世界の果てにて

韋駄天

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世界の果てにて

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その日、人類は滅亡した。
戦では軍の三割を削られると敗北を意味する。
しかし、この戦争では、国々は相手を滅ぼすまで戦い続けた。

この世界に唯一つ存在する大陸で国々が大戦を始め、それは大陸を破壊の限りで蹂躙し、戦いの果てには文明の跡すら残らなかった。
そんな環境で人間が生存出来るかという問いには、賛否両論あるかもしれない。
しかし、この焼け野原と化した大陸全土に追い打ちとして猛毒の濃霧が撒き散らされたら?

答えは一つ。
人類絶滅以外にあり得ない。

それが分かっていながらも、その殺戮兵器を行使した人間というのはどれ程愚かか。
語るまでもないだろう。
戦争に負けた故の狂気に満ちた蛮行である。

その絶対的な脅威によって人々は本能的に大陸の端まで逃走する。
当然だろう。
その毒霧は大陸全土に広がるから無意味ではあるが、海に逃げても殆どの人間が朽ちる。
一か八か、いや、万に一つの可能性に賭けて、生き残った人間達は兵器の逆方向に逃避する。
そんな中、全方位に向かい逃げた者達には当然、東、その最東端目掛け遁走する者がいた。

これは、今や文明の原型も跡形も残らない元は栄えていた大陸、その滅亡に伴って東の大地の果てに逃げ延びた者達のちょっとした語りである。

*****

元々大陸の東は数々の王国等から成る小国群だった。
大戦が始まり、この国々の多くはは南北の大国に降伏したが、生憎ある国の無能な王子が北の国に宣戦布告した結果、小国群のど真ん中に位置したその国と周辺の小国は巻き添えになり、東の大地に残るのは、幸か不幸か、爆心地から離れた場所の農家等だけ。
このおかげで、少なくとも東への難民は食糧事情に困らなかった。

*****

件の東の土地、ある農家にて。

「今日は新しい奴来たか?」
「いいや、今日も来ないな。最後に来た、あの北方の剣士がボロボロで避難して来てから誰も来ない。まあ、戦の当事者が来たって事はもう生き残りも少ないだろうし、難民は流石にもう来ないだろうよ」

ここの農村は東国群の爆撃の範囲から外れた大陸全土で最も東に存在する農家の集まりである。
必然、東へ避難してきた人間は最終的にこの村に集まる事となる。

この村に滞在する者は多いが、その内滅びるのは目に見えているので、海に出る者、僅かに残った山や森林の上に住居を作る等、意見はまだ統一されていない。
その昔、南の大国が海の向こう側に島を発見したが、遠すぎる上に資源も大陸の方が豊富という事で手は出されてないが、そこへ至る為の技術力は無い。

結論から言うと、木々や山の上に逃げるしかないが、それだとごく少数しか生き残れず、毒霧がどうなるかもわからないという事で、未だ生存手段は決まっていない。

そんなこんなで、戦争に参加しなかった者が先に避難目的で来訪し、後から戦いに加わった戦士達が来た。
一応毒霧の進行状況を確認する為の見張りが立てられている。

反対側の海には脅威は特に無いし、高い崖のお陰で波も届かないので、村の周り、北から南にかけて西側に円形の柵がある。
壁が霧をどの程度抑えられるかは未知数だが、それはまだ建設に人員と時間が足りないとの事。

そんな村のある日の見張りの櫓にいる衛兵の会話が今なお、霧の脅威が収まらず、危険がまだ健在という事を示唆する。

*****

一方、村の南端、治療所。

「すんません、そろそろ剣の素振りとかやってもいいですかね?腕の調子はもう十分だと思うんですけど・・・・・・」
「ダメです!」
「・・・・・・そこをなんとか!」
「ダメです!何度この問答を繰り返せば分かるんですか!貴方はまだ一週間は安静にしていないといけません!えい」
「ギャ!ちょ、お嬢さん!重症の患者の傷口刺すとか治療院の雑用の風上にすら置けませんよ!」
「そうでもしないと貴方は大人しくしないからでしょう!次抜け出そうとするか剣の素振りの許可を聞いてきたりしたら、院長に麻酔打って貰って眠っていて貰いますからね!」
「それやっちゃダメな奴では!?」

廃れながらも清潔に保たれている病室で包帯を全身に貼り巡らせながら、男が傍にいる白服の女性に懇願する。
何を隠そう、この男が件の北方の剣士である。
重傷だったが、自力でこの農村まで避難し、ここで治療を受けていたが、最近になって剣を振る時間を強請る。
それには治療所の者達も困ってはいるのだが、どうせ世界が破滅に向かっているという事を皆理解している。
その理解故に今更体のあちこちを悪くした所で未来がなくなる訳ではないのだが・・・・・・医療に身を置く者としては、患者に好き勝手はさせられない。
絶対安静と言われているにも関わらず元気があるから色々と移動したり村を見て回ったりして見つかると怒られる、という出来事が最近頻繁に起こるようになった。
回復の証拠とも言えるが、無茶をしたらそれはそれで問題になるので、未だ治療院からは出られていない。

「やっぱりちょっと外歩き回ったりしちゃ駄目ですかね?」
「ダメです」

男が暗いどんよりしたオーラを立ち込めさせながら俯く。
溜息も漏れ出ているが、女性は知らん顔だ。
そんなどこか日常的な治療所の風景の中、

「すいませーん!怪我人でーす!院長居ますかー!」
「今連れてきます!玄関脇のベッドに寝かせといて下さい!」

部屋の外、治療所の入り口方向から響いた声に即座に反応し、適切な指示を返しつつ自分の役割を果たすために部屋に唯一ある扉に向かって小走りで移動する。

「抜け出したりしたら本気で麻酔打つか傷を悪化させるかしますから覚悟してくださいね」
「そんな勇気僕には無いんで心配しなくていいですよ」

語調を強くして言い残す看護師に患者の男が大丈夫と返し、その足で若い看護婦は部屋を出て、ドアを閉めて足音と共に遠ざかっていった。

扉を見つめ続ける男の部屋に看護師の足音が別の重い足音と共に再び近付き、また治療院の入り口へと離れていった。

*****

その男は赤寄りの橙色の髪色を土や葉っぱで汚した男だった。
それなりに珍しい髪に加え、ガタイの大きい身体でそれなりに腕が立つ歴戦の戦士とも言うべき風格を纏う男だ。
同じ戦闘に身を置く身としては彼もそれなりの武勇を立てて来た人間なのだろうと推測出来る。
得物を構えればさぞ雰囲気だけで威圧出来る部類の戦士に入るであろう。

ーーーその身を包む痛々しい包帯が何重にも巻かれた肢体を晒していなければ。

まあ、それは自分が言えた事ではないが。
自分こそ戦争終結、そして敗北を悟った祖国が兵器を放ったのと同時に一心不乱に霧の反対方向の東に向かって遁走したのだ。
同じ類いの人間なのかもしれない、そしてもしかしたら気が合うかもしれない、といいな、と静かに思うのは、未だ退院許可を得ていない北方出身の剣士だった。

彼は自分と同じ病室に置かれ、連れてこられて直ぐに手術して、まだ昏睡中だ。

果たして、負傷者仲間として仲良く出来るだろうか、と考えながら、男は横になり、瞼を閉じた。

*****

翌日。

朝、患者の状態確認に病室に足を運んだ看護婦は思わぬ怒声のぶつかり合いに見舞われた。

「テメーみたいな勇まし帝国民なんかと相容れる訳ねーだろうが!大体、帝国の人間は皆気性が荒い暴力的な奴らばっかじゃなかったか!?最後にお前らの皇帝様が撒いた毒霧のせいで世界の終わりってのに最後に帝国兵の面なんざ拝まねぇといけねぇ上に同じ病室で看取られるとか先祖様や陛下に顔向けできねぇ!」
「僕はただ単に一緒に仲良くやろうって言ってるだけなんですがね!それに帝国民と言っても人それぞれに決まっているじゃないですか。そんな実力主義の皇帝陛下と将軍達と一緒にしないでもらいたいです。終末も終末だってのに、元敵対者と戦闘なんて遠慮したいです。平和に逝かせて貰いたいですね」

