20 / 65
恋人は決意する
2
しおりを挟む
次の週末、行きつけのバーにはやつれてカウンターに突っ伏す勲美の姿があった。時刻は深夜2時。もうそろそろ閉店の時間なのだが、友人でもあるバーのマスターの好意で酒が提供されている。
「あんた、これは流石に飲み過ぎだわ。悪いこと言わないからもう水だけにしときな。」
ウイスキーのロックをダブルで頼もうとする勲美に、マスターは困ったように笑いながら告げる。彼女は勲美の高校時代からの親友で、勲美と涼貴の関係を知っている数少ない友人の一人でもあった。
「涼貴くん、まだ見つかってないんでしょ?警察がうちにも来て色々聞いてったよ。」
「ああ、一切足跡が辿れないんだ。警察では俺が涼貴をどっかにやって隠していると考えているらしい。」
「あーだから執拗にあんたちの関係を聞かれたのね。失礼だなとは思ったけど。」
「会社でも警察に呼ばれた人だってことで噂になってちょっと遠巻きにされてんだよ。」
「人の口に戸は立てられないからね。あんたも大変だね…。」
言いながらスッとグラスを差し出す。柑橘系の香りが爽やかなノンアルコールカクテルだ。
「ありがとう。」
「早く見つからなきゃ、あんたが死にそうだね。」
「この際俺が嫌で出て行っただけなら別にいいんだ。無事な姿が見られれば。今のままだと涼貴がどこかで危険な目に合っているんじゃないかって気が気じゃない。」
「そうね、私だって涼貴くんの笑顔を早く見たいわ。」
あ゛ーと頭を掻きむしってまた机に突っ伏し、今度は泣き出してしまった勲美をマスターは何とも言えない表情で見つめる。いい歳した大人なんだからしっかりしなさいと言ってしまうのは簡単だ。が、気持ちは痛いほどわかるのでそっと新たなグラスを差し出すだけに止めておく。高校時代から知っているこの大男が年下の男に一目ぼれし、あの手この手を使ってデートに誘い出しては距離を縮めていく過程を一番近くで見てきたのだ。一目惚れしてからというもの、ここに飲みに来るたびにその子の話をし、デートに行った次の日にはどれほど可愛くてカッコよかったかをひたすらに聞かせられた。こいつ男もいけたのかという驚きはあったものの、そんなことより長い付き合いで初めて見るような友人のデレデレとした顔が面白かったのでからかいついでに話を聞いてやっていたのだ。話を聞きすぎて、こっちまで会ったことのない涼貴にキュンキュンさせられてしまうくらいに。挙句、奥手な男に頼み込まれて誕生日やクリスマスのプレゼントを一緒に考えさせられ、告白のデートプランの予行演習に連れて行かれもした。ようやく二人が付き合い初めてこのバーに連れ立って来た時、喜びよりも先にようやく解放されるという安堵が来たのを今でも覚えている。
「涼貴くんが行きそうなところは全部当たってみたんだっけ?」
「うん、俺が会ったことのある知り合いには一通り聞いてみたし、何かあれば連絡してもらうように頼んだ。」
「実家とかは?」
「一人っ子で、親は日本にはいないはず。」
「え、そうだったの!」
「あいつに外国の血も流れてるのには何となく気付いていただろ?両親は国際結婚らしいんだけど離婚して母親が涼貴を連れて日本に帰ってきたらしい。その母親も一昨年亡くなっている。海外にいる父親はもう顔も覚えていないと言ってたから会いに行くとは思えない。」
「なるほどね…。ほんと、どこに行っちゃったのかな。」
「なんでいなくなったんだよ…俺のどこが悪かったのかなあ…」
勲美は酔っぱらって自信を無くしているようだが、マスターに言わせてみれば涼貴が勲美を嫌いになるなんてなるはずがない。確かに始まりは勲美からだったかもしれないが、涼貴が何度バーまでのろけに来たと思っているんだ。付き合いたての頃には、この男の預かり知らぬところで二人の関係性に嫉妬をした涼貴に詰め寄られたことだってある。涼貴だって勲美にベタ惚れだ。それを知っているからこそ、なおさら涼貴の身に何が起こったのか心配なのだ。
「涼貴くんはあんたのこと嫌になったりしないよ。そこだけは保証できる。だからあんたはシャキッとして涼貴くんを見つけることだけを考えなさい。」
「あぁ、すまん。ありがとう。」
「私も常連さんに聞いておいてあげるから。」
タクシーに乗って帰る友人の後姿は10年以上の付き合いで初めて見るくらいにしょぼくれていた。あんなになるまで自分を追い詰めていると、涼貴を見つける前に彼自身がダメになってしまうだろう。愛し合っている2人がこんな形で苦しむのは見ていられない。どうか、早く涼貴くんが見つかって、幸せそうな二人がまた見られますように。そう願いながら、マスターは店じまいを始めた。
「あんた、これは流石に飲み過ぎだわ。悪いこと言わないからもう水だけにしときな。」
ウイスキーのロックをダブルで頼もうとする勲美に、マスターは困ったように笑いながら告げる。彼女は勲美の高校時代からの親友で、勲美と涼貴の関係を知っている数少ない友人の一人でもあった。
