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第六章 対決する物語とハッピーエンド
三尾の毒龍と酒をふんだんに使った料理(その1) ※全5部
しおりを挟むむかーし見た米国の映画。
途中までは白黒で、とある場面からカラーになるって洒落た映画。
その中でとっても俺っちがお気に入りの場面がある。
そこで言ってたことは、かいつまむとこんな事さ。
『肩書は重要』
いいこと言うねぇ。
その場面てのは知恵が欲しかった案山子が学位のメダルをもらって喜ぶ場面さ。
ホント、洒落てると思うよ。
だって、それは本当の知恵があれば、銀紙のメダルだってハッピーエンドになれるって言ってるんだからさ。
俺っちだって八岐大蛇の息子の肩書には世話になっている。
このおかげで一目置かれることもあるし、無用のいざこざに巻き込まれることもない。
たまーに、そのせいで要らぬ面倒をしょい込むこともあるけど、そんな時でも肩書に寄ってきた頼もしーい味方に丸投げすりゃいいってもんさ。
ああ、あとその映画はそれ以上に大切なことを教えてくれたね。
あの嬢ちゃんもたまに実践している大切なことさ。
それはね『お酒は勇気を与えてくれる』ってことさ。
おじさんはね、臆病者だからね、せめて人並みになりたいなら勇気が必要なんだ。
飲んだくれているのはそういう理由があるからなんだぜ。
な、信じてくれよ。
俺っちの名は緑乱。
今は気ままな一人旅さ。
◇◇◇◇
「おおっ、こりゃ美味い! 酒も料理も良い味だねぇ」
俺っちは瀬戸内の海の幸に舌鼓を打つ。
「ホホホ、お気に召されたようで何よりです。さささ、さらに一献」
きれいどころの姉ちゃんが俺っちの隣に近づき、酒を注ぐ。
有名所のお高いお酒だ。
嬢ちゃんならその味を余すことなく堪能しようと襟を正して飲みかねないけど、おじさんは違うね。
酒も料理も自然体で味わうのが最高だと思うのさ、おじさんは。
変に突っ張って味わったりしたら、いつも飲んでいるお気に入りの定番の銘柄と差が出ちまうじゃないか。
味わいを評価するなら、いつも同じ態度で臨まにゃ不公平ってもんだぜ。
キュッ
「うん、うまいねぇ。こんなもてなしを受けちゃ上機嫌になっちまう」
口ではそう言ったけど、ちょいと酒と料理の味に濁りがあるかねぇ。
この料理を作ったやつは、腕は嬢ちゃんよりも立つように思えるけど、心に迷いがある味かな。
なーんて、料理からその心を感じるような特殊能力なんて、俺っちは持ち合わせていないんだけどね。
なんて言ったっけ、橙依君の読んでいる漫画やゲームの中でたまに登場する能力。
……そうそう、接触感応ってやつだったけ。
「ホホホ、嬉しいですわ。緑乱様にはもーっと良いおもてなしを用意していますのよ」
俺っちの向かいに座る女が口元をホホホと押さえながら笑う。
その顔は俺っちの隣で酌をしてくれてる女と同じ。
「しかし助かったぜ。性質の悪い退魔僧に追いかけられてたとこを匿ってくれてさ」
俺っちは数日前までは素直な方の弟たちと一緒に旅行中だったんだけど、築善という尼僧に目をつけられちまって、そいつを巻くために弟たちと別れて、とんずらこいてる最中だった。
「ホホホ、同じ”あやかし”の中でも龍に連なるお仲間じゃないですか。この龍王島は無人島ですから、ほとぼりが冷めるまでずーっと滞在してらっしゃってもよろしいのですよ」
そんな時に声をかけてきた三体の美女。
彼女たちに案内されるがままにやってきたのが、ここ広島県安芸の龍王島。
瀬戸内海にポツンと浮かぶ小さな島さ。
「ん? 無人島という割には整った設備じゃないか。来る途中に人間もちらほら見たぜ」
「ホホホ、ここは無人島といっても人間が自然キャンプとやらで訪れる島ですから。やはり食材の仕入れや屋敷を整えるのなら人間を使うのが一番ですから」
そう言って、女たちは「「「ホホホ」」」と声をそろえて笑う。
いやまあ、美女なのは歓迎なんだが、同じ顔で同じタイミングで笑われると少し不気味だねぇ。
ま、人間に頼るってのは大賛成なんだが。
なんせ衣食住の快適な物を求めるなら、人間の叡智ってやつを拝借するのが一番だからね。
それには金が必要ってのが悲しい所なんだけどね。
「ホホホ、それではここで今日のスペシャル料理をご馳走しますわ」
そう言って座敷の入り口に陣取った女が手をパンパンと叩く。
障子がスッと空いて顔色の悪そうな人間の男が現れる。
ありゃ体調不良じゃなく、心労の顔だね。
さっきから出てくる料理はこの兄ちゃんが作ったみたいだね。
「初めまして……、今日の板前を勤めさせて頂きます」
そう言って兄ちゃんは畳に指をつけて礼をする。
おやおや、心労の割には見事な挨拶の仕方だね。
これがプロの仕事ってやつかな。
「今日は……鯛の生け作りを披露致します」
ピチピチとまだ動いている尾頭付きの鯛が取り出されると、兄ちゃんは包丁の柄頭でそれを気絶させ、精緻にて豪胆、流麗にて迅速、疾風怒濤の包丁さばきでそれをお造りに仕立て上げる。
「こりゃ見事だ。うちの嬢ちゃんより上手い包丁使いだ」
「ホホホ、新宿一の腕を持つと言われる寿司店の板前ですもの、当然ですわ」
へー、新宿一ねぇ。
嬢ちゃんは『あたしの腕なんて本職の中ではまだペーペーですよ』とよく言うけど、あながち謙遜じゃなさそうだ。
少なくとも、この兄ちゃんの腕は嬢ちゃんよりも一枚も二枚も上手だね。
「おまたせしました……、瀬戸内の天然真鯛の活け造りです」
頭と尻尾だけになりながらも、まだ口をパクパクとさせる鯛が俺っちの前に差し出される。
「活け造りねぇ……、腕の凄さは伝わるけど少し残酷だねぇ」
人間の中には残酷なヤツがいるのは知ってる。
だけど、その残酷さの中には無邪気な残酷さってのもあってさ、こういった腕自慢の披露のために生き物を苦しませる面ってのはあまり俺っちの好みじゃない。
「これっ! 重要な客人になんて粗相を!」
「ひっ! ど、どうかお許しを! 妻と子供だけは……」
女の声に人間の男が頭を畳にこすり付けて平伏する。
「いやいや、すまないね。お前さんのもてなしに難があるってわけじゃないんだ。ただ、ちょっと驚いただけさ」
そう言って俺っちが指に妖力を込めて鯛の頭をコンと叩くと、鯛の口もエラも動きを止めた。
「ホホホ、お優しいこと。お客人の広い心に感謝しなさい」
「は、はいっ! 寛大な心、感謝いたします!」
平伏した男がさらに畳に頭をこすり付ける。
「いやいや、頭を上げてくれな。それより、このお造りはどうなってんだい? 厚みの違う二種類の刺身になってるみたいだけどさ」
お造りは厚めのと薄めのと二種類あった。
お嬢ちゃんが造る鯛の刺身なら厚めなんだが、この薄めに造られた刺身には興味がそそられるねぇ。
旅の土産話としてお嬢ちゃんに持って帰ったら喜ばれるかもしれない。
「はい……、厚めの刺身はそのままお造りとしてお召し上がり下さい。薄めのは……」
そう言って男は中央が煙突のように伸びている鍋を取り出した。
香ってくるのは出汁の良い匂いだ。
「おっ、こいつはしゃぶしゃぶかい!?」
「はい……、鯛しゃぶです。ですが、この料理にはさらに続きがありまして……」
男が取り出したのは日本酒の瓶、それが出し汁の沸くしゃぶしゃぶ鍋に注ぎ込まれいく。
そして出汁と共にアルコールの混じった良い匂いが広がってくる。
「お試し下さい……、『鯛の酒しゃぶ』です」
最初の一切れは男が鯛の身を酒の中にくぐらせて、柑橘の香りが立つポン酢に合わせて差し出された。
「酒しゃぶだって!? こいつはうまそうだ!」
俺っちの箸が表面が白く染まった鯛の刺身を捉え、口に運ぶ。
ホッ、キュ
刺身の表面は軽く熱を帯び、わずかに火が通った表層はポン酢の爽やかさを携え、その中から鯛特有の海の味と弾力を備えた身が口の中で旨みの花を開く。
「ほう! こりゃうまい! たまげたねぇ」
鯛のこんな食べ方があるなんて、ホント驚きだよ。
こりゃ嬢ちゃんへの良い土産話になりそうだ。
「ホホホ、お気に召されたようで何よりですわ」
そう言って女がチラリと目配せすると、兄ちゃんは「失礼します……」と言い残して見事な所作で障子を閉めて退出していった。
「さて、本題に入ろうじゃないか。俺っちをいい気分にさせて何を企んでんだい?」
「ホホホ、企むだなんて人聞きの悪い。ほんの少しささやかなお願いですわ。私の主の目的に助力頂きたいだけですわ」
「その目的ってのは”妖怪王の座”かい」
「ホホホ、話が早くて助かりますわ。噂通り頭も切れるようですわね」
そんなこったろうと思った。
しかし妖怪王ねぇ、黄貴兄や蒼明のヤツも狙ってるみたいだけど、あんなもんになっても苦労しかないってのにねぇ。
「それで、俺っちに何をして欲しいんだい? 俺っちはもう妖怪王の座になんて興味ないからさ、推薦状の一枚や二枚だったら書いてやるぜ」
何の意味もない証文だけどな。
「ホホホ、それも良いですけど違いますわ。大悪龍王様のために貴方様の兄弟を説得して欲しいのです。龍王様こそ次代の妖怪王にふさわしいと」
大悪龍王ねぇ、龍王を名乗るやつってのは陸にも海にもいっぱいいるけど、その内の一体かね。
しかし、大悪龍王とは大言壮語も甚だしいねぇ。
「それは無理な相談ってもんだぜ。いや出来ない相談かな。上の兄も下の弟も俺っちに言われたくらいで諦めるような男じゃないぜ」
「ホホホ、そこをなんとか。でないと……」
「でないと?」
「ホホホ、聡明な貴方様ならおわかりでしょう」
3体の女が同じ顔でニタァと嗤う。
綺麗な顔してるが、こんな表情はいただけないねぇ。
お嬢ちゃんの屈託のない笑顔の方が何万倍も上だぜ。
この顔だけは美人の姉ちゃんの意図はわかる。
妖怪王ってのは称号だ、それを得るには当然ながら信頼ってのが要る。
残念ながら俺たち兄弟は東の大蛇として十把一絡げにまとめられちまってる。
その中の一体である俺っちが出来もしない約束をしたり、我が身可愛さに嘘を言ったなんて話が広がっちゃお終いだ。
俺っちが個人的に大悪龍王を認めるのならいいが、妖怪王にはこいつがふさわしいと兄弟を説得すると言ったのに出来なかったじゃすまされない。
俺っちのせいで、他のやつらの信用まで失っちまう。
しかし、どうしたもんか、このままじゃ無事に帰れそうにない。
やってやれんことはないが、疲れるのは御免だ。
仕方ない、ここはちょっと人助けといこうか。
「わかった。ただ、いくつか条件がある」
「ホホホ、なんですの? 妖怪王の配下としての地位でも、諸侯として治めたい国でも何でも差し上げますわ」
女は大抵のヤツらが興味がありそうなもんを提案するけど、俺っちはそんなのに興味は無い。
あるのはささやかなものさ。
「まずは俺っちの身の安全だな。これがないと話になんねぇ」
「ええ、もちろんですわ」
「そしてだな、俺っち、いや兄弟全員が欲しがってるものがある。それを手に入れるために協力して欲しい」
「あら、それは何ですの?」
俺っちは深い溜息をつき、そして腰をゆっくりとあげる。
おっとっと、少し酔ったかな。
「それすら知らないようじゃ話になんねぇな。情報ってのは時には腕っぷしなんかよりも重要なんだぜ」
「ホホホ、意地悪なこと。わかりましたわ、隠し事は無しにしましょう。『酒処 七王子』の看板娘、人間の珠子という女の子のことでしょう」
「わかってるじゃないか。ご褒美にいいこと教えてやるぜ。珠子嬢ちゃんにはな、俺っちと兄弟たちだけじゃなく、京の酒呑童子もご執心なんだぜ」
ま、こりゃ俺っちの勘だけどな。
はったりってレベルじゃないが、確証があるわけじゃない。
ま、この前のTV電話で大江山で楽しくやってるみたいだし、あながち的外れじゃないだろ。
「ホホホ、それは本当ですの?」
「嘘だと思うなら確かめてみりゃいいじゃないか。嬢ちゃんは今、大江山に居るはずだぜ。確かめられるまで俺っちはここでのんびりさせてもらうからよ」
再びドカッっと腰を下ろし、俺っちは手酌で酒飲みを再開する。
「ホホホ、それが良さそうですわね。実方」
女がパンパンと手を叩くと障子を透かして一体の男の影が見える。
「お呼びでちかチュン」
「ホホホ、話は聞いていたね。お前は京の地理に明るいだろう。この男の言ったことを確かめておいで」
「了解しましたチュン」
男の影がまるまるとした鳥の影になり、羽ばたきの音と共に消えていった。
チュンチュン言ってたし、ありゃ雀かね。
そんじゃま、気長に待たせてもらおうかね。
応援ありがとうございます!
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