そんな、病室の古参、北方の剣士と、新参の戦士の口喧嘩だった。
新入りは頭に血を昇らせ、憤慨しながら相手を責め立て、それに対抗するように辛うじて冷静さを保っている古参が言い返す。
廊下にまで響いている憤怒を孕んだ大声の言い合いに、今しがた部屋の扉を開いた女性が呆然とする。
そしてハッと我に帰ると、

「二人共止めなさい!他の患者方に迷惑です!喧嘩しない!」

それに反応し、初めて居たことに気付いたとも言うべき目を看護婦に向け、二人の男が押し黙る。
聞いたところ、昨日運ばれて来た男は南方の戦士であり、北方の剣士と話している内に互いの素性を知り、北の男は仲良くしようとしたが、南の男は憎き宿敵と恨みと敵対の意思を証明した。
その事情を聞き、看護婦が口を開く。

「取り敢えず、患者は安静に!争いなんてしない、安全で平和な場所というのが治療院ですから!」

こうして両の戦士は同じ病室で一週間、共に一触即発の空気で渋々過ごしたのである。

*****

「遂に帝国民の居る穢れた空気が充満する部屋から解放されたな!それにこれでやっとお前の駆除が出来るぜ!」
「その駆除とやら、受ける気は無いんだが、そこら辺常識を弁えている王国民なら強制じゃないよな?」
「戦闘はやむを得ずでしか出来ねぇが、駆除なら害獣の駆逐と一緒だ!」

戦での相対する軍の睨み合い、それに近い剣呑な空気に包まれた一週間の療養が終わった。
奇遇にも二人同時に退院許可を得た結果、二人は一応の感謝を治療院に残し、未だ敵愾心全開で村を後にした。
そして、一週間の長い拘束時間の間に堪忍袋が破れた北方の剣士と、当初から戦意を持っていた南方の戦士が離れた森へと消えていったのが、村人達が見た二人の戦人達の姿だった。

*****

今現在、毒霧は大陸の八割程を覆い尽くした。
その脅威は今尚、東の果てに逃げ込んだ人間達を追い詰め続けている。
しかし、それを全く気にしていない輩が二名程いた。
北方の剣士、そして同じく南方の剣士である。

「もう世界も破滅目掛けて突っ走ってるんだ。ここでけじめつける必要が本当にあんのかよ、南の御仁?」
「お前ら帝国の所為で今のこの状況が作り出された。それならここにいる元凶の欠片を潰すのも王国の騎士としての務めだ」

意外にもこいつは南の王国では誉ある騎士の一人らしい。
そんな驚きの顔を見せると、驚かれた当事者が慣れているとでも言うように鼻を鳴らす。

「僕は戦争で実際に何もしてないですよ?上層部の決断には反対したし、戦うのも好きじゃないんで、戦ってるフリして援軍来るまで足止めって名目で睨み合っただけで、戦闘行為自体もほぼ無いです。それなのに僕を殺すって言うんですかね?」
「お前の事情なんぞ知らん。王国の騎士として、最後まで帝国を掃討し尽くす!」
「ならこっちは、(今更ないと思うけど)帝国の誇りに懸けて、王国の騎士を捻伏せる」

両者が威圧を放ち、戦意に大気が震撼する。
木々の悲痛な軋みが響く森林の中、敵対する二人の強者が互いに鬼気を削り合う。
そんな異質な激突に耐えかねてか、一帯の生命反応が静まり返り、戦場の独特な空気が場を支配する。

「帝国軍が中将、アンフゥイ・アンピール」
「貴様ごとき帝国の将なんぞに名乗る名前はない!」


ーーーいざ、尋常に、勝負!


