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アマデウス侯爵領
存在意義
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初めて死の神とやらに会ってから早半年。出会った次の日には会社に退職届を出してさっさと辞めてやった。身の回りのものもどんどん処分し、きっと行方不明より自殺と扱われるだろうと遺書も準備していつでも涼貴の下へ行く準備は出来ていた。なのに、一向に向こうから声がかからない。涼貴のこととなると気が短くなる勲美は半年の間に結城さんに頼んで何度か箱庭まで連れて行ってもらっていた。その度に死の神と話し合いをし、向こうの情報もある程度事前に勉強していた。
そしてようやくこの日が来たのである。後のことを奏向に任せ、自身ははやる気持ちを抑えて涼貴のもとへ行くために何度目かの箱庭へと足を踏み入れる。死の神と、その隣の創造神だというかなりの老人にも謝られながら不思議な陣の中に立ち、その時を待つ。出来る限り涼貴の近くに降ろす、という青年の声を聞きながら白い光に包まれて勲美は気を失った。
愛しい人の自分を呼ぶ声で意識が覚醒する。顔にぽたぽたと冷たいものが当たるのを感じながら目を開けると、そこには8か月もの間恋焦がれた人の顔が。綺麗な榛色の目が溶け出さんばかりに泣いている顔がそれでも愛おしくて頬に手を伸ばしてその温かさに触れた。
「はは…よかった。ほんものの涼貴だ。」
あぁ、やっと、この手に彼を抱きしめることが出来る。彼の姿を声を匂いを温度を体全部を使って彼を感じることが出来る。遠泳した後のような体の重さを感じるが大した障害ではない。今はただ自分の頭を胸に抱え込んで子どものように泣くこの子を安心させてあげなければ。起き上がって腕を回した体は思い出よりも小さく、あれほどしなやかな筋肉に覆われていた体は痩せて骨が少し浮いている。なんど躓いても明るく前を向いていた彼がこれほど消耗した姿など一度も見たことがない。えぐえぐと自分の胸で泣き続ける彼の背を落ち着かせるように撫でながら、勲美も一筋涙をこぼした。
一体この子はこの背にどれ程のものを背負ってきたのか。頼れる人がいない世界で辛い目に合いながら。それでも責任感の強い彼はきっと誰も見捨てられずに頑張り続けるしかなかったのだろう。笑顔が似合うその顔に笑顔を浮かべられなくなるほどに。
今でも目に浮かぶのは拘束されて絶望した目をした涼貴。あの時彼に伸ばした腕は結局何にも触れることは出来ずに空ばかり掴んだ。でも、今は違う。今自分の腕の中には確かに涼貴がいる。自分に縋り付く彼の力を籠められすぎて白くなった指先を見る。もっと早く来れていれば、一緒にこの世界に降り立てていれば、彼がここまで追いつめられることはなかっただろうに。だが、そんな後悔をしても仕方がない。これからは絶対に君の一番近くにいると誓うから。君を支え、君を守り、君と一緒に歩くことが俺の存在意義だから。いつか立てた誓いをもう一度深く心に刻んで震える恋人をこれでもかと抱き寄せる。
「遅くなってごめんね。よく1人で頑張ったね。」
もっと言いたいことは山ほどあるのに口に出来たのはそんな短い言葉だけで。胸に渦巻くのは安堵と喜びと幸せ。そして自分の宝物を傷つけたこの世界に対する怒り。この美しく凛々しい男にこんな痛々しい泣き声を上げさせた全てのものに対する憎しみ。沸き上がる喚きたくなるような醜い感情を押し殺して、腕の中の涼貴を優しく甘く包み込む。
どれほどそうしていただろう。嗚咽の合間に、いさみさん、と呼びかける涼貴に答えながら自分も目の前の涼貴が本物だと全身で確かめ合っていたら、人が近づいてくる音が聞こえた。この世界は涼貴の敵だらけだ。涼貴を自分の腕の中に隠し、現れた武装集団を睨みつける。誰がこの男に指一本触れさせるか。
結局のところ、男たちは涼貴の味方であった。エルヴィスと名乗った屈強な男は涼貴曰く、最初からずっと彼を信じてくれていた唯一の人であったらしい。彼が最後の最後で希望を失わずにいれたのはきっとこの男の存在があったからだろうと思えば感謝の念が湧く。涼貴を守ってくれていたことに礼を言うと、あなたの大事な人に酷いことをしたと謝られた。だが涼貴の懐き様を見るに、それは彼の責任ではないだろう。確かにこの世界は憎くはあるが、見境なく恨むほど単純ではない。涼貴に手を出した奴全員にはそれ相応の報いを受けさせるとして、まずは情報共有から。
俺がこちらに来た経緯などを一通り話し終わった後、エルヴィスから2人きりで話しておくことがあると言われた。泣き疲れて眠ってしまった後も俺の服を掴んで離さない涼貴の頭を撫でながら何かと聞く。彼は神妙な面持ちで話し始める。
「本当ならこれは涼貴自身から話すのが望ましい。しかし、彼の負った傷と彼の性格を考えると私から大まかにでも先に知らせておいた方が良いのではないかと思ってな。」
「なんのことだ?」
「涼貴がこちらに来てから受けた仕打ちについてだ。」
「っ…!」
それは俺も聞きたいと思っていた。先ほどの話でもそういった話題に触れられるのを嫌がった涼貴の様子から何かあるとは踏んでいたが、弱さを見せたがらない彼の心が準備できるまで待った方がいいと自分を落ち着かせていたところだ。
「俺も知りたいと思っていた。話してくれるとありがたい。」
「そうか、なら私の知っていることは全て話そう。」
それからエルヴィスがした話は到底許せるものではなかった。涼貴を悪だと決めつけた上に彼に暴力を振るっただと。更には彼の心を痛めつけるために罪ない者をいたぶって彼に罪を押し付けた。誰だって自分の信頼と思いやりを目の前で踏みにじられる経験を何度も繰り返したら心などすぐに折れる。心優しい涼貴はさらに、だ。他者が自分のために苦しむなど彼が一番嫌っていることではないか。彼が耐えなければならなかった惨状を思うと胸が裂ける。精神を犯す薬まで使われたと知って、俺はもう我を忘れんばかりだった。目の前が赤く染まって食いしばりすぎた口から血が垂れる。
「勲美殿、お気持ちを察するに余りあるが、どうか落ち着いてほしい。あなたの魔力が暴走しかかっている。」
魔力、その存在は既に知っているが、どうやら怒りで漏れ出たそれが室内に吹き荒れているらしかった。無防備な涼貴を傷つけるわけにいかない。目を瞑って深呼吸をし、無理やりに平静を取り戻す。
「すまない、取り乱した。」
「いや、私でも初めて聞いた時は怒りに震えた。あなたがそうなるのも無理はない。」
「確かにこんな話、俺になかなか教えてくれないだろうな。」
「あぁ、強い子だが強すぎるのも心配だ。」
「話してくれてありがとう。だが俺が知っているのは内緒にしてくれないか。涼貴が自分から言ってくれるまで傍で待つよ。」
「もとよりそのつもりだ。…あなたがこちらに来てくれて本当に良かった。彼の唯一の心の拠り所だったからな。」
そういうと、また明日来ると言ってエルヴィスは出て行った。
涼貴の右手薬指、シルバーの代わりに赤黒く痣が残るそこを撫でながら1人物思いにふける。
そうか、君は離れていても俺をずっと信じてくれていたのか。俺は離れている間も少しは君の役に立てていたのか。
よかった。君が負けずにいてくれて。
よかった。もう一度俺の腕の中に戻ってくれて。
これからは俺に半分背負わせてほしい。
そしてようやくこの日が来たのである。後のことを奏向に任せ、自身ははやる気持ちを抑えて涼貴のもとへ行くために何度目かの箱庭へと足を踏み入れる。死の神と、その隣の創造神だというかなりの老人にも謝られながら不思議な陣の中に立ち、その時を待つ。出来る限り涼貴の近くに降ろす、という青年の声を聞きながら白い光に包まれて勲美は気を失った。
愛しい人の自分を呼ぶ声で意識が覚醒する。顔にぽたぽたと冷たいものが当たるのを感じながら目を開けると、そこには8か月もの間恋焦がれた人の顔が。綺麗な榛色の目が溶け出さんばかりに泣いている顔がそれでも愛おしくて頬に手を伸ばしてその温かさに触れた。
「はは…よかった。ほんものの涼貴だ。」
あぁ、やっと、この手に彼を抱きしめることが出来る。彼の姿を声を匂いを温度を体全部を使って彼を感じることが出来る。遠泳した後のような体の重さを感じるが大した障害ではない。今はただ自分の頭を胸に抱え込んで子どものように泣くこの子を安心させてあげなければ。起き上がって腕を回した体は思い出よりも小さく、あれほどしなやかな筋肉に覆われていた体は痩せて骨が少し浮いている。なんど躓いても明るく前を向いていた彼がこれほど消耗した姿など一度も見たことがない。えぐえぐと自分の胸で泣き続ける彼の背を落ち着かせるように撫でながら、勲美も一筋涙をこぼした。
一体この子はこの背にどれ程のものを背負ってきたのか。頼れる人がいない世界で辛い目に合いながら。それでも責任感の強い彼はきっと誰も見捨てられずに頑張り続けるしかなかったのだろう。笑顔が似合うその顔に笑顔を浮かべられなくなるほどに。
今でも目に浮かぶのは拘束されて絶望した目をした涼貴。あの時彼に伸ばした腕は結局何にも触れることは出来ずに空ばかり掴んだ。でも、今は違う。今自分の腕の中には確かに涼貴がいる。自分に縋り付く彼の力を籠められすぎて白くなった指先を見る。もっと早く来れていれば、一緒にこの世界に降り立てていれば、彼がここまで追いつめられることはなかっただろうに。だが、そんな後悔をしても仕方がない。これからは絶対に君の一番近くにいると誓うから。君を支え、君を守り、君と一緒に歩くことが俺の存在意義だから。いつか立てた誓いをもう一度深く心に刻んで震える恋人をこれでもかと抱き寄せる。
「遅くなってごめんね。よく1人で頑張ったね。」
もっと言いたいことは山ほどあるのに口に出来たのはそんな短い言葉だけで。胸に渦巻くのは安堵と喜びと幸せ。そして自分の宝物を傷つけたこの世界に対する怒り。この美しく凛々しい男にこんな痛々しい泣き声を上げさせた全てのものに対する憎しみ。沸き上がる喚きたくなるような醜い感情を押し殺して、腕の中の涼貴を優しく甘く包み込む。
どれほどそうしていただろう。嗚咽の合間に、いさみさん、と呼びかける涼貴に答えながら自分も目の前の涼貴が本物だと全身で確かめ合っていたら、人が近づいてくる音が聞こえた。この世界は涼貴の敵だらけだ。涼貴を自分の腕の中に隠し、現れた武装集団を睨みつける。誰がこの男に指一本触れさせるか。
結局のところ、男たちは涼貴の味方であった。エルヴィスと名乗った屈強な男は涼貴曰く、最初からずっと彼を信じてくれていた唯一の人であったらしい。彼が最後の最後で希望を失わずにいれたのはきっとこの男の存在があったからだろうと思えば感謝の念が湧く。涼貴を守ってくれていたことに礼を言うと、あなたの大事な人に酷いことをしたと謝られた。だが涼貴の懐き様を見るに、それは彼の責任ではないだろう。確かにこの世界は憎くはあるが、見境なく恨むほど単純ではない。涼貴に手を出した奴全員にはそれ相応の報いを受けさせるとして、まずは情報共有から。
俺がこちらに来た経緯などを一通り話し終わった後、エルヴィスから2人きりで話しておくことがあると言われた。泣き疲れて眠ってしまった後も俺の服を掴んで離さない涼貴の頭を撫でながら何かと聞く。彼は神妙な面持ちで話し始める。
「本当ならこれは涼貴自身から話すのが望ましい。しかし、彼の負った傷と彼の性格を考えると私から大まかにでも先に知らせておいた方が良いのではないかと思ってな。」
「なんのことだ?」
「涼貴がこちらに来てから受けた仕打ちについてだ。」
「っ…!」
それは俺も聞きたいと思っていた。先ほどの話でもそういった話題に触れられるのを嫌がった涼貴の様子から何かあるとは踏んでいたが、弱さを見せたがらない彼の心が準備できるまで待った方がいいと自分を落ち着かせていたところだ。
「俺も知りたいと思っていた。話してくれるとありがたい。」
「そうか、なら私の知っていることは全て話そう。」
それからエルヴィスがした話は到底許せるものではなかった。涼貴を悪だと決めつけた上に彼に暴力を振るっただと。更には彼の心を痛めつけるために罪ない者をいたぶって彼に罪を押し付けた。誰だって自分の信頼と思いやりを目の前で踏みにじられる経験を何度も繰り返したら心などすぐに折れる。心優しい涼貴はさらに、だ。他者が自分のために苦しむなど彼が一番嫌っていることではないか。彼が耐えなければならなかった惨状を思うと胸が裂ける。精神を犯す薬まで使われたと知って、俺はもう我を忘れんばかりだった。目の前が赤く染まって食いしばりすぎた口から血が垂れる。
「勲美殿、お気持ちを察するに余りあるが、どうか落ち着いてほしい。あなたの魔力が暴走しかかっている。」
魔力、その存在は既に知っているが、どうやら怒りで漏れ出たそれが室内に吹き荒れているらしかった。無防備な涼貴を傷つけるわけにいかない。目を瞑って深呼吸をし、無理やりに平静を取り戻す。
「すまない、取り乱した。」
「いや、私でも初めて聞いた時は怒りに震えた。あなたがそうなるのも無理はない。」
「確かにこんな話、俺になかなか教えてくれないだろうな。」
「あぁ、強い子だが強すぎるのも心配だ。」
「話してくれてありがとう。だが俺が知っているのは内緒にしてくれないか。涼貴が自分から言ってくれるまで傍で待つよ。」
「もとよりそのつもりだ。…あなたがこちらに来てくれて本当に良かった。彼の唯一の心の拠り所だったからな。」
そういうと、また明日来ると言ってエルヴィスは出て行った。
涼貴の右手薬指、シルバーの代わりに赤黒く痣が残るそこを撫でながら1人物思いにふける。
そうか、君は離れていても俺をずっと信じてくれていたのか。俺は離れている間も少しは君の役に立てていたのか。
よかった。君が負けずにいてくれて。
よかった。もう一度俺の腕の中に戻ってくれて。
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