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第一章 はじまりの物語とハッピーエンド

天邪鬼とオムレツサンド(中編)

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 ふふふふーん。
 あたしは鼻歌を歌いながら料理を進める。
 
 「あら、ご機嫌ね。アタシも手伝いましょうか?」
 「ありがとうございます、藍ちゃんさん。それではこれにマーガリンとマスタードを塗ってもらえますか」

 そういってあたしはサンドイッチ用のパンを藍蘭らんらんさんに渡す。
 白いパンと全粒粉の茶色いパンだ。

 「わかったわ」

 それじゃあ、あたしも作業を進めますか。
 あたしはボウルにご飯を取り、卵を割り入れて混ぜる。
 
 「あらおいしそう。このまま醤油を入れて卵かけご飯にして頂きたいわ」 
 「それでも美味しいんですけど、今回はあの子たちのリクエストにおこたえして、それを! 焼く!」

 あたしは目玉焼きを四角く作れる型を取り出し、その中に卵かけご飯を入れる。

 ジュジュ―

 香ばしい音を立てて『卵かけご飯』は『焼き卵かけご飯』に変わっていく。
 ご飯入りオムレツみたいなものだ。

 「あとは簡単、サンドイッチパンにはさんでカットするだけです」

 あたしは熱々のオムレツをバンに挟みながら説明する。
 
 「藍ちゃんさん、カットを手伝ってもらえますか。こんな風にカットしたいのです」
 
 あたしは図面を見せる。
 
 「へぇー、こんなに簡単に出来るものなのね」
 「ええ、こういった物は設計図が大切ですから」

 キャラ弁に重要なのは設計図、これも豆知識。

 「余った分はあたしたちで食べましょ」
 「ええ、とってもおいしそうね」

 ザクッザクッと音を立てパンは三角形にカットされていく。
 
 「あとは並び替えるだけよね」
 「はいそうです。簡単でしょ。最後にブドウ糖をふって完成です」

 あたしは粉ふるいでパラパラとブドウ糖をふる。

 「珠子と!」
 「藍蘭らんらんの!」
 「「特製オムレツサンドの完成です!」」

 あたしたちは仲良く決めポーズを決めた。

◇◇◇◇

 「さあ、召し上がれ!」

 あたしはふたりのテーブルに特製オムレツサンドを運んで言った。

 「……へびさん」
 「はっ、こんなの鬼にぜんぜん見えないね」

 あたしたちが作ったのは二色のサンドイッチで三角を使ったモザイクとも言えないモザイクアート。
 それで蛇と鬼を作ったのだ。

 


 「どう、ふたりにおそろいで違うでしょ」
 「……うん」
 「ふん、違ってるぜ」

 ああ、天邪鬼あまのじゃくといえども、どっちにも取られる事は言えるんだ。

 「さっ、食べて食べて。きっとおいしいわよ」

 あたしに促されてふたりはオムレツサンドを口に運ぶ。
 
 「……ひんやり」
 「あったかくなんてないね! はふはふ!」
 「ふふふ、ブドウ糖には吸熱反応があるのよ。ラムネがひんやりしているのと同じね」

 このオムレツサンドは、ブドウ糖が最初に口内にひんやり感をもたらし、そして熱々のオムレツが時間差になって口をはふはふさせるの。
 最初はオムレツのアイスソースを考えていたけど、あれをサンドイッチにしちゃうとアイスが垂れてきちゃうから没にしたの。

 「……あまあま、ごはん」
 「せ、西洋辛子なんて全然辛くないね! ワサビの方がもっと辛いさ!」

 そしてご飯いりオムレツはそのままでも甘い、そしてマスタードはビリ辛だ。

 「そして、オムレツの実態は焼き卵かけご飯なのよ! TKGたまごかけごはんは日本発祥にて日本人に大人気、これほど和風を表現した具材があろうか! いやない!」

 衛生の関係上、卵かけご飯は日本でしか食べれない。
 外国では生卵にはサルモネラ菌がいる可能性があるので火を通すのが一般的だ。
 最近は外国でも安全な卵が食べられる所もあるが、やはりTKGたまごかけごはんは日本の物なのだ。
 日本に産まれてよかった!

 「どう? 和風で洋風で、甘くって辛くって、パンでご飯で、ひんやりしててあったかくって、ふたりでおそいで違っている特製オムレツサンドのお味は?」

 もちろん味だって自信がある。
 マスタードが効いたタマゴサンドを想像してみて欲しい。
 卵の甘さとマスタードの辛さはとても合う。
 そして! ご飯はなんとでも合うのだ!
 ビバ! ビバ! ビバ! ごはーん!
 珠子はご飯が大好きです!!

 「……おいしい」
 「ふん、ちょっとしょっぱいな」

 あれ、ちょっと塩味が足りなかったかな。
 そしてあたしは見た。
 橙依とーいくんの右手が空中に浮かんだ黒い穴に入ったかと思うと、そこから卓上塩を取り出した所を。

 「……はい塩」
 「ふん、礼は言わないぜ」

 そう言って天邪鬼あまのじゃくは塩を少々ふる。
 いや、問題はそこじゃない、あなたそれをどこから出しました!?