世界を滅亡させた大戦、各国が倒れた末、最終決戦の代理戦闘が始まる。

*****

アンフゥイが北方由来の細身な剣、それも銀に輝く流麗な覇気を放出するそれを抜く。
それに応えるように南方の騎士が巨大な包丁のような分厚い大剣を抜き放つ。

両者が静寂に浸かるのは束の間。

一拍。

剣閃が迸り、激烈な金属の衝突音が咆哮を上げる。
体格的にも得物的にも、南の戦士が圧倒的に有利に見える攻防。
しかしそれを初撃で流す細身な北の剣士が大柄の横を抜け大男の脇腹を浅く抉る。
一見南方の騎士が一瞬で制するかのように思えた剣戟を最初に勝ったのは遥かに小柄で折れそうな剣を装備するアンフゥイだった。

「騎士様ならちゃんと責務を果たした方がいいんじゃないですか?駆除が戦闘行為になってますが」
「北の輩共にもそれなりにやれる奴がいるようだな!これは狩り甲斐がある!」

悪口の叩き合いを挟み、二人の実力者が再び接近する。
アンフゥイが瞬きの間に見失う程の速度で巨人の裏を取る。
その動きを読んだのか、巨躯が大剣を回転ざまの振り抜く。
それを一瞬の逡巡の末に屈んで回避した痩躯が次の攻撃に移ろうと動いた刹那、正面から剛脚が迫り、男の顔面を蹴り抜く。
血を吐き出しながら吹っ飛ぶ男が敵の場所に視線を移すと、そこには脚を振り切った大柄な剣士がいた。

蹴られた、と思った瞬間には背後に立っていた大木に激突し、更なる血飛沫が口から吐き出される。

「北の剣士!軟弱だな!一撃で瀕死か!?立ち上が・・・・・・!?」

男が強気に見下してきた瞬間、その発言を不快に思う座り込んだ剣士に呼応したように男の脚から血が噴出する。 
蹴り飛ばされ樣に奴の脚に剣を当て、細く切り裂いた。
その考えは、アンフゥイの頭から出る事は無かったが、言葉にせずとも敵には伝わったようで、男の舌打ちが思いの外よく響く。

両者が大地を踏みしめ直し、己の得物を構える。

そして疾風がぶつかり合い、再度剣舞が繰り広げられる。
北方の剣士が目には捉えきれない速度で細剣を操り、それに南方の戦士が同様に打ち合う。

一合、二合と打ち合い、それが凄まじい勢いで繰り返される。
最早剣士達の胴体しか捉えられず、目でついていく事は叶わない。


そして永遠に続くと思われた剣戟が、斬り結び合う対なる国家の最後の戦士達の動きが鈍り、互いの身体に刻まれる傷の数の増え方が徐々に徐々に、減っていく。

この決闘を見ていた者がいたらきっと圧巻の激闘に心を震動させられ、昂り興奮し、生涯記憶に刻みつけられる光景に言葉を失った事だろう。

「・・・・・・やりますね。まさかアンタと相討ちになっちまうとは、出来れば自然の理に終わりを与えて欲しかったですね」
「こっちも侮っていたようだ。・・・・・・反省するには遅かったようだが。」

両者の胴には戦闘の相方の武器が収まっていた。
細剣が橙髪の男の左胸を貫通し、大剣が細身の男の胸部の裏から半ば折れた状態で突き出る。
直後細剣も同じように折れ、二人して見つめ合う。

共に命の灯火の焼失を感じ取り、静かに、静寂を切り裂くように、


「王国騎士団が第五部隊隊長、オランジュ・アロガンス」
「帝国軍が中将、アンフゥイ・アンピール」

猛者達が憎たらしそうな笑みを交わし合い、


「「見事」」









終末戦争、ここに完結せり。


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