溢れるほどの花を君に

ゆか

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番外編

星の瞬き 3

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イーダンは毎年行われる神殿の祭りの日に祭壇に自らが作ったあの菓子と一杯のミルクを供える。これはイリエストリナが子どもらに用意した同じ組み合わせ。

イーダンのその隣にはラマエナスの姿があり、菓子を供える様子をじっと見つめる。

恵の神子として迎えられたラマエナス、だがその心に神は居ない。

神に愛され恵を持つ存在ならば何故自分の両親は助からなかったのか、何故もっと早く救い上げてくれなかったのかと、負の感情を私に向けた。そしてその心に気が付いたイーダンに寄り添われ、癒されながら神に対する憎しみを抑え日々を過ごした。


様々な高価な菓子や供物が備えられる中ひっそりと置かれるそれは、イリエストリナが子供達に与えたものと同じ。

ラマエナスはそれを見て一瞬だけはっと息を飲む。ラマエナスの中のイリエストリナが懐かしく感じているのが分かる。


この日はラマエナスが初めて皆の前で祈る日。

緊張しているのか頻りにイーダンに目を向ける。イーダンは安心させるように柔らかな笑顔を向け、それを見たラマエナスは安心したように祭壇に一礼をしこうべを垂れた。

ラマエナスが願うのは第一に敬愛するイーダンの健康、次いで義兄や神殿にて従事するもの達の健康、そして街に住むものたちの健康。

ラマエナスは何よりも健康を求め、病を恐れた。


そして神力が証を持つラマエナスに降り注ぎ、見ていたものは息を飲みその光景に見惚れる。

ラマエナスはじっと偶像を見上げ自分が神の神子である事を受け止める。様々な感情が複雑に絡む心、私は姿を消したままラマエナスの額に触れ神力を注いだが、それはラマエナスにもたらされることは無かった。

神子としての自分を受け入れたにも関わらずラマエナスは神を拒絶していた。




その日の深夜、ラマエナスを床に着かせた後にじっと祭壇の前で祈るイーダンの前に姿を現した。同じ様に祈り続けていた他の神官ら、たくさんの者が私の存在に驚いた。


私は祭壇の縁に腰掛けイーダンに語りかける。




「一つ貰おう」


供えられた焼き菓子を一つ口に運ぶ。

初めて口にする人間の菓子は、胡桃の香ばしい中に小麦の香りと甘さ、素材本来の味がした。


「なるほど、これはミルクが必要だな」

「はい。リフェリティス様もいかがですか」

「必要無い」


ミルクの勧めを断った私をじっと見つめ、イーダンは言葉を待つ。


「これはアレが作っていたものと同じ味か?」


「いいえ、あの方の作って下さったものはもっと優しい味が致しました。申し訳ございません」

「よい。人間が変われば味も変わる。そういうものだ」



味とは、食す側の心持ち一つで変わるもの。イーダンにとってイリエストリナの作った菓子は優しい味だった。そしてイリエストリナ亡き今、再現が叶わぬ思い出の味へと変わる。



「十五、いや十六年か」

「はい、一日たりとも忘れたことはございません」


私にとってその時間は長くは無いが、只人であるイーダンにとってその時間は長いものだろう。

今もまだ、その心の中心には愛を、そして憎しみを隠している。



「明日日の出の時刻にイリエストリナの元へ。イーダン、お前に恵を持たぬ神子の為の恵を託す」


イリエストリナの元へ。聴く者によっては『神のみもとに昇れ』と聞こえるのだろう。が、イーダンは正しくそれを理解した。

ざわめく周囲の人間達を余所に、イーダンは深くこうべを垂れた。


「畏まりました」


──ラマエナスは私神を拒絶し、私の神力は届かない。ラマエナスに祈らせ育てよ──



イーダンの頭に直接語りかければ、その顔は驚きに変わる。何かを口にしようとするがそれは言葉にはならず、イーダンは胸の前で手を組み祈る仕草を見せる。


──リフェリティス様、あの方のそばで生きる事を許して頂きありがとうございます──


──間違えるな。アレはイリエストリナではない──


──心得ております──





「神官様!!」


その声にイーダンはビクリと体を揺らし振り向く。

まるで転がるようにイーダンの元に駆け付けたのはラマエナスだった。

ラマエナスは一度私に目を向け鋭い目付きで睨みあげる。


「っ、女神様が神官様をお望みだと伺いました。どうか御容赦ください!」


両の膝をつき床に額を擦りつけるように頭を下げる。どのように聞いたのか、勘違いも甚だしい。


「ラマエナス、リフェリティス様はそのような事はお望みではありませんよ」

「お言葉を聞いていた別の神官様からその様に伺っていますっ!」



一度悪だと認識すればそれはそう覆ることは無い。それが憎い相手なら尚更に。神を憎むことでラギオを許し、自分があのような状態にもかかわらず見て見ぬふりをしていた他の者達を許すことが出来た。


今のラマエナスに私の言葉は届かない。



私は何も伝えずにその場から姿を消した。


ラマエナスは神子である自分に何の言葉もなく、また聞き入れてもらえなかった事に驚き泣き崩れた。私がイーダンの命を望んでいると思い込んでいるからだ。


何を話してもラマエナスは落ち着くことはなく、日の出の時刻前にイーダンにイリエストリナの墓所に連れて行かれる。



周囲には二人の他に、話を聞いていた数人の神官、イーダンの父親である神官長、そしてラマエナスの義兄ラギオがいた。



イリエストリナの墓所は高い丘の上にあり、海を一望でき、毎日訪れるイーダンのおかげで清潔に保たれている。

イーダンはまだ暗いうちから膝を折りイリエストリナを思い返す。


やがてゆっくりと朝日が海から顔を出す。

柔らかな太陽の日は徐々に強く輝き、大地が目覚めてゆく。

イリエストリナがいたら笑顔で『おはよう』と言うのだろう。


私は空の器が埋葬されている場所に目を向ける。


──良き朝日だな。イリエストリナ──



日が昇る間、ラマエナスはイーダンの服を掴み連れて行かないでくれと何度も心の中で叫んだ。


丘の上を日が照らし、地中からゆっくりと新たな命が芽吹く。

だがその蕾は固く、開く気配は無い。



その様子を見ていたイーダンはラマエナスに祈って欲しいと頼み、ラマエナスはイーダンが生きている事にほっと息をついた。





ラマエナスは膝をつき祈る。




ラマエナスの祈りを受け、神力が輝きながら降り注ぐ。

解けるようにふわりと開いた蕾は何物にも染まらない白、イリエストリナが好んだ白き花。



この場所に咲かせたならばイーダンが必ず守る。そしてイーダンを慕うラマエナスもイーダンのために祈る。


イーダンがその花を目にすると、次第に瞳は潤み出す。この場に咲く一輪の花をイリエストリナと重ねていた。

イーダンの心にはイリエストリナへの恋心が溢れていた。

人間の心は変わるもの。いつかイーダンも目が覚めるだろう。








私は人間の祭り、降臨祭の日のみにイーダンの前に姿を表した。その隣にはラマエナスが常に居り、共に祈る。

それは街や身近な人々のための祈り。

イーダンのように語りかける祈りでは無かった。


──ラマエナスは半分程の古代語を習得致しました──


──学問に興味を示し、今は史学を学んでいます──


イーダンは口には出さずに私に祈るように言葉を送る。私を拒絶するラマエナスが傍にいるからだ。


私はイーダンの言葉に答える事は出来ない。イーダンも答えを求めてはおらず、ただラマエナスについての報告をする。わざわざしなくとも見ているのだが、私がイーダンに伝えることは無い。

毎年少しだけ、言葉を送る。

その殆どは神子についてだが、稀にイリエストリナについても話をする。


ラマエナスの祈りの効果で街は潤い再び発展してゆく。神殿も大きく新しいものが建設される。

神官長となったイーダンは古い小さな神殿を戒めの為に残し、有事の際の地下室を改造しラマエナスさえ入れないように鍵を掛けた。






そして何年もの月日が流れ、その時はイーダンのすぐ隣まで来ていた。




「イリーお姉さん」


懐かしむようイリエストリナの絵を指でなぞる姿は、あの頃とは違い衰えが顕著に現れている。


イーダンに付き添う現神官長はそっとその肩に触れ座るように促す。イーダンは杖を持ったまま椅子に座り、壁一面に掛けられたイリエストリナを見つめる。

その瞳は優しく、少年であった頃と変わらず澄んでいた。


現れた私の姿にほんの少しだけまなこを細めるも、すぐに目の前のイリエストリナに視線を移した。




暫くの間一人になりたいと現神官長を室外で待機させ、ゆっくりと瞼を閉じる。

瞼の裏にはまだ幸せに暮らしていた頃のイリエストリナの微笑み。




イーダンはそのまま椅子の上で深い眠りについた。















「リフェリティス様」


「人間の心は変わるもの。だがお前は変わらなかった」


それは真に純粋だからかイリエストリナが思い出の中の住人だからか。


「お前は何を願う」


「もしまた生まれる事が出来るのならば、あの方の傍に、もう一度あの方の心からの笑顔に出会いたい」


イリエストリナが再び生まれるには時間が掛かる。待つ時間は人間には長いだろう。



「・・・・・では眠れ」




イーダンの魂を深い眠りにつかせ、私はその後ラマエナスやその後の神子を見守ったが、イーダンを最後に人間へ関わることを止めた。


ラマエナス、シンラオ、ダットン、レグロウス 、フィーゴ、レン、ホルスト、ライシード、オルグ、ガレス・・・そしてエミリア。



最後の神子エミリア。




私は何故か目を離すことが出来なかった。








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