 「ね、ねえ橙依とーいくん、それ……」
 「……ん? これ? 異空間格納庫」

 そう言って橙依とーいくんは黒い穴から冷えたコーラを取り出す。
 異空間格納庫ハンマースペースとな!?
 紫君しーくんには鎮魂の能力があったし、藍蘭らんらんさんの口からは『人払いの術』という単語を聞いた。
 橙依とーいくんに特殊能力があったも不思議じゃないけど……それって最強の一角って言われている能力なんじゃ!?
 当の橙依とーいくんはあたしの顔を見て何やら不思議そうな表情をしている。
 ま、まあこの事はとりあえず置いておこう。

 「どうだった? ちょっと多かったかもしれないから、お腹いっぱいになったら残してもいいのよ。残りはあたしと藍ちゃんさんで食べちゃうから」
 「ふん、これっぽっちで足りるかよ、もっと寄越しな!」

 はいー、おかわり頂きましたー!

 天邪鬼あまのじゃくの声に藍蘭らんらんさんは『あたしたちの分はなさそうね』といった表情で追加の皿を持ってきた。
 ふたりは仲良くそれを食べた。

 そしてふたりが数時間勉強した後、天邪鬼あまのじゃくは帰っていった。
 
 「はん、おめーの料理なんてぜんぜんうまくなかったね! バーカ! バーカ! ブース! もーこねーよ!」

 帰り際に捨て台詞を残して。
 
◇◇◇◇

 今日はお客さんが少なかった。
 だから考える時間がいっぱいあった。

 「ねぇ、藍ちゃんさん」
 「なぁに?」
 「橙依とーいくんの友達は、あの天邪鬼あまのじゃくだけですか?」
 「そーよ」
 「橙依とーいくんがなついているのは藍ちゃんさんと、緑乱りょくらんおじさんだけですよね。他の兄弟にはちょっとよそよそしいですよね」
 「ええ」

 藍蘭らんらんさんの声がちょっと低くなる。

 「前に緑乱りょくらんおじさんに聞いたんですけど、橙依とーいくんの妖力が兄弟で二番目に弱いって本当ですか?」
 「本当よ、でもどうしてそんな事を聞くの?」
 「どうやって判ったのかが気になって」

 あたしの見立てだと七王子の妖力ちからにそこまで差はないように感じる。
 もちろん、あの鬼畜メガネの蒼明そうめいさんのように秘めてるだけかもしれないけど。
 あたしの予想が正しければ……
 あたしは手を止めしばらく考え込む。
 
 「あー、もう、まどろっこしいのは嫌いよ! はっきり言いなさい!」
 「橙依とーいくんって妖力は弱いけど、それを使った術とか特殊能力とか持っていません? たとえばパラメーターを数値化する能力とか」
 「そうよ、きっとあなたが考えている能力はほとんど持っているわね。あの子ゲームとか漫画とかアニメとか好きだから。今、この時も新しい特殊能力を身につけててもおかしくないわね。あの子はここ10年で一気に成長したわ」
 
 マジですか!!
 もし、異空間格納庫ハンマースペースの他に亜空間連結スターゲートとか能力数値化スカウターとか根源図書館アカシックライブラリとか持ってたら最強じゃない!
 相撲が強いとは次元が違うわ!
 でも……

 「橙依とーいくんは弱いんじゃなくて、優しい子なんですね」
 「あら、そこまで気づいたの、流石ね。そうよ、あの子は力で相手をねじ伏せる事に価値を見出していないわ。そういう意味では思考は人間に近いわね」

 あたしにもわかる。
 あたしだって世界中の人を踏みつける暴力ちからよりも、仲良く台所に立つ女子力ちからの方が欲しい。

 「ういー、おじさんも人間にちかいぞぉ~。こうしてぐーたらしているのがサイコーだね」
 
 長椅子のあたりから緑乱りょくらんおじさんの声が聞こえた。
 おじさんの言葉には心から同意する時もあるが、人はそれをダメ人間と言うのです。

 「それじゃあ珠子ちゃんはもう気づいているでしょ。あの子と仲良くなるにはどうすればいいか」

 わかっている、それはとっても簡単だけど難しい。

 「に気付いて、そして実行したのが藍ちゃんさんと緑乱りょくらんおじさんなのですね」
 「そう、他のバカどもは未だに気付きもしていないわ。こんなに一緒にいるのにね」
 「藍ちゃんさんとおじさんは強いんですね」

 本当に強いと思う。

 「あらやだ、乙女に強いだなんて、いやだわもう」
 「いや~、そんなにほめられちゃうとてれるなぁ、もう」

 ふたりは微笑みながら言った。 
 
 「……ごめんなさい、あたしは弱い人間なのです」 
 「そう……」

 藍蘭らんらんさんは寂しそうに呟いた。
 あたしはふたりほど強くない。
 だから……
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