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声を聴かせて
しおりを挟む――四年前、潟分校で過ごした冬。その給食時間の光景がよみがえってくる。
「俊平君、ど、どうしよう。またお箸忘れちゃったみたい」
「またやったべ。なしてユキは弁当給食の時に限って忘れるべよ」
小学二年生の姿のユキと僕が会話している。ユキがお箸を忘れるのは今日に限ったことではなく、よくあることなのだが今日は特にタイミングが悪かった。この潟分校にも本校と同じ学校給食が配送されるのだが、雪が特に降り積もると予想される日は配送が不可能なため、前日にあらかじめ弁当持参で来るように言われるのだった。
「先生、ユキがまた箸忘れだべ」
潟分校でつきっきりで勉強を教えてくれていた、講師の西見先生を仰ぎ見た。何せ少人数なので給食は先生も一緒に食べる。西見先生は若い女の先生で、可愛らしいピンク色の包みにくるまれた弁当を広げているところだった。
「あちゃ~、今日は先生も余分なお箸持ってないな」
先生のその言葉でユキの表情はさらに絶望の色が濃くなった。少しずつ涙ぐむ様子を見て、僕は決心した。
「ちょっと待っとれユキ」
おもむろに自分の弁当を広げる。一瞬ためらったが、えいやと勢いをつけて弁当に手を伸ばした。弁当左側のご飯を素手で掴みハンバーグをつくるようにこねて平たく伸ばす。そしてご飯の中央に弁当右側のおかずをすべて乗せてギュッと握った。
「松山君、何してるの!」
「へへへ、これで僕はおにぎり一個になったべ。お箸いらねぇから使えユキ」
にんまりと笑ってユキに箸を差し出した。絶望の顔から一転、目を丸くしていたユキだが、次第に笑みを浮かべる。
「すごーい!俊平君すごいよ!」
今考えるととても馬鹿げた解決策だが、ユキがお箸を使えたし、褒めてくれたしでその当時は誇らしい気持ちでいっぱいなのだった。行儀が悪いと先生には少し叱られてしまったけど。
なぜだろう、この時もそうだがユキが困っていると無理をしてでも助けなければならないという使命感に突き動かされる。今も、きっとそうなのだがうまく話すことができないもどかしさばかりが僕を責め立てるのだ。
場面が変わり、放課後また二人で話している姿が見える。降りしきる雪の勢いが治まるまで教室で待っているのだろう。僕がユキにお願いをしているように見える。
「な、ユキ。練習の成果さ今発表すっか」
「!?まだ全然だからダメ!できないよ」
「フルート持ってるべ、ならちょっとだけ聞かせっぺや」
公園でのマイとの会話で思い出したが、そういえばこのころにはもうユキはフルートをちょくちょく潟分校に持って来て吹いていた。その吹く姿が好きでよく放課後ユキにせがんだのだった。この時もなだめすかし、なんだかんだと言って結局ユキが折れた。おずおずと楽器ケースからフルートを出して構える。今でも背が小さいほうのユキの、小学二年の頃なんか本当に小人のようだった。そんなユキが大人も使う正規のフルートを構えるものだから、バランスを保つだけでも精一杯でとてもまともに吹くことはできなかった。
「ふー、ふー」
それでも、小さい手をいっぱいに広げながら必死にフルートをくわえて、まるで空に向かって掲げるように吹くそのユキの姿を、
――僕はずっと見ていたかった。
「・・・ユキに電話しなきゃ」
目を覚ますと窓の外はすっかり暗くなっていた。
それにしても嫌にリアルな夢を見た。今朝マイと、ユキに関してフルートのことを話したから、あんな潟分校でのことを思い出したのだろう。でもだからこそ、寝起きにもかかわらずユキへの電話のことを思い出せたわけだしいいか。
まだ少し眠気が抜けない重い頭をふらつかせながら、電話をかけようと廊下に向かう。受話器を持って自分でも驚いたが、ユキの自宅の電話番号を今でも暗記していた。
「もしもし、松山です。ユキはいますか」
「俊平君!?」
電話に出たのはユキの母親だった。ユキはお母さんと二人暮らしなので、二分の一でユキが出るだろうと安易に考えていた。しかし聞こえてきたユキの母親の声は、寝ぼけた僕の耳でも分かるぐらい焦りが伝わった。
「俊平君、ユキが!まだ帰ってこないの!どこに行ったか知らない!?」
この時、重い頭の中が他の理由でドクドクと脈を打ち始めた。まるでまだ夢の続きを見ているんじゃないかと、そう思えるほどに自分自身の感覚が遠のいていくようだった。
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