介して回るとリリアナから離れた。
リリアナは辺りを見回しディダを探し、イリーナとディダの姿を見つけ幸せそうなイリーナの姿にギリリと歯を鳴らした。
「お姉様、お久しぶりね。お会い出来なくて寂しかったわ」
「リリアナ、なかなか会えなくてごめんなさいね」
「ずっと一緒に育ってきたのに居なくなったら寂しいわ。ディダ様も一緒にいらして?」
「残念だけどイリーナは忙しくてね、予定がいっぱいなんだ。落ち着いた頃一緒に伺うよ」
周囲の人間は三人の会話に耳を傾ける。
くすくすと笑い声が聞こえ、リリアナはカッと顔を赤くした。
「リリアナ?どうしたの?」
「何でもないわ、お姉様」
「でも」
「イリーナ、エドムント卿だ」
「え、ええ。リリアナ、またね?」
「あっ」
リリアナは全てが気に入らなかった。
エスコートが父親なのも、会場入りしてから相手を見つけろと一人にされたのも、イリーナが美しく着飾っているのも、周囲の人間がリリアナを嘲笑うのも。
自分の撒いた種だという事も忘れ、不満に顔を歪めた。
リリアナはとても誰かと踊る気にもなれず一人庭園に降りた。
「可愛らしいお嬢さん」
「・・・私?」
リリアナに声をかけてきたのは身なりのいい紳士だった。
暗くて良く見えないが端正な顔立ちの男。仕立ての良い服装から察するに貴族か、余程裕福な家の者であると思われた。
紳士はリリアナに自分の上着を羽織らせ庭園を歩きながら話を聞いた。
リリアナは今日中に嫁ぎ先を決めよう親から言われていると涙ながらに語り、紳士はそんなリリアナを可哀想にと抱きしめた。
明くる日、カッチス家にはリリアナへダラバート辺境伯より輿入れの打診がきた。リリアナは話を受けたいといい、子爵は悩んだ。ダラバート辺境伯には女性との付き合いであまりいい噂を聞かない。いかに裕福な相手でも、問題のあるリリアナでも躊躇うものがあった。
「お父様、私辺境伯様へ嫁ぐわ」
「しかし、ダラバート辺境伯は女性との関係で、あまり良い話を聞かない」
「構わないわ!たとえ他にお付き合いしている方がいらしてもきっと私を一番に愛してくださるもの!」
「リリアナ、私が用意した候補を見て見ないか?」
「嫌よ!お父様が探してこいと言ったのよ!?それにもう私、あの方以外に嫁げないわ!」
「何を、言っている?お前、まさか」
「ええ、昨日あの方と愛を交したの。だって妻にって望んでくれたのですもの」
「なんという事を」
たとえ嫁ぎ先の相手であっても貴族に嫁すならば純潔は必至。格下の子爵家から格上の辺境伯に嫁ぐのに純潔ですらないなど、相手が辺境伯だとしてもどんな扱いをされるかなど分かりきった事だった。
何故このような事になったのか。
考えても仕方なかったが、ふとディダの顔が浮かんだ。
彼ならやるのでは無いか、そんな考えが過ぎるが直ぐに振り払った。
いくらウィルナー家と言っても相手はずっと格上の辺境伯、有り得なかった。
リリアナの為に子爵が用意した縁談は、今の子爵家より少し劣るが、相手は側室や愛人を持つような男ではなくリリアナでも大切にしてくれそうな気の優しい者ばかりだった。
子爵はその日の内に辺境伯へ承諾の返事を出し、リリアナの嫁ぎ先が決まった。
リリアナは辺境伯へ嫁ぐ事が決まり、更には辺境伯が領地に帰る時に連れて帰ると言う。イリーナの婚姻式が終わり次第領地へ立つのだ。
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