「涼貴くん、まだ見つかってないんでしょ?警察がうちにも来て色々聞いてったよ。」
「ああ、一切足跡が辿れないんだ。警察では俺が涼貴をどっかにやって隠していると考えているらしい。」
「あーだから執拗にあんたちの関係を聞かれたのね。失礼だなとは思ったけど。」
「会社でも警察に呼ばれた人だってことで噂になってちょっと遠巻きにされてんだよ。」
「人の口に戸は立てられないからね。あんたも大変だね…。」
言いながらスッとグラスを差し出す。柑橘系の香りが爽やかなノンアルコールカクテルだ。
「ありがとう。」
「早く見つからなきゃ、あんたが死にそうだね。」
「この際俺が嫌で出て行っただけなら別にいいんだ。無事な姿が見られれば。今のままだと涼貴がどこかで危険な目に合っているんじゃないかって気が気じゃない。」
「そうね、私だって涼貴くんの笑顔を早く見たいわ。」
あ゛ーと頭を掻きむしってまた机に突っ伏し、今度は泣き出してしまった勲美をマスターは何とも言えない表情で見つめる。いい歳した大人なんだからしっかりしなさいと言ってしまうのは簡単だ。が、気持ちは痛いほどわかるのでそっと新たなグラスを差し出すだけに止めておく。高校時代から知っているこの大男が年下の男に一目ぼれし、あの手この手を使ってデートに誘い出しては距離を縮めていく過程を一番近くで見てきたのだ。一目惚れしてからというもの、ここに飲みに来るたびにその子の話をし、デートに行った次の日にはどれほど可愛くてカッコよかったかをひたすらに聞かせられた。こいつ男もいけたのかという驚きはあったものの、そんなことより長い付き合いで初めて見るような友人のデレデレとした顔が面白かったのでからかいついでに話を聞いてやっていたのだ。話を聞きすぎて、こっちまで会ったことのない涼貴にキュンキュンさせられてしまうくらいに。挙句、奥手な男に頼み込まれて誕生日やクリスマスのプレゼントを一緒に考えさせられ、告白のデートプランの予行演習に連れて行かれもした。ようやく二人が付き合い初めてこのバーに連れ立って来た時、喜びよりも先にようやく解放されるという安堵が来たのを今でも覚えている。
「涼貴くんが行きそうなところは全部当たってみたんだっけ?」
「うん、俺が会ったことのある知り合いには一通り聞いてみたし、何かあれば連絡してもらうように頼んだ。」
「実家とかは?」
「一人っ子で、親は日本にはいないはず。」
「え、そうだったの!」
「あいつに外国の血も流れてるのには何となく気付いていただろ?両親は国際結婚らしいんだけど離婚して母親が涼貴を連れて日本に帰ってきたらしい。その母親も一昨年亡くなっている。海外にいる父親はもう顔も覚えていないと言ってたから会いに行くとは思えない。」
「なるほどね…。ほんと、どこに行っちゃったのかな。」
「なんでいなくなったんだよ…俺のどこが悪かったのかなあ…」
勲美は酔っぱらって自信を無くしているようだが、マスターに言わせてみれば涼貴が勲美を嫌いになるなんてなるはずがない。確かに始まりは勲美からだったかもしれないが、涼貴が何度バーまでのろけに来たと思っているんだ。付き合いたての頃には、この男の預かり知らぬところで二人の関係性に嫉妬をした涼貴に詰め寄られたことだってある。涼貴だって勲美にベタ惚れだ。それを知っているからこそ、なおさら涼貴の身に何が起こったのか心配なのだ。
「涼貴くんはあんたのこと嫌になったりしないよ。そこだけは保証できる。だからあんたはシャキッとして涼貴くんを見つけることだけを考えなさい。」
「あぁ、すまん。ありがとう。」
「私も常連さんに聞いておいてあげるから。」
タクシーに乗って帰る友人の後姿は10年以上の付き合いで初めて見るくらいにしょぼくれていた。あんなになるまで自分を追い詰めていると、涼貴を見つける前に彼自身がダメになってしまうだろう。愛し合っている2人がこんな形で苦しむのは見ていられない。どうか、早く涼貴くんが見つかって、幸せそうな二人がまた見られますように。そう願いながら、マスターは店じまいを始めた。
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)
九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。
半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。
そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。
これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。
注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。
*ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる