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第一章 大会前
その1 下ごしらえは重要です
しおりを挟む「合宿をしましょう!」
正式な出場合格通知が届いた日、部長は開口一番そう言った。
大会までは約1か月、大会期間はちょうど夏休みの真ん中。
世間一般ではお盆休みと言われる期間である。
七月の末日には参加チームへの大会説明会が開催される。
部長は、夏休みに入ったら料理愛好倶楽部で強化合宿しようと言っているのだ。
無論、俺に異論はある。
夏休みは俺の愛しいガキどもも夏休みなのだ。
つまり、三食を俺が世話しなくてはならない。
「ごめん、なでちゃん。あたし家を手伝わなくちゃダメなの。くすん」
いいぞ蘭子! ナイスだ!
頼りになる味方だぜ!
「あー俺もガキどもの世話を……」
「シャラップ! 言い訳は聞きたくないわ!」
「いやしかし、俺たちにも事情が……」
「そんな問題なんて、とっくにクリアしてるわ。合宿所は『竜の舌』よ」
竜の舌は蘭子の実家である。
「えっ、そうなの!? だったら大丈夫かな~」
「ええ、親御さんには説明済みよ」
「りっくんの妹さんと弟さんもそれなら大丈夫だね~」
オンドゥルルラギッタンディスカー!
「ねえ陸、あんた私との賭けに負けたよね~」
この目は弱みに付け込む悪女の目だ。
「ねえ、くやしい? くやしいなら『くやしいっ! でも……』って言ってもいいのよ」
「誰が言うか! そんな事!」
まったく、お嬢様のはずなのに、どこでそんな下品なネタを仕込むんだろうか。
「わかったよ。部長に従うさ」
「わかればいいのよ。じゃあ、夏休み初日の朝に竜の舌でね」
仕方ない、負けた弱みだ。
だが隣で『合宿のハプニングでお風呂覗かれちゃうかも!? いやんいやん』と考えながら身体を振る蘭子はどうにかしてくれ。
安心しろ、風呂は自分の家で入るから。
◇◇◇
「で、陸ちゃんはここで里芋を剥いてるわけかい。えらいね~」
「そうです、善子さん」
そして夏休みの初日、俺は竜の舌の裏手で、下ごしらえを続けている。
朝六時から四時間ぶっ通しで。
部長と蘭子は厨房で料理の練習だ。
「うちの旦那も若い娘に料理を教えられるって張り切ってるよ。でも、いいのかい? あっちに混ざらなくて」
「こっちの方が性に合ってますから。それに重要でしょ、下ごしらえは」
これは嘘じゃない。
俺の得意とするのは家庭料理で、時間が無ければ短縮料理、時間があれば手間は掛かるが、安くて美味しい、泥臭い料理だ。
部長も最初は芋料理と言ってバカにしたが、今はリクエストしてくる。
おねだりしてくるのだ、グヘヘ。
「あー、今、エロいこと考えたな」
「さすが、客商売20年ですね。バレましたか」
「陸ちゃんの表情には特徴があるからね。そんな妄想しながら手を止めないのは立派だけど」
「マルチタスクってやつですよ。同時に二つの事が出来るのです」
小さい時に宇宙飛行士を目指す漫画を読んで身に付けた技だ。
ちなみに部長には画面を見ずにスマホでメールが打てるブラインドタッチ能力がある。
俺と会話しながらメールを送って来た時には驚いた。
聞けば、部長もマルチタスク能力があるらしい。
特殊能力持ちというと結構カッコいい。
「よし終了!」
籠いっぱいの里芋、玉ねぎ、人参、ネギ、ショウガ、なす、これらを洗い、何種もの鍋に入れていく。
調味料を入れ、火を付けたら、次は魚だ。
「今日はカマスですか」
「市場で安かったからね」
日替わりの魚弁当と定食が竜の舌の名物だ。
少しマイナーな魚が出されるのが人気の秘密である。
スーパーの魚コーナーの切り身にあまりない魚がチョイスされるのである。
俺は内蔵を取り、三枚におろしていく。
本当は丸ごとの方が美味しいのだが、内臓や骨を嫌がるお客さんがいるのだ。
「はい、できましたー」
数十匹のカマスが切り身にされていく。
「ありがとう。あとはおばさんに任せな」
これは罠だ! ここで『はい、おばさんに任せます』と言ったら、俺は明日の朝日は拝めないだろう。
「はい、善子さんにお願いします」
ニヤリと笑い、おば……、もとい善子さんがグリルでカマスを焼いていく。
煮物と魚とご飯を弁当箱に詰め、店の前で販売完了すれば、俺の午前の仕事、もとい特訓は終わりだ。
バイト代が出ないからな。
考えて悲しくなった。
◇◇◇
「りっくん、お疲れー」
弁当は無事完売、最後の弁当を俺の賄いとして食べ終わった頃、店内でランチをさばいていた蘭子が裏手にやって来た。
ランチタイムが終わり、少し暇になったのだろう。
「よう、部長はどうした?」
「なでちゃんは鍋の振りすぎでバテてるよ」
蘭子の指差す先には椅子にもたれかかっている部長の姿があった。
やはり、バトルのネックは部長かな。
★超絶! 悶絶! 料理バトル!★では50人を超す審査員の料理を作らなくてはならない。
それなりの体力と作業の速さが必要になる。
蘭子は問題ない、俺も厳しいが何とかなるだろう、だが部長は少し難がある。
そのための合宿なのだろう。
部長は良く分かっている、自らに足りないものが。
俺は漫然と特訓しているが、勝負に勝つためには何が必要で、何が足りないかわかってない。
そして、あのルールだと本当に必要なものは何かは誰にも分らないのだ。
そこが面白くもあり、勝機でもあるのだが。
「あっ、魚吉さんだ」
蘭子の視線の先に、一台のバンが止まっている。
魚吉さんは竜の舌の常連で、クルーザーという名の自家用漁船を持っている。
よく自分で釣った魚を持ってきてくれるのだ。
「よう、お嬢ちゃん、また捌いてくれないかい?」
「いいよ~、手間賃は三割ね~」
手間賃とは、魚の三割を頂く代わりに、タダで捌くという意味だ。
「がめつい天使の取り分だな。でも、いいさー!」
「やだもう天使だなんてー」
この茶番は、何度も繰り返されたルーティンである。
「で、リクエストは何? 切り身?」
「全部刺身で」
「迷える子羊の世話も大変だわ」
そうして二人は笑い合った。
「俺も手伝おうか?」
「ありがとー、じゃあこっちのをお願い」
軍手を装備し、クーラーボックスを蘭子が物色している。
そこから蘭子が指差した一山を俺は受け取る。
鯛系が多いな。
対する蘭子はメバルやカサゴ系が多い、小骨が多く刺身にするのに手間が掛かる魚だ。
蘭子はそれを難なく捌いていく。
俺の倍以上の速度だ。
「はい、どーぞ」
俺より先に捌き終わった蘭子が大きい皿と中くらいの皿を持ってくる。
俺はそこに刺身を載せていく、中皿が天使の分け前分だ。
蘭子の姿は血まみれ天使といった所か。
うん、いい笑顔なのだが、包丁を持って、赤い液体まみれなのは勘弁な。
ちょっと猟奇ゲームの住人になった気がする。
「じゃあ、りっくん一緒に逝こっ」
ちょっと脳内で空耳具合になっているのは内緒だ。
大皿と中皿を持って店に入ると、魚吉さんとその仲間達が昼間から酒を酌み交わしてた。
「よっ、待ってました!」
そして彼らは上品な白身魚を肴に夕方までだべるのだ。
運転手は代行を頼むらしい、いつもの事だ。
贅沢な趣味だよな。
「部長、大丈夫か?」
部長は椅子にもたれかかり、天を仰いでいる。
「大丈夫じゃないけど、午後の合宿を始めるわよ」
少し弱弱しい。
「でも仕込みは夜の分まで終わっているぜ」
俺と蘭子の活躍で下ごしらえは完璧だ。
いつもは忙しなく働いている親父さんと善子さんも、今日はのんびりしている。
「料理スキルを上げるだけが特訓じゃないの。午後は対戦相手の研究よ」
部長はパソコンを取り出し、店のテレビに繋ぐ。
「おっ、俺達も見物させてもらうぜ」
気楽そうな酔っ払いの声が聞こえる。
映像が映し出されて、一同がその画面に見入る。
昨年の★超絶! 悶絶! 料理バトル!★の決勝の様子が映し出された。
◇◇◇
一時間後、俺達の目は優勝賞金の板を持って微笑む一人の料理人に釘付けになっていた。
どうやってこんな奴に勝つんだ!?
俺はエスパーではないが、ここのみんながそう思っていた事は分かった